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【小説】ホイップクリーム多めで

作品紹介

 自分の住む愛知県のお隣、岐阜県を舞台にした短編小説です(1000字ちょっと)。軽~く喫茶店にでも立ち寄る気分でお読みください。

「ウィンナーコーヒーってさ、コーヒーの上にウィンナー乗ってるのかな」
「はっ?」
「ごめん、何でもない……」
 角の折れたメニュー表を見つめながら、くだらないボケを言い放ってみた。仕事がひと区切りついた昼下がり、同僚と行きつけの喫茶店に入りしばしの休憩中である。
 自分の働く岐阜市は喫茶文化が盛んで、オシャレな喫茶店が数多く立ち並んでいる。レトロな雰囲気の店内に、スローテンポの柔らかい音楽。うん、やっぱりここは落ち着く。
「オーストリアの首都ウィーンが発祥で、ホイップクリームが上に乗ってるらしいぞ」
「え? 何の話?」
「ウィンナーコーヒーの由来。今調べた」
 そう言って同僚がスマホの検索画面を見せてくれた。ホイップクリームが上にたっぷり乗ったコーヒーの画像も付いている。正直、すごく美味しそうだ──。
「俺、これにするよ。そっちは決まった?」
「そうだな……普通のホットコーヒーで」
 二人の注文が決まったところで「すいませ〜ん」と手を上げて店員さんを呼ぶ。
「ホットコーヒーと、ウィンナーコーヒー。ホイップクリーム多めで」
「おいおい、勝手にそんなこと出来るのか?」
 すかさず同僚がツッコミを入れる。ブラックだけの苦味は苦手だから、可能なら多めの方が飲みやすい。
「構いませんよ。ご用意しますね」
 店員さんは軽く会釈し、厨房へ注文を伝えに行った。その笑顔に、少し胸を撫で下ろす。
 外回りの仕事は体力勝負だ。街を歩き続けていると、どうしても士気が下がってくる。さっきのウィンナー発言も、それだけ頭が回っていなかったからだろう。だからこそ、リフレッシュする時間はとても大事である。

「お待たせ致しました。こちらホットコーヒーと、ウィンナーコーヒーになります」
 そんな思いにふけっていると、注文したものが運ばれてきた。「大垣市の湧き水で豆を挽いているのでスッキリ飲みやすいんですよ」と言う店員さんの言葉に頷きながら、クリームをティースプーンで少し混ぜ、口に運ぶ。
「あっ──めちゃくちゃ美味しいこれ」
 クリームの甘味とコーヒーの苦味が絶妙に溶け合って、すごく飲みやすい。芳醇な香りが口と鼻に広がっていき、徐々に気持ちが和らいでいくのが分かった。

 同僚との会話も弾む。リフレッシュを完了した俺達は、次の商談時間を気にしながら喫茶店を出た。お互いの表情も自然と明るい。
 何気ない日常のワンシーン。だけど、そんな毎日の中にも癒しは隠れている。店員さんの優しさと、岐阜という街の良さを改めて実感しながら──緩めていたネクタイをもう一度締め直した。

[完]



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