雨の日を愉しくするベランダビオトープのお話
雨って嫌ですよね。
日本各地で梅雨入りが宣言されている今、またあのジメジメした時期がやってくると思うと憂鬱な気分になります。
外に出てもどうせ濡れるだけだし、雨の日の休日なんかは家の中でずっと引き篭もってしまいたくなるものです。
でも、そんな雨の日をちょっとだけ愉しくする方法があるんです。
それが、今回紹介する「ベランダビオトープ」。
*説明がめちゃくちゃ長くなってしまったので、雨との関連性にだけ興味がある方は目次から飛んでください。
ベランダビオトープってなに?
ビオトープの定義はこれです。
ベランダビオトープとは、「ベランダに作成したビオトープ」のことを指します(ベランダに限らず、玄関先や庭など、適度に日の当たる環境ならどこでも作成することが出来ます)。
いきなり難しい言葉が乱立してめんどくさくなってきますが、かみ砕くと「生き物たちが伸び伸びと生活している空間」をベランダに作ろう!という事になります。
ビオトープに触れたことのない読者のみなさんは、そんな事出来るの!?と思われるかもしれません。
実は、今は様々な商品が発売されていて、誰でも気軽に作成出来るようになっています。
ベランダビオトープの形式
具体的にベランダビオトープがどんな感じなのかを説明します。
ベランダビオトープは、睡蓮鉢やプラスチック製の容器の中に水と土を入れ、その中で水草やメダカなどの水棲生物を飼育するスタイルが一般的です。メダカがメイン生体となることから、「メダカビオトープ」と呼ぶ人もいます。
試しに、私が所有しているベランダビオトープの写真を共有しておきます。
色とりどりの植物たちがこの容器の中で成長し、メダカや貝、ドジョウ、エビたちがその植物の合間を縫って泳ぎ、伸び伸びと生活しています。
そして、これはビオトープの真髄ともいえますが、時折外部から生物たちがやってきます。
小さな昆虫たちが水を飲みにやってきたり、トンボが産卵をしに来たり、カエルが住処を探しにやってきます。
自分が作成したビオトープに生き物たちがやってくると、自然から認められたような気がして思わず嬉しくなります。
ところで、金魚すくい等で魚を自宅で飼育したことのある人なら、このような疑問を持つ方もいらっしゃるかもしれません。
「水、汚くならないの?」
餌やフンで徐々に水が汚れていき、水槽を真っ黒にしてしまった・魚を死なせてしまった…なんて経験をお持ちの方もいるでしょう。
ご安心ください。
ビオトープ形式の飼育方法なら、形式さえ守れば水を汚すことなくメダカたちを長期間飼育することが出来ます。
先ほど紹介した私のビオトープも、蒸発で減った分の足し水を行うだけで、一切水替えを行っていません。人工的な浄化器具(濾過器)も一切用いていません。
それでも、水は常に透明度を保っていますし、魚たちも伸び伸びと生活しています。
その理由は、この容器の中で成立している生態系により、水は勝手に浄化されているからです。
どういう仕組みなのか簡単に説明しましょう。
魚たちがしたフンや、餌の食べ残し等の目に見える大きな汚れはまず、エビや貝などにより食べられます。
そのエビや貝もまた当然フンをします。
これらの汚れからはとても有毒な物質(アンモニアです。理科の実験で扱ったあの刺激的な臭いのするやつです)が発生します。これが水質悪化の最大の原因になります。
しかし、ビオトープにはそのアンモニアを分解してくれる微生物(これが有難いことに、自然発生してくれます)がいます。すると、とても有毒な物質であるアンモニアはちょっと有毒な物質(亜硝酸)に変換されます。
そのちょっと有毒な物質はさらに、別の微生物により殆ど無毒な物質(硝酸)に変換されます。
最後に、その殆ど無毒な物質は、ビオトープ内に存在する植物たちの肥料となり、完全に除去されます。
つまり、発生した有毒な物質は微生物により無害化され、最後に植物たちに吸収されることで、水はきれいに保たれる、というカラクリです。
ビオトープではこのサイクルが永久的に繰り返されることで、水が綺麗に保たれているのです(より詳しく知りたい方は「硝化サイクル」と検索してみてください)。
ちなみに、あんなに魚たちがいっぱいいる自然界の水が綺麗に保たれているのも、このサイクルのお陰だったりします。ビオトープはまさに自然の再現なんですね。
ベランダビオトープの作り方
さて、そんなベランダビオトープを簡易的に作成してみましょう。
容器
まずはじめに、容器を用意します。
ある程度水が入る容器なら意外と何でも良いですが、出来れば口が広いタイプのものがオススメです。
また、雨が降った際に水が溢れ出さないように、上部側面に穴が開いているタイプのものを選ぶと良いでしょう。開いていなければ頑張って穴をあけます。
ゴミ箱やバケツのように、高さがあるタイプよりかは、以下の商品のように、高さがあるというよりも横に広いタイプのものがオススメです。
土(低床)
次に、中に入れる土を用意します。
想像つくかと思いますが、観葉植物の育成で用いられるような普通の土を入れると、水は真っ黒に汚れてしまいます。
そのため、水にいれるのに適した土を用いる必要があります。
様々な選択肢がありますが、オススメは、赤玉土(小粒か中粒)です。
(ホームセンターによく売られています)
後の注水時にどうしても容器内の水が濁るので、軽く水で洗ってから使用することを推奨しますが、放置すればすぐに水はきれいになりますので、そのまま入れてしまっても構いません。
肝心の土の盛り方ですが、手軽にやりたい派か、本格派かで分かれます。
[手軽にやりたい派]
そのまま容器を土を入れて、平面に均します。
メダカが泳げるように、ある程度水を入れた時に水深があるようにしてください。
この簡易的な方法では、複雑なレイアウトを組む必要がないため、簡単に土を盛ることが出来ます。
また、遊泳スペースが広い為、メダカの観察に適しているという利点もあります。
しかし、景観が単調になりやすく、陸上部分を作らないために自然感も出しにくい為、本格的な自然を再現したい場合には向きません。
[本格派]
本格的なビオトープを作成したい場合は、土の高さをあちこちで分けます。
水上にある部分、浅瀬の部分、水深のある部分、というように、エリアを三つに分けるのがオススメです。
土の高さが異なる場合、重力によって徐々に高いところから低いところに向かって土が流れ出してしまうため、岩や流木を用いて土留めを行うことを強く推奨します。
上の図は、左から水上、浅瀬、深い部分と土の高さを段階的に分けた場合の断面図です。
私のビオトープも、水上、浅瀬、深い部分とで分かれています。それぞれの境界線には、石や流木が仕切りの役割を果たしています。
本格的な方法を用いると、土の高さ別に広がるユニークな景観を楽しむことが出来ます。
陸上部分には観葉植物やコケが広がり、
浅瀬部分には背の低い水生植物が活き活きと成長し、
深い部分ではメダカたちが伸び伸びと生活しています。
時折、浅瀬部分を探検しにいくメダカたちを眺めるのもまた一興ですね。
これは単なる景観の好みの話に留まらず、一般に水中よりも水上に位置する植物の方が成長が早く、養分の吸収量も多いので、先ほど紹介した水質浄化のサイクルがより強固になるというメリットも存在します。
しかし、土留めを含むレイアウトは単純に手間がかかりますし、石や流木などを購入する費用が多少かさむというデメリットもありますので、ご自身の都合に合わせて方針を選択してください。
植物
土を入れたら、水を優しく入れ、植物を植えていきます(「植栽」と言います)。
足し水する水道水には微生物たちに有毒な塩素が含まれているため、カルキ抜きを用いて除去するか、バケツに入れ1日外に汲み置きしておくと無毒化できます。
カルキ抜きが手軽でオススメです。
植栽する植物は、ペットショップやホームセンターで売られている水草や、水耕栽培可能な観葉植物などが活用できます。自然から採集することも出来ますが、禁止されている場所がありますし、害虫の混入が頻出する以上推奨しません。
ビオトープに用いる植物を詳細に解説しようとすると、記事がめちゃくちゃ長くなってしまうので、ここでは簡単に解説します。
[水深が深い部分に植栽するグループ]
簡易的なビオトープではこのグループの植物のみで大丈夫です。
いわゆる「水草」を植栽します。水に浮かんだままで育成できる浮き草(ホテイアオイなど)を使用しても良いですが、増殖するスピードが早いため、適宜間引く必要があります。
「オオカナダモ(アナカリス)」「カボンバ」「マツモ」が3大初心者向け水草です。大抵の熱帯魚ショップで置いてあります。意外と浮かべておくだけでも大丈夫ですが、ピンセットで根元部分を埋めると良いでしょう。
他にも、少々値は張りますが置くだけで簡単に育成できるADAの侘び草なんかもオススメです(特約店でしか購入できません)。
[浅瀬に植栽するグループ]
個人的には背の低い水草を植えると良く映えると感じます。
いわゆる抽水植物を用いるのも良いですが、なかなか店舗では見かけないため、ここでは紹介しません。
ヘアーグラス、コブラグラス、ニューラージパールグラス…。
これらは株がまとまって売られているので、小分けにして植えます。
また、ウィローモスなどのモスを石や流木に糸で巻き付けて置くのも良いですね。
これらの植物は初期は隙間があり寂しい感じがしますが、時間経過で横に広がり高密度になるため、美しい浅瀬の景観を作り出してくれます。
(余談ですが、この浅瀬のように、陸上と水中を植物たちがつないでいる部分のことを「エコトーン」と言います。
エコトーンは自然生態系において極めて重要な役割を果たしています。
一例として、エコトーンは水深が浅く、植物たちが複雑に入り組んでいるため、大型の捕食者が入りづらく、稚魚や水生昆虫などの良い住処となります。
ベランダビオトープでも、メダカやエビの稚魚が捕食者である親メダカから逃れるためにエコトーンによく身を潜めており、その様相を観察することができます。
しかし、近年は護岸工事などによりこのエコトーンが破壊されることで、これまで住みかとしていた生物たちが行き場を無くし、絶滅危惧種となってしまった生物種も多く存在しています。ベランダビオトープを通して、自然や環境問題について学んでみるのも良いですね。)
[陸上部分に植栽するグループ]
水耕栽培可能の観葉植物がオススメです。
ポトス、ガジュマル、テーブルヤシ、パキラ、マングローブなど、有名な観葉植物が例として挙げられます。百均でよく見かけるやつです。
根に付いた土を洗い落としてから陸上部分に植えます。
ガジュマルは気根の一部が水に浸かる形でも大丈夫です。
2週間ほど放置
植物を植え終わったら、ビオトープを2週間ほど放置します。
これは、先ほど紹介した有害物質を無毒化してくれる微生物が十分に増えていない為です。
蒸発して水が減ったら、適宜足し水してください(足し水も塩素を抜きます)。
ビオトープの置く場所ですが、夏場の高水温を避けるため、午前中の数時間だけ日が当たる場所にしてください。昼間はずっと日陰になる場所がベストです。
生体導入
いよいよお待ちかね、生体導入です。
はじめに、どんな生体であれ、必ずしなければならないことがあります。
それは、「水合わせ」です。
ショップで売られている生き物や、川で採ってきた生き物がもともと住んでいた環境の水質と、ベランダビオトープの水質は大きく異なります。
そのため、いきなり入れるのではなく、必ず水に慣らしてから導入しましょう。
小さなケースに手に入れた生体を水ごと入れ、ビオトープの水を少しずつスポイトなどを使ってケースに入れていきます。
激しく暴れる場合は、混ぜるペースを落とします。
だいたい元の水の10倍にビオトープの水で希釈すれば、十分に水合わせが完了したと言えるでしょう(最低でも30分くらいはかけてください)。
屋外の環境は非常に不安定なので、日本にいる生体(在来種)を導入してください(基本はメダカです)。
ネオンテトラやグッピーなどの熱帯魚はダメです(温帯性のアカヒレは例外)。
オススメを挙げておきます。
[魚類]
メダカ(改良品種もOK)
シマドジョウ
スジシマドジョウ
マドジョウ
[その他(分解者)]
ミナミヌマエビ
石巻貝
タニシ
淡水シジミ
分解者は水質浄化に貢献しますし、自然発生してくるアオミドロ等を除去し景観を保ってくれるので必須レベルです。
日々の管理
ビオトープ内では餌が自然発生するという事もあり、そこまで神経質にならなくても良いですが、メダカが痩せているようなら適宜餌を与えてください(極少量で可。餌の少なすぎよりも、与え過ぎの方がよほど深刻な問題になります)。
水替えは基本的に必要ありません。
蒸発によって失われた水を足し水するだけで大丈夫です。
水上部分に植物を植栽している場合は、霧吹きで葉水してあげましょう。
水草が伸びすぎて、メダカが泳ぐスペースを圧迫しているようなら、その部分をハサミで切ります。
*切った水草は必ず燃えるゴミで処分してください。日本の生態系に壊滅的なダメージを与える恐れがあるため、絶対に川などに流してはいけません。
また、生体が死んでしまっているのを発見したら、なるべく早く取り出します(放置すると水質が悪化し芋づる式に生体が巻き込まれる恐れがあるからです)。
メダカはよく繁殖します。
卵や稚魚は隔離して増やすのもよし、放置して自然の摂理に任せるのもよしです。
雨の日とビオトープ
さて、この記事のタイトルは「雨の日を愉しくするベランダビオトープのお話」でしたね。
大変お待たせ致しました。
ベランダビオトープが何故雨の日を愉しくするのかを説明します。
ベランダビオトープは自然環境を再現していますが、どうしても水量が少なく蒸発のスピードが早いため、日々「足し水」や「葉水」といった形で人為的な手を加えなくてはなりません。
従って、ビオトープはいつまでも人間に依存した疑似的な自然環境になります。
そんなビオトープですが、唯一人の手から独立し、本来の自然環境に極限まで近づいた状態となる時間があります。
それが、雨の日です。
蒸発によって失われた水分が、雨によって補給される。
この瞬間こそが、ベランダビオトープは真の意味で"ビオトープ"たりえるのだと私は思うのです。
メダカたちは、雨から逃れ水草の陰に隠れています。
雨が降ることで広範囲の移動ができるようになるため、どこからかカエルがやってきます。
そして、雨が過ぎ去り、太陽が再び顔を見せたとき、メダカたちが水草の陰から出てきて、気持ちよさそうに泳ぎ出すあの瞬間は…ベランダビオトープを作成した者にしか味わえない美しさ。
だからこそ、ビオトープが良く映える季節は、私は梅雨だと思っています。
一家に一台、ベランダビオトープ、どうですか?
おわり
(おまけ)ビオトープの酸性雨問題について
特に都市部においてベランダビオトープを作成する場合、雨の日はビオトープに蓋をして、雨水が入ってこないようにすることを推奨している方が多いです。
これは、近代化に伴い排出ガス由来の成分が雨水に溶け込んで酸性雨となっており、生体にとって有害であるためです。
ですが東京で育てている私の経験上、酸性雨はそこまで水質に壊滅的なダメージを負わせるものではないと考えています。
もし仮に、雨の後に生体が全滅するような事態が起きた場合、私は寧ろ公害の発生を疑います。それほどまでに異常事態ということです(他にも、近所で農薬が大量に散布された場合なども全滅は起こり得ます)。
そういった意味でビオトープは、大気汚染の指標としても使えます。
例外として、警報級の大雨が発生する場合は一時的に対策しても良いでしょう。