レトロニムの言語学?
みんな大好きレトロニム
こんにちは!「1記事/年」未満の超スローペースの更新で定評がある私のnoteなのですが、今回は 言語学な人々 Advent Calendar 2023 に参加させてもらうことにしました!ネタはたくさんある(のになぜ「1記事/年」未満なのか)(苦)(1日が48日あれば毎日記事を上げられるのですが…)(ん、それだと1〜2ヶ月に1記事くらいは上げられる計算にならない?)(苦)ので、迷いましたが、「レトロニムの言語学?」で行ってみたいと思います!ちなみに上の画像はDALL·E 3さんによるレトロニムのイメージです。
レトロニムという用語はわりと人口に膾炙していると思います。Wikipedia にも例がいっぱい挙げてありますね。Twitter でもレトロニムネタはわりと「言語クラスタ」などの狭い領域にとどまらず、ものすごくバズる、という印象があります。いくつかご紹介。
このレトロニムの爆発的人気はそれ自体として興味深いですが、それはそれとして、言語学してみましょう。
レトロニムと言語学?
さて、この人気の高いレトロニムという概念が言語学でも基本のキになっているかというと、あんましそうでもない、というかむしろ授業や教科書で出会った記憶はない、という感じがします(いや、忘れていることも多いので、忘れていたら申し訳ありません…)。おそらく、レトロニミ(※ retronymy)はあまり言語がどういうふうにできているかを理解するうえでの基本的なパーツではなく、社会変化が絡んだ特殊な場合にだけ生じるエッジケースである、ということなのかもしれません。ただ、エッジケースを見ることで逆にパーツがよくわかるというのもありそうですよね。この記事ではあえてレトロニムの言語学をやることで、願わくばそのへんを狙っていきたいです。
レトロニムの研究はあまり多いわけではなさそうですが、ないわけではありません。海外の文献にはあとで触れますが、日本では鈴木孝夫氏が古くからレトロニミに相当する現象を「再命名」と呼んで議論していたようです。とくに鈴木 (1976: 6-18) は分析が詳しいです(「一味(一味唐辛子)」「新姓」「別学」「鈍行」などの例が挙げられています)。鈴木 (1980: 141) や鈴木 (1996: 230-231) にも再命名への言及があります。
最近の文献では、大西 (2023: 29) にレトロニムへの言及を見つけました。長野県や山梨県にはトウモロコシ(玉蜀黍)のことを「モロコシ」という方言があり、それらの方言では逆に旧来のモロコシ(蜀黍)のほうが「アカモロコシ」や「カギモロコシ」といった有標な名前をもつことを指摘し、レトロニムの例であると議論しています。意外といろいろな場面でレトロニム概念は活躍できるのかもしれません。
さて、レトロニムをどう捉えるか、もうちょっと具体的な議論に入っていきましょう。
レトロニムの意味論、あるいはプロトニム・ネオニム・レトロニム図式
Xydopoulos (2009)、Xydopoulos and Lazana (2014) などに従い、レトロニムに関連して少しだけ用語を導入してみます。例えば無難な(無難とは?)レトロニムとして「固定電話」を例にとると、経緯としては、もともと「電話」という言葉があって、それは全て今でいう固定電話だった(本当に全てかどうかわかりませんが、少なくとも無標で固定電話だった)。このときこのもともとあった「電話」をプロトニム (protonym) と呼びます。次に、出現した新しいデバイスを指す言葉、つまり「携帯電話」ですね。こちらは最初は有標でしたが、無標な電話にのし上がったわけです。この「携帯電話」など、レトロニムではないほうをネオニム (neonym) と呼ぶことにします。ネオニムは次のツイートで私が考えたつもりだったんですが、
Xydopoulos and Lazana (2014) などでも同じ用語を使用していることがあとで判明しました(萩澤 (2021) のいう語の独立発明ですね)。
ちなみに neo- はギリシャ語の「若い、新しい」という意味の形容詞から来ていますが、retro- は back に相当するラテン語の副詞からきているので、neo- と retro- はあまりペアになっていない気もし、しかし -nym はギリシャ語由来なので、じつは元々 retronym のほうがちぐはぐなネーミングなのかもしれません。この話は古典語の知識ないのでボロが出そう…。(ちなみにこのページなどでもレトロニムの対義語が議論されてますが、あんましまとまってないですね)
それはともかく、レトロニミは
プロトニム(e.g. 電話)が新概念・新事物を包含する上位概念として拡張される
ネオニム(e.g. 携帯電話)がその新概念・新事物だけを指す言葉として作られる
レトロニム(e.g. 固定電話)がネオニムの対概念として、また拡張されたプロトニムの下位概念として、旧概念・旧事物だけを指す言葉として作られる
という経緯をたどる、とまとめられます(Xydopoulos らのアイディアとだいたい同じですが、私なりにまとめ直したものです)。
こうまとめると私が逆に気になるのは、この図式は一般的すぎない?ということです。レトロニムは典型的には技術的・社会的に新しい事物・概念が出てきたときに生じることになっていますが、プロトニム・ネオニム・レトロニムの図式は、そういう場合にかぎらず任意の意味拡張について有効になってしまわないか、という疑問が生じます。この点は気になっているのですが今回は掘り下げなし!
それと、すべてのレトロニムが本当にこの図式でいいのか?というのは若干気になります。Wikipedia のレトロニム一覧に挙げられている例で言うと、たとえば「冬時間」は、「夏時間」をネオニムとするレトロニムであるように書かれていますが、この場合、「時間」という言葉は本来は冬時間を指していた、という言い方には違和感があります。「シスジェンダー」もそれで、「トランスジェンダー」をネオニムとするレトロニムだという趣旨はわかりますが、ジェンダーという言葉は本来シスジェンダーを指していた、というのは違う気がします。むしろ、夏時間と冬時間の区別、シスジェンダーとトランスジェンダーの区別それ自体が立ち上がった、という感じがします。これももっとよく考えたほうがよいかもしれませんね。
レトロニムの語形成
レトロニムは多くの場合、わりと普通っぽい(とは?)複合によって作られると言えると思います。例えば「固定電話」「布おむつ」のような例を考えてみても、それほど語形成として特殊という感じはしないです。これは、Xydopoulos (2009) などが論じるように、レトロニムはプロトニムの下位概念として作られるためでしょう。つまり、電話という言葉はもともとあり、固定電話は電話の一種なので、電話を主要部 (head) とした複合語が選ばれるのは自然なわけです。
が、レトロニムならではの現象もあります。ひとつは類推 (analogy) による語形成です。類推による語形成とは、基本的には、一般的なスキーマに従って行われる語形成ではなく、特定の語を参照する形で行われる語形成と考えればよいでしょう。例えば、ななめ聴きはななめ読みからの類推で作られたと考えることができます (伊藤・杉岡 2002: 131)。類推による語形成はレトロニムの専売特許ではありませんが、レトロニムは、ネオニムが先にあって、それと対になるものとして作られます。従って、命名にあたって特定の語が参照されやすく、類推による語形成が生じやすい状況と言えるでしょう。
具体例を挙げると、たとえば先に挙げた鈴木 (1976) で挙げられている「別学」は、鈴木の分析に従えば、ネオニムである「共学」からの類推で新しく作られたということになります。とくに(それぞれの歴史的経緯をきちんと調べられているわけではありませんが)無線が作られたあとの「有線」、急行ができたあとの「鈍行」、簡体字ができたあとの「繁体字」などは、類推によるレトロニミの例として挙げることができるでしょう。
重複系レトロニムと矛盾系ネオニム
レトロニムならではの現象として挙げられるのがこの「重複系レトロニム」、そしてそれと対になる「矛盾系ネオニム」です。これもまあエッジケースなのですが、このエッジケースがなぜ生じるのかは、ここまでの整理を踏まえれば分かりやすくなります。
レトロニムはプロトニムが意味拡張してしまった果てに生じます。上のリンク先の例では、「サンドペーパー」というのは本来は紙だったので、ペーパーにカテゴライズされているわけですが、布のサンドペーパーが出現したことで、本来の「ペーパー」の域を逸脱してしまいました(という経緯と言ってよいかどうか裏が取れてません。ひょっとすると、紙に形状が似ているのでペーパーと呼ばれただけで、最初から素材は紙ではなかった可能性もあります。だとすると実はレトロニムではない、という話になるかもしれません。が、とりあえずレトロニムとして話を進めます)。
「ペーパー」が緩く使われた結果、本来の紙製のサンドペーパーを指すために「紙ペーパー」という言葉が生まれる余地が生じます。一般には、たとえば「電話」という言葉の語構成にはもともと「固定されている」という意味あいはエンコードされておらず、技術的な理由によりたまたま固定されてたわけです。その呪縛から電話が解放されても「電話」というネーミング自体との齟齬は生じませんので、「固定電話」では重複は生じません。一方、例えば「枕木」という言葉では、木って言っちゃったあとで、コンクリート製の枕木が出現し、やむを得ず「木枕木」という重複系レトロニムが爆誕します。このように、プロトニムに生じた意味拡張がそのプロトニム自体のネーミングと噛み合わないような事態が起こると、重複系レトロニムの余地が生じる、と、こういうことになります。
重複系レトロニムとしばしばペアで出現するのが矛盾系ネオニムで、上記の「紙ペーパー」(レトロニム)に対して「布ペーパー」(ネオニム)が矛盾系ネオニムに相当します。もちろん、意味拡張の結果、あたかも矛盾しているかのように見えるという話であって、本当に論理的に破綻しているわけではありません。矛盾系ネオニムと私が呼ぶ現象についてはshigashiyamaさんが以下のスレッドでも収集しています。いっぱいあってすごい。
「オフィス家具」には対応する重複系レトロニムとして「家庭用家具」などが使われているようですが、ネオニムが定着していても、必ずしも対応するレトロニムがあるわけではなさそうです。例えば「方向音痴」などは定着していますが、本来の音痴を「音音痴」などとはあまり言わなさそうです(これはひょっとしたら「方向音痴」などの語が作られる際には「音痴」の上位概念化は起こっておらず、メタファの側面が強いからなのかもしれません。うーむ、これも掘り下げがいがありそう!)。
日本語の重複系レトロニムのほかの例には、土粘土(対応する矛盾系ネオニムは紙粘土、油粘土など)、麦わらストロー(対応する矛盾系ネオニムはプラスチックストロー)、板タブ(対応する矛盾系ネオニムは液タブ(矛盾というほどではないかも))などがあります。もっと臨時性の高いものとしては、たとえば「自粛を要請」されていないのに自粛する自主自粛などという言葉も散見されます。
この重複系レトロニムの存在の指摘もじつは新しくなく、William Safireの1992年のThe New York Times Magazineの記事に、The University of Wisconsin at La Crosse の Tom Pribek が同様の指摘をしているとの記述があります(例として religious holiday と handwritten manuscript が挙げられています)。
もうひとつ、この重複系レトロニムに関係あるかもしれない現象として、英語などには contrastive focus reduplication などと呼ばれる現象が存在します(英語版Wikipedia)。Wikipedia にある例は I'll make the tuna salad and you make the salad salad. のようなものです。いかにもサラダサラダしたサラダ、という感じですね(そうか?)。この場合、salad がプロトニム、tuna salad がネオニム、salad salad がレトロニムと考えれば、レトロニミの特徴付けに合致するように見えますし、salad salad のような一見冗長な表現が動機付けられる理由も同じと考えることができます。しかし、レトロニムはふつう定着した語彙項目を指すのに対し、この salad salad のような例は、もっと抽象的な構文の臨時的なインスタンスという色彩が強くなりますね。これももうちょっと掘り下げてみたいところですが、掘り下げる穴が多すぎる!
疑似レトロニム
さて、ここからは疑似レトロニムの話です。これも私は面白がってきました(Twitterで)。疑似レトロニムとは、語構成を見るとレトロニムみたいなのにレトロニムじゃないやつのことです。わけわかんない定義ですね。ちなみにこの疑似レトロニムという新概念に対して、本来のレトロニムを真正レトロニムと呼んでいます(自己例示ジョークです)。真正レトロニムのコレクションはWikipediaなどにあるので、この記事では改めて載せなくていいかなと思っていますが、ここで疑似レトロニムのコレクションを(Twitter以外で)初公開します。
道の駅
「駅」は古代から駅制の駅を指す言葉として使われており、それがのちに鉄道用語として転用されたものです。ですので、「道の駅」はまるでレトロニムのような形をしています(「紙の本」なら真正レトロニムでしたね)。が、しかし古代の駅制の駅のことを鉄道駅と区別したくて「道の駅」と呼ぶわけではなく、「道の駅」概念は新参者ですので、これはレトロニムではありません(と思ってます)。こういうのを疑似レトロニムと呼ぶことにします。
物質(ものじち)
この言葉は「臨時的な言葉遊び」の域を出ないかもしれませんが、検索すると多数出てきますし、無限回再発明されているものと思われます。預かったものや盗んだものを、人質のように扱って人に何かを要求する、というニュアンスですね。これも、一見、「質(しち)」がプロトニム、「人質(ひとじち)」がネオニム、「物質(ものじち)」がレトロニムみたいな形をしていますが、実際には、物質(ものじち)は従来の質(しち)を表すために作られた言葉ではありません。疑似レトロニムと認定します。
大人の秘密基地
本来の軍事上の秘密基地にいるのはたぶん大人であることが多いと思いますが、「大人の秘密基地」はそういう意味ではないですね。この場合、「秘密基地」という言葉自体がかなりメタファー的な意味(子供の遊びとしての秘密基地のほう)が強い、という感じがしますね。
大人様ランチ
いろいろな店が出してるみたいですが、とんかつの「かつや」が2022年に発売してとくに話題になったようです。これももちろん普通に大人が食べるランチという意味ではなく、「お子様ランチ」ふうだけど大人向けのメニュー、という意図が読み取れる語構成になっていますね。
液体ミルク
これは微妙で、Wikipediaではレトロニム扱いされています。「液体ミルク」というのが普通の牛乳という意味だったら真正レトロニムなんですけど、そうではなく、これは乳児用に調整された長期保存可能なミルクで、粉ミルクよりも新しく出てきたものですので、真正レトロニムではないような気がします。一応疑似レトロニム扱いします。
温麺
この例はピジェさんの指摘です。岩手県盛岡市の名物である冷麺の温かいバージョンです(宮城県白石市の名物の温麺(うーめん)とは異なるようです)。これも、冷麺が登場したことで従来の温かい麺を温麺と呼ぶようになった、ということではなく、冷麺に基づいて作られた新商品のようですので、疑似レトロニムと考えられます。
ほかにも shigashiyama さんがいろいろな疑似レトロニムの候補を挙げています。
これもいっぱいありそうですね!
疑似レトロニムについても言語学してみましょう。疑似レトロニムはレトロニムみたいな形をしているのにどうして旧概念に戻ってこないのでしょうか。じつは上に挙げた例には2パターンあります。
プロトニム相当の語が、上位概念ではなく、シフトした新しい意味だけを指しているケース。「大人の秘密基地」や「道の駅」がこのタイプ。つまり、「大人の秘密基地」といったときの「秘密基地」は軍事施設と子供の遊び場を包含する上位概念ではなく、子供の遊び場という新語義だけを参照しているわけです。もともと軍事基地にいるのは普通大人だとか、昔の駅制の駅は道にあったとかはたまたまで、関係ないということですね。
ネオニム相当の語からの類推によるケース。先に見たように、真正レトロニミでもネオニムからの類推による名付けが起こることもありますが、ここではそうではなく、ネオニムの新しいニュアンスを保ったまま類推が行われるので、旧概念に戻ってこないケースです。「物質(ものじち)」や「大人様ランチ」がこのタイプ。これらはそれぞれ「人質」「お子様ランチ」からの類推によって作られています。その際、もともとの「質」や「ランチ」にはない、「同意を得ずに奪い取った(それを利用してなにかを強要するための)もの」、「ファミレスのわくわく感、旗が立っててうれしい」といったニュアンスを保ったまま、その別バージョンを指すために作られた語なわけです。この場合も、もともと質はものを預かるものだったのでレトロニム風になった、というのはたまたまと言えるでしょう(まあ仮に預かるのは「人」か「物」かのどっちか2択だと思えば、2段階目で必然的に戻ってくるわけですが。そういう意味ではある程度の必然性がありますね。「大人の秘密基地」などもそうです)。
ちなみに「液体ミルク」はまたもや微妙で、「粉ミルク」からの類推だと考えるとタイプ2ですが、しかし、育児の文脈では「ミルク」自体の意味が乳児用の加工品にシフトしている、と考えることもできるでしょう。そうするとタイプ1と取ることもできそうです。そう考えると、上記の2パターンの区別はけっこう連続的ということにもなりそうです。
さて、まだまだ続くよ(というのは番組の終わりが近いときの常套句)。
矛盾系疑似レトロニム
さて、疑似レトロニムのなかに私が矛盾系疑似レトロニムと読んでいるカテゴリーがあります。レトロニムではこのような矛盾系は生じなさそうです(矛盾系が生じるのはむしろネオニムでした)ので、「レトロニムっぽい語構成だけどレトロニムではないもの」という定義にいまいち当てはまってない気がするんですが、現象としては同じ路線で議論できると考えていますので疑似レトロニムに含めて考えています。
回らない回転寿司
「回らない寿司」ならレトロニムなんですが、「回らない回転寿司」はそういうことではなく、回転寿司っぽい店構えなんだけど、タッチパネルとかで選んだやつだけがびゅーんと届くといったシステムになっており、勝手に回ってる寿司はない、というようなことですね。
いや待って、今思ったけど「回らない寿司」って高級店の寿司を指してて、昔ながらの街中の寿司屋とはちょっと違いそうだし、「回らない寿司」で実はスーパーで売ってる寿司を指したりするのはジョークとして扱われますよね。こういうのレトロニムでいいんだろうか。明らかに脱線してるのでやめます。
糸なし糸電話
ドラえもんの道具ですが、「糸なし糸電話」という名前からだいたいどのようなものか想像がつくかと思います。「糸」がキャンセルされたので普通の電話か、というとそうではないわけです。
折りたたまない折りたたみ傘
これも似てますね。このパターン多いようです。
割らない割り箸
これもshigashiyamaさんのツイートを見て気付きました。
矛盾系疑似レトロニムは、矛盾っぽい言い方をしてあえて面白くするというファクターもありそうですね。
さて、この矛盾系疑似レトロニムを加えると、疑似レトロニムはさきほどの2パターンと合わせて計3パターンを認めることができ、以下のように整理できそうです。
ステップ1で意味のシフト、ステップ2で修飾語付加が行われる:「秘密基地」(軍事)→「秘密基地」(子供の)→「大人の秘密基地」
ステップ1で修飾語付加、ステップ2で類推が行われる:「ランチ」→「お子様ランチ」→「大人様ランチ」
矛盾系疑似レトロニム:ステップ1で修飾語付加が行われ、ステップ2でさらに修飾語付加が行われる:「寿司」→「回転寿司」→「回らない回転寿司」
3.の矛盾系疑似レトロニムの場合も、2.で「お子様ランチ」のニュアンスを「大人様ランチ」が引き継いでいるのと同様、「回転寿司」の「チェーン店、安い、機械化省力化されている」などのニュアンスを「回らない回転寿司」が引き継いでいる、と言うことができるでしょう。つまり、結局どれもステップ1で意味のシフトが起こっているために、ステップ2で元の意味に帰ってこない(レトロニムにならない)わけです。
3.の矛盾系に関しては、さきほども触れたようにレトロニムでこのようなことが起こる例は思いつきません。つまり固定電話のことを携帯しない携帯電話と呼ぶようなことは生じなさそう、ということです。なぜでしょう? 固定電話は昔からあるのでそんなに面白い感じではないからでしょうか? 携帯電話のニュアンスを引き継いだ語形成をする意味がないから、みたいな風に言えばよいのでしょうか。あまり明確に言語化できません。うーむいろいろ宿題がありますね。
まとめる
というわけで、そんなに言語学ではメジャーなテーマとは言えないかもしれないレトロニムですが、掘り下げれば面白い穴はどんどこ見つかります。という感じが伝わったらうれしいです。
うん、ちゃんと手間暇かければいい記事がいっぱい書けるぞーという感触がすごくありますね。が、やはり手間暇かけるのが厳しい…。もう少しなんか仕事を削ってこういう活動に時間を割くほうが楽しいんじゃないかという気持ちが若干…。いやそれはどうなのかな…(全然まとめになってない)。
ぶんけんっ!
文献リストです。
萩澤 (2021) 文化的技術としての語. 『東京大学言語学論集』43: 1-19.
伊藤・杉岡 (2002) 『語の仕組みと語形成』. 英語学モノグラフシリーズ16. 研究社.
大西 (2023) 『方言はなぜ存在するのか』. 大修館書店.
鈴木 (1976) 語彙の構造. 鈴木 編『日本語講座4 日本語の語彙表現』. 大修館書店.
鈴木 (1980) 言語と文化. 阪倉・林・国広・鈴木『シンポジウム日本語3 日本語の意味と語彙』. 学生社.
鈴木 (1996) 『教養としての言語学』. 岩波書店.
Xydopoulos (2009) Retronymy or when technology meets language, paper presented at ISTAL-19, 3-5 April 2009, Thessaloniki, Greece.
Xydopoulos and Lazana (2014) A view into retronymy as a source of neology. Journées du CRTT 2012 La néologie en langue de spécialité Détection, implantation et circulation des nouveaux termes.
そのほか、直接引用していませんが以下が大変参考になりました。
Mäkelä (2022) Retronyms and neonyms: A corpus-based study. MA Thesis. Tempere University.