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アイドル(CUTIE STREET)のライブに行ったら推すことが少し辛くなった話を、人生初ライブの報告を兼ねて

以前のエントリで、人生ではじめてアイドルを推すことにした話をしたが、この度はじめてライブに行ってきたので、その所感を記そうと思う。

なお、ライブ参加はアイドルのそれはおろか、音楽系では人生初である。

なお、ライブ当日の流れをはじめに述べ、また推すのが辛くなった理由についても、サブの理由を先に述べるので、この最大の理由だけに興味がある方は、「・アイドルに負担を強いている気持ちになってしまった(最重要)」の項まで読み飛ばしてほしい。

参加したライブについて

2024年12月22日、有楽町のヒューリックホール東京(キャパ900)で開催されたKAWAII LAB. X'mas SESSIONに参加してきた。

KAWAII LAB. SESSION(カワイイラボセッション、通称ラボセ)は、芸能事務所アソビシステムのアイドルプロジェクトであるKAWAII LAB.のアイドルが出演するライブだ。

KAWAII LAB.といえば、FRUITS ZIPPERが有名だが、当日の参加は、KAWAII LAB. MATES(いわゆる研究生)、CUTIE STREET、CANDY TUNEそしてSWEET STEADYだった。

以前のエントリでも触れたとおり、僕はCUTIE STREETの板倉可奈単推しなので、専らの目的は彼女であったが、他のグループもそれなりに知っているし楽しめるだろうなと思っていた。

当日の流れ

事前物販が14:30-16:30、開場17:00、開演18:30というスケジュールだった。

事前物販

グッズは、絶対これが欲しいというものもないが、ひと通り買おうかなぐらいのテンションだったので、物販開始少し前に会場に着いた。
既にフロアをまたがる長蛇の列が形成されていたが、主だったグッズを買うことはできた。ただ、推しうちわについては、板倉可奈のものだけが売り切れていて買えなかった。

グッズには1会計当たりの購入個数制限が設けられていて、それを超えて購入したい人は、再購入者向けの列に再度並ぶというシステムだった。僕は、そこまでのものはなかったし、物販開始時に列に並んだら、1周するのがギリギリのタイミングだった。なお、事前物販を逃したとしても、入場後・終演後にも販売は行われる。(もちろん、売切の場合もある。)

グッズは、ランチェキ(ランダムチェキ)やトレカなど、ランダム性のあるものも発売されるから、人によってはXに投稿したり、その場をボードを掲げて練り歩きながら交換を募る人もいる。

入場

物販が終わってからは、入場待ちのため、現場近くに滞留することになる。ここでファン同士の交流が行われることもある。同じ推しでオフ会の様相を呈しているところもある。
僕は友人と行ったので、それらのオフ会の様子を眺めながら、なんか無理やり引き摺り込まれた感を出してる人もいるなーなどと思っていた。(性格が悪い)

入場は、列ごとに呼ばれ、順番に行われた。飛行機の搭乗時に、座席の場所や会員クラスによって呼ばれる順番が変わるが、それをもっと細分化したイメージだ。

チケットにも記載があるが、入場時に別途ドリンク代が徴収される。なお、取扱いは現金のみである。ドリンクというのは、500mlペットの飲料でこれが600円だ。音楽系のライブでは、ある程度一般化した手法だと承知しているが、ふざけた商売だなと感じた。飲みたくもない飲み物を飲ませるなら、正々堂々チケット代に乗せてくれ。

特典券の購入

特典券(ライブ後にアイドルとチェキが取れる券)は、事前物販では取り扱われず、入場後、ホールに向かう途中に専用の売り場が設けられており、そこで購入する形となる。これが1枚2,000円である。なお、Q列で入場して板倉可奈の特典券を購入し、連番は14であった。このとき購入ができるのは、1枚だけだ。なお、2枚目以降は、特典会で1枚目を消費した後に、その特典券を提示することで2枚目の購入権利を得ることができる。

開演まで

開演までは、ほぼすることはない。ここでもファン同士の交流が行われていたりする。ただし、自席で座っているだけの人の方が多い。こぼれ話だが、当日はM-1グランプリ2024が開催される日だったから、時季であるクリスマスソングに加えて、Because We Canなどが流れていた。もちろんライブの方が見たくてきているのだが、一年で一番楽しみにしている番組であるM-1グランプリに少し後ろ髪引かれる思いであった。なお、意外とトイレは混雑しなかった。

開演

定刻どおりの開演であった。
最初にステージに立ったのは、KAWAII LAB. MATESであった。彼女らがステージに立った場合には、ペンライトの色は白にするようだ。
その後は、CUTIE STREETで、次いでCANDY TUNE、最後にSWEET STEADYの順であった。

終演

だいたい20時15分くらいだったと思う。
その後特典会のための場内整理が行われた。一部のグループはロビーで、残りのグループはそのままホール端の客席の階段部分で行われた。この場内整理に30分以上を要している。

特典会

21時前に開始された。流れとしては、撮影スタッフに特典券を渡し、その際にツーショットチェキかソロチェキかを聞かれる。ポーズ等のリクエストをアイドル本人に伝えたら、直ちにチェキ撮影に移る。そして、チェキが出てくるまでの10秒から15秒程度会話を交わし、スタッフによるいわゆる「剥がし」が行われる。なお、剥がしと言っても、物理的に引き剥がされるのではなく、「次の方の撮影します」と声をかけられる程度だ。そんなに強い言われ方はしないので、声をかけられても1,2ラリーは会話をしようと思えばできるし、そうしてる人もいた。

ちなみに、僕が交わした会話は以下のとおり。
僕「僕がハート作るんで、可奈ちゃんはグッドしてー」
可「グッドすればいいの?」
(撮影)
可「(僕が着ていたぐんまちゃんのスウェットを差し)それこの前見せてくれたやつ?」
※この1週間ほど前に行われたトークポート(1分間のオンライントークイベントで、ぐんまちゃんのスウェットを着て参加した
僕「そう!気づいてくれてありがとう!」
僕「可奈ちゃんめっちゃ歌上手になったよね」
可「本当?ありがとう」
僕「うん、聞くたびに上手になってるよ」
可「うれしい!」
(ここでスタッフからの剥がし)
僕「また来るねー!バイバイ!」

これぐらいのペースなので、列はぐんぐん進む。僕の整理番号は14番だったが、5分程度で順番は回ってきた。
冒頭で述べたとおり、この後2枚目以降の特典券を購入できる。ただし、僕はこの日車で名古屋まで戻らねばならず、翌日も仕事だったので泣く泣く1周で退散した。

僕はなぜ推すことが辛くなったか

僕が推すことが辛くなった理由は、以下の2つに大別されると思う。

・オタク文化に(少なくとも当日1日だけでは)カルチャーマッチしなかった
・アイドルに負担を強いている気持ちになってしまった(最重要

オタク文化に(少なくとも当日1日だけでは)カルチャーマッチしなかった

以前のエントリで述べたように、もともと僕はオタクに抵抗感がある。(自分もオタクだった過去は持つのだが、その理由については当該エントリで述べたとおり。)

カルチャーマッチしなかった点はいくつかある。

一つは推し行為の形態だ。僕は、初めてアイドルを推すと言ったが、アイドル以外であれば推していたことはある。それは、プロ野球選手だ。2018年に現役を退いた元中日ドラゴンズの野本圭選手に、僕は心酔していた。

彼のどんなところを気に入っていたかは、別の機会に述べるとして、アイドルの応援と野球のそれの違いを述べたい。

いずれも声援を送るという点では共通している。ただし、アイドルへの声援は、そのマイクを通した音量に比べれば大した程度ではないとはいえ、彼女の歌唱中に行うのだから、彼女の声をよく聞きたいという想いとは相反することになる。一方で、野球の場合、彼の声を聞けることはスタンドではほぼないのだし、打球音を聞きたいわけでもないから、声援と彼への集中は干渉することなく両立する。

声援という点では、MIXの類もまだ受け入れられていない。MIXとは、以下のような口上を前奏、間奏又は歌唱中等に叫ぶ行為だ。

タイガー!ファイヤー!サイバー!ファイバー!ダイバー!バイバー!ジャージャー!

アイドルオタク成り立てあるあるではあるらしいのだが、その例に漏れずこのMIXには、抵抗感がある。
まだ演者の名前を呼ぶコールは理解ができる。それはさまざまなスポーツの応援でも存在するもので、一般的だからだ。

ただ、この意味のない言葉の羅列は、動物の鳴き声と変わらないと思ってしまう。

ちなみに英語MIXと呼ばれる前述のMIXは、以下のような文章を単語だけ抜き取り英語化したものだという。

虎の如く火の如く人の造らざる繊細な心も維新となれば海を飲み女を喰らふ
その振動を心の有るがままに化身し本来繊細な心を飛ばし刹那に思ふがまま除き去る
これ己に忠実 刹那な刻の流れに身を任せるのみ これこそタカまりの心髄なり

絶対嘘、あるいは後付け又は覚え歌的な意味のない言葉だと思う。
タイガーとファイヤーは、そのイメージに共通性がないとはいえ、侵略・攻撃の象徴としてギリギリ許せるが、ファイバーに関しては、"繊"細な心も"維"新となるから取っていると思われるところ、維新の意味が不自然であり、「維」の字をなんとか使いたかったからとしか思えない。なぜか形容動詞化された「刹那」の使い方からして、修辞法にこだわりがあるわけでもなさそうだし、この短い文に同じ言葉が繰り返し出ている時点で、「維新」も作者が深い語彙から選び出した言葉ではないだろう。であるならば、「海」にダイバーを当てる意味もわからない。

つまりは、これは語感だけから作られた、意味のない単語の羅列であるわけだ。
そのような言葉をなぜ叫ぶのだろうという疑問が、第一に来てしまった。

もちろん、このようなMIXを通じてアイドルのパフォーマンスとの一体感を醸成し、盛り上がるという行為を否定する気は毛頭ないし、これらのことが結局は個人の自由であり、するもせぬも本人次第なのもわなっている。

ただ、これはアイドルに特異な文化であり、かつそれぞれのアイドルの特色を鑑みることもなく、半ば盲目的に流用される。
これを声援と呼ぶことに、僕は違和感を禁じ得なかった。

とはいえ、そんなことを考えず声を出した方が楽しいことは承知しているので、当日は何も考えず叫んではいた。
(12/25追記 と思ったけどやっぱこれどう考えても萎えるから言わないでいようと思った)

あとは、ペンライトの振り方に気を取られてステージへの集中を削がれたというのもあるのだが、これは僕だけの問題なので割愛する。ファンサが欲しいという邪念に頭を支配されたのも同様だ。

いずれにしても、よくわからないことを納得できないまま行うというのは心理的負担が高いものだ。

アイドルに負担を強いている気持ちになってしまった(最重要)

推すのが辛くなった真髄はここだ。
まず、僕が推しのどこを好きになったかを簡単に整理したい。
・顔
・ステージ上の完璧な表情管理
・ステージを降りた後の、ステージ上とは打って変わった人間らしさ(いわゆるオフの顔)
・これらが有機的に絡まり合い醸成されるアイドル「らしくない」唯一無二の魅力
以上が、僕が意に反して彼女を推すに至った理由だ。
ちなみにここでいうオフの顔とは、完全にプライベートな言動を見せることを指してはいない。そのような言動は、彼女らがプロフェッショナルである以上、我々の目に届くところでは行われないはずで、我々が見ることができるオフの顔は、あくまで「整形された」オフの顔だ。
ただ、全くの虚構ではなく、裏声と地声を組み合わせたミックスボイスのように、素たるオフと対極たるオンが組み合わされた状態だと思う。そこに人間味は入りこむ。我々に身近な例で言うと、彼女らのオフの顔は、我々でいう職場の飲み会だ。仕事中のように完全に気を張ってはいないし、一方で世間体のベールを完全には脱がない、あいまいな状態だ。

話を本題に戻すと、僕が当日気付いたのは、特典会における彼女は、顔を除けばこれら好きな点のどれにも該当しないということだ。
決して、彼女に魅力がないとか、怠っているとか言いたいのではない。彼女に魅力があればこそであり、頑張ってくれているから辛い気持ちになるのだ。

特典会では、パフォーマンスをしているわけではないのだから、芝居がかかった表情管理などしないだろう(もししていたら不気味だ)。
だからといって、いわゆるオフの顔もしないだろう(当然に彼女らはオンなのだから)。

つまり特典会で我々が目にする彼女は、演技の仮面は付けていないけれど、オフ感はない(すなわち、がんばってくれている)状態だ。
オフ感がないことを悪くいっているように聞こえるかもしれないが、そうではない。なぜならば、オフ感がない瞬間があればこそ、オフ感が意識されるのであり、それが彼女の魅力を形成しているからだ。

彼女は、オン状態なので、我々が彼女の意に反する言動をしたとして、眉を顰めたり、反論することはないだろう。もちろん、我々も彼女を罵ったり、貶したりすることはないが、それでも意図せずして彼女を嫌な気持ちにさせることはあるだろう。

そもそも、こんなおじさんから推してもらって嬉しいか?僕は彼女に「歌が上手くなった」と伝えたが、それは「歌が下手だ」と間接的に言及しているように捉えられないか(僕はそんなつもりは全くなかったが)?
これらが杞憂だとしても、それ以外のことで、彼女を図らずして不快にさせてしまうことは考えられて、そんなときでも彼女は笑顔を絶やさないだろう。そのような努力を彼女がしてくれていることは、話せばすぐにわかる。彼女がこの場で頑張ってくれるからこそ、彼女の負担にしかなっていないのではないか不安に苛まれた。

であるならば、僕がここに来た意味はなんだ?
僕がグッズを買うのは、それ自体が欲しいというよりは、それが彼女への後押しになればと願えばこそだ。
対して、僕がこの現場にいることは、彼女への負担たりえるのではないか?
そう考え始めると、推す行為が推しを苦しめる行為に思えて、推すことが苦しくなった。

結局どうするのか

今この瞬間までの経過を辿れば、ラボセに参加したのが22日、推すのが辛くなったのが22日深夜から23日にかけて、日付変わって24日からこのエントリを書き始め、途中筆を置きつつ現在4時36分だ。
言語化の賜物でもあるだろうが、不安感はやや薄れた。
でもやはり、根本は解決していない。

このような悩み事は、あまり多くの人の共感を得られるものではないと思う。推すことにそんな義理のようなものを見出している人はそう多くないだろう。推しがかわいければそれで良い人が多数派なのではないか。

でも、僕は推したいのではなく、応援がしたいのだ。
個人的な解釈では、推しとは対象との一対一の関係において自身の主観的な幸福感を形成する行為であり、応援は対象との一対多の関係において対象の客観的幸福を、自身の主観的幸福と置き換えて享受する行為であると思う。

具体的レベルに置き換えれば、特典会に行くことは、推し行為的要素が強く、単にライブを見に行ったりグッズを購入するのは、応援的要素が強い。(もちろん複合的であり、かつケースバイケースにその割合は変動する)

その意味で言えば、僕は彼女を推すことをためらうようになるかもしれない。

とりあえず、26日のリリイベは参加を決めた。
そこで、今回のラボセと同じような感想しか抱けなければ、推すことは止めるだろう。

推すことを止めたとて、応援することは続けるとは思っているが、実際にそうなったときに、応援を止めない自身は確固たるものではない。

いずれにせよ、彼女を推し始めたときが僕がアイドルオタクになった瞬間であり、彼女を推さなくなったときが、僕がアイドルオタクを止めるときだ。

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