雨の日
ぱららん。
ぱら、ぱら。
ぱららん。
傘に落ちる雨の粒が、音をたてて消えていく。
「恵みの雨とは、よく言うね」
「何がですか?」
じめじめと肌に触れる不快感に舌打ちをしながら、雲雀は眉間に皺を寄せる。
彼は毎年、梅雨という時期になると機嫌が悪くなる。
身体に貼り付くような蒸し暑さが、ねっとり絡み付く息苦しさが嫌いだった。
「苛々する」
「梅雨なんてあっという間ですよ」
隣を歩く綱吉は、涼しげな表情で笑った。
しかしそれは、雲雀にとっては嫌味にしか聞こえない。
蒸せかえるような湿気と雨の匂いに酔いそうで、なのにどうして彼は笑えるのだろう。
「梅雨なんて嫌いだ」
「でも、紫陽花は綺麗ですよ?」
吐き出した言葉を拾うように、綱吉はまた笑った。
彼の視線を辿れば、色鮮やかな紫陽花達。花弁に水滴が落ちる様は、確かに美しい。
「蒸し暑いのは俺も嫌ですよ。でも、それだけじゃないのを知ってるから。だから嫌いになりきれないんですよね」
「………」
「でんでん虫も可愛いし」
「蝸牛って言いなよ馬鹿」
「バカってあなた……」
「酷い事を言うんだからなぁ」と、頬を膨らませてぶつくさ文句を言う綱吉を見ていたら、何だかどうでもいい気分になってきた。
梅雨の湿気に爆発したみたいな髪をして、それでも「嫌い」になれないと言ってしまう。
綱吉は、本当に馬鹿な奴だなぁと思う。
変な子だなぁと思う。
「君はもう少し、他人に怒った方がいいと思うよ」
「雲雀さんには言われたくないなぁ」
「何?」
「雲雀さんは不機嫌になっても、実は怒ってる訳ではないでしょう?」
「……」
「上手く怒るのって、結構難しいですよね」
「僕と君とじゃ、意味合いが違うでしょ」
「そうなんですか?」
「僕は他人に興味が無いから感情が振れないだけ。だけど君は……、」
君は、違うだろ?
優し過ぎるのが、君の愚かな長所なんだから。
「雲雀さん?」
「……自分で考えろよ馬鹿」
「またバカって言ったよ、この人」
酷いなぁ。
雲雀さんは酷いなぁ。と言いながら、へらへら笑う綱吉はやっぱり怒らない。
怒らないというよりも、怒れないんだろう。
どんなに理不尽な事に巻き込まれようと、結局許してしまう。簡単に許してしまうから、だから付け込まれるんだよ。利用されてしまうんだよ。
「雲雀さんは怒らないけど、俺のこういう所には、ちゃんと苛ついてくれますよね」
「要領悪い奴は、咬み殺したくなるんだよ」
「だったらもう、それでいいかな」
「何が?」
「雲雀さんが苛ついてくれるなら、俺はもうそれで充分ですよ」
「………」
「雲雀さんは、いっぱい怒って下さいね」
ヘラりと微笑む綱吉の顔は、突然雨脚の強くなった雨に消される。傘で隠れてしまった彼が、何故自分にそんな事を言うのかが解らない。
山本や獄寺、イタリアの跳ね馬。
そして、赤ん坊だって居るだろうに。
そいつらに見せない顔を、いつからか綱吉は僕に見せてくるようになった。
それはきっと、丁度良いからだろう。
僕と綱吉は、近くも遠くも無い。
彼にとって僕は、良くも悪くも丁度良い奴なんだ。
「人を当てにするなよな」
「へへへ」
今、綱吉が笑っているのかどうか
それは傘と雨音が邪魔で解らない。
やっぱり梅雨は嫌いだ。
全てを隠してしまうのだから。
※家庭教師ヒットマンREBORN二次創作
雨の日の、雲雀と綱吉。
怒れない人は安心するけど、ふと思い返す時には、何だか少しだけ哀しくなります。
もっと怒って欲しいと願いたくなる人に、たまに出会い。代わりに怒ってくれる誰かが側に居てくれたらなと、そんな勝手な事を考えてしまう。
勝手ですよね、本当に。