断片日記23.9.18
アナウンスと、なによりそのバックグラウンドで流れている「なんたらかんたら〇〇フェリー」という変な歌で目が覚める。おかげで今自分がいるのが洋上だということを見失わずに済んだが、そもそもなんで瀬戸内海を行くフェリーにテーマソングがいるのだろう。
みなと別れたあと、神戸の漫画喫茶で一泊、起きてすぐ神戸港へ。大量にコンテナの合間を抜け乗船、小豆島を目指す。
一度は訪れなければ、と思っていた場所である。自由律俳句で有名な、尾崎放哉の臨終の地。教科書で読んだ「咳をしても一人」に心を奪われ、失恋のたびに『尾崎放哉全句集』を開く。文学少年の定番コースではあるが、その無頼と孤独に憧れた。酒に溺れ妻を棄て仕事を失った放哉が、海を眺めながら貧しさと強風に耐え、「暮れ切った」島。
せっかくなので、と吉村昭『海も暮れきる』を読んでいると、「間もなく小豆島」とのアナウンス。デッキに出る。山と集落。晴天と海。ここが、と感じ入っていると耳元から爆音。古びたスピーカーからアイドル歌謡曲がガリガリした音質で鳴り響く。後で調べるとSTU48の楽曲らしいが、あまりの音量と音質に追い出されるように荷物をまとめる。
坂手、という港に降りる。調べると、目的の尾崎放哉はおおむね島を半周しなければならなそうだ。アシがないので港の観光案内所でバス移動について尋ねる。墓地と併設された放哉記念館への行き方を聞くと、「地元の人間は行かないからなあ」と地図を広げる。地元の人間が行くところしか知らない観光案内とは、と思いながらとりあえず近場のバス停と路線を聞き出す。とりあえず、今日の宿をに向かい、明日尾崎放哉の墓と記念館を訪れる、というコースが良さそうだ。
容赦のない炎天下。しかもずっと坂道。さっき指し示された方向に歩くも、なかなかバス停は見えて来ない。それどころか車通りも少ないし、道沿いの建物は廃墟か、廃墟一歩手前である。とりあえず行けるところまで行くしかない、と道端に鳥居と祠、そして石段。装飾から、おそらく稲荷神社だと思われる。どうせなら、とその急な石段を降りると、視界が開け、海に出る。さっきまでの山道が嘘みたいに海が近い。おそらくさっき乗ってきたフェリーが見える。海面に乱反射する日光に目を細めていると、どこかから、いやさっきのフェリーから再びSTU48が流れてきて、その狂った音量に笑ってしまう。
結局なかなかバス停は見つからず、ようやく見つけたがバスは全然来なくて、なんとか乗り込むもバス停から本日の宿・小豆島国民宿舎までまたひたすら坂道を登っていくことになる。
お気づきだろうが、この旅に計画はほぼ、ない。西宮で芝居を終えたあとどうしようか、とりあえず神戸でなんか、神戸港から小豆島行けるじゃん、宿泊先は、国民宿舎一回泊まってみたかったんだよね、そして今、真夏日の登り坂を大荷物で登っている。さっき読んだ『海も暮れきる』でも、住処を確保するために放哉が汗だくになりながら歩くシーンがあったな、とか考えながら歩く。そんな散文的なことを考えることで、「なにしに来たんだろう」という後悔を頭から追い出す。腹減った。そういえば朝神戸でおにぎり食べて、フェリーでアイス食べて、それっきりだ。
登坂成功。国民宿舎についたときにはそんな気分になっていた。チェックインまでは少し時間がある。食堂か売店かでなにか食べようと思ったが食堂は閉まっているし、売店にも軽食は販売なし。しかたなく少し待つ。これだけ予約していたので、チェックインはスムーズに済み、「この辺でどこか食事できるところないですか」と尋ねる。ここ降ったところの道の駅でなら食べられますよ、コンビニとかは全然ないですよ、との返答。またあの坂道を行くのか、と怯むが空腹には勝てぬ。一応閉店時間を確認し、まだ余裕があったので、部屋に荷物を降ろし、少し休んでから、えいや、と出発する。
道の駅は本当にしっかり山道を降りた海沿いにあった。おれは暑さと空腹でへろへろになりながら、なんとかフードコーナーの席につく。と同時に店員から「すいません、ラストオーダー過ぎてますんで」とにこやかにかつ断定的に告げられる。え、と声が出る。聞くとさっき教えられた閉店時間は施設全体のもので、ここは今さっき閉店したのだという。狼狽えつつおれは近場でどこか食事できるところがないか尋ねる。と、すぐ裏にそうめん屋がある、とのこと。おれは礼もそこそこに教えられた店を目指す。そうめん。素麺。日頃はなんら興味を惹くメニューではないが、ここは小豆島、オリーブと並ぶ名産である。そしてこの暑さ、間違いなく身体が欲している。が、無情。すぐに「月曜定休」という看板が目に入る。今日が月曜祝日であるなど関係ない様子で、店にはだれひとりとしていなかった。
道の駅と宿舎の売店でカップ麺とおつまみを何種か購入し、夕飯とする。別に食事を楽しみに来たわけではないのだけど、さすがにもう少しなんとかならなかったかと思う。ただ、さっに部屋から見えた夕焼けの瀬戸内海は素晴らしかったし、なんならこの関西だしのどん兵衛だって素晴らしいっちゃ素晴らしい。
さみしくないし、本もある。だからまだ寝ない。