独りと紅茶
雲雀さんは、俺が群れても。あまり怒らなくなりましたね。
大人になった綱吉は、アールグレイを片手にへらりと笑った。ここ数年で彼は相変わらず小柄で、相変わらずどん臭くて。だけどシワが増えた。笑うと目尻に目立つそれが、最近は余計に目立つから。僕達はだいぶ歳を召したんだなと実感する。
「へらり」と笑いつつ、シワのせいで「くしゃり」にも見える。あまり知らないが、数回見かけた彼の父親に似ていると思う。綱吉の顔は母親似であるはずなのに、表情は父親に似ている。親子と言うものが如何に不可思議で、如何に濃い繋がりなのかを、強く感じる瞬間だ。
「不思議と最近。君が群れていても、嫌悪感を抱かなくなったんだ」
「それはどうして?」
「さあ。歳を取ったからじゃない?」
「雲雀さん、大人になったんですね」
「鈍感になっただけだよ」
「鈍感?」
「大人になるって、そういう事でしょ」
「ひねくれてる所は変わりませんね」
「変わらないものもあるさ」
「……そうですねぇ」
そうかも知れませんねぇ。
バタークッキーを噛りながら、もごもごしている綱吉を一瞥し、そして僕も紅茶を一口啜った。初めて飲んだこれは舌先に癖のようなものを感じる。正直な話、この間のアッサムの方が僕には美味しい気がした。だけど何となく黙っておく。思った事を何でも口に出せる程、僕は子供ではなくなってしまったから。
中学生だった僕らは、もういない。
珈琲よりも紅茶が好きな僕に、綱吉は何も言わずに合わせてくれる。何となくいつからか始まった、この茶会は僕と彼しかいない。独りが好きな僕と、たまに独りになりたくなる綱吉と。どちらが先に声を掛けたのか、忘れた。僕は彼と居ると、独りの時のように。穏やかで落ち着く事に気がついた。
「君は、僕を怖がらなくなったね」
「雲雀さんに慣れちゃったからかな?」
「トンファーで殴り過ぎたかな?」
「十年くらい前からかな。雲雀さんはトンファーで俺を殴らなくなりましたよね」
「そうだっけ」
「拳骨はよく飛んできましたけど」
「君がちんたら仕事してるからだろ」
「五年くらい前から、拳骨もなくなりました。だから怖がる理由も俺にはないんですよ」
「君が怖がっていたのは僕じゃなくて、暴力だったってこと?」
「はい」
「六道骸が君を阿呆と呼ぶ気持ちが分かったよ」
「えっ。なんでそうなるの!?」
大方、あのパイナップル頭にも同じ事を話したのだろう。僕も、あの男も。他人から当たり前のように畏怖されて生きてきた。だけど、この男は僕たち自身ではなく。加減を知らない暴力が怖いのだと。暴力さえなければ怖くないだとか言うんだから、それはもう阿呆としか言いようがない。良い意味でも、悪い意味でも僕自身に拘らない奴なんて、この阿呆ぐらいなものだろう。
「骸と仲良くなったんですか?」
「やめて。鳥肌たつから」
「だって突然に骸の名前が出てくるから」
「君のお目出度い脳ミソじゃあ、理解できない話だよ」
「辛辣だなぁ。雲雀さんは頭いいんですから、俺に解りやすく教えて下さいよ」
「僕にも不可能はある」
「うわ。本当に辛辣」
「辛辣で結構」
「ねぇ。雲雀さん」
「なに?」
「次の茶会は、アッサムに戻しましょうか」
「どうして?」
「雲雀さんが喜ぶかなって」
「………」
「アッサムの方が好きなんでしょう?」
「超直感?」
「雲雀さんに慣れたって言ってるじゃないですか」
「………」
「雲雀さんは、俺に甘くなりましたよね」
「……そうかもね」
「どうして?」
「さあ。……特別だからじゃないの?」
「なるほど」
顔を綻ばせる彼は、ただの青年で。他人の幸せが自分の幸せみたいな、愚かな人だった。僕はそれが嫌いで、だけど最近。悲しいと思うようになった。誰かを悲しいなんて、それは僕が。他人をようやく、認められるようになったという事なのかも知れない。
「やっぱり雲雀さん。大人になりましたね」
「君は時々、年寄り臭いよね」
普段の優雅な微笑みを、彼は僕らにしない。
それは僕達を結ぶ繋がりが、ボンゴレだけではないという証なのだろう。
ボスの顔を、彼はしない。
「次は、別の紅茶を用意して」
「アッサムじゃなくて、いいんですか?」
「僕は普段は日本茶しか飲まないから。紅茶なんてここでしか口にしないよ」
「はあ」
「せっかくだから、色々試させてよ」
「フレーバーも含めたら。結構、種類ありますよ?」
「どれからでもいい。時間はあるだろ?」
「雲雀さんは、それくらい永く。俺に付き合ってもいいとか考えてるんだ?」
「暇潰し位にはね」
素直じゃないなぁ、なんて。綱吉はまた、へらりと。だけど、くしゃりと。笑った。綱吉の事を綱吉と呼ぶようになって、どれくらい経っただろう。もう、忘れてしまうくらい。当たり前になるくらい、僕達の距離は近かった。今さら離れてしまうには、僕の中に暗い陰を残す。それくらいには、この時間を。彼と紅茶を嗜む、この時間が。ひどく好ましいとか、考えてしまうくらいに。
へらりと
くしゃりと
笑うこれを。
僕は結構、気に入っている。
「今日も、いい天気ですねぇ」
お日様みたいな奴って、本当に居るんだな。
※家庭教師ヒットマンREBORN二次創作
雲雀と綱吉。
未来の未来の話。
以前書いた、骸と綱吉の「嫌いな顔」のついになる話です。
雲雀は、ボンゴレじゃないけどボンゴレと言うのか。だからこそ、綱吉には必要な存在なんじゃないかなって。