見出し画像

仲俣暁生さんのトーク「「軽出版」は出版の未来を救うか」に参加して

2024年6月24日、東京・青山の FLAT BASE で開催された文筆家・編集者の仲俣暁生さんのトークイベント「「軽出版」は出版の未来を救うか」に参加しました。主催は Local Knowledge です。

イベントのサブタイトルにあるように、仲俣さんは4月に『橋本治「再読」ノート』という文芸評論の著作を破船房という自主レーベルで出版して販売しており、話題になっています。仲俣さんがみずから「軽出版」と呼ぶこの活動について、興味深い話を聞くことができました。

ぼくは代表の妻とふたりでサウダージ・ブックスという出版社を営んでいます。紆余曲折があっていったん活動を停止し、現在の「スモールプレス」として再開したのが2018年。スモールプレス=小出版社を名乗っているのは、出版規模としては「zine 以上、商業出版未満」と考えているからです。

そんな自分たちの本づくりの姿勢を再確認したいと思って仲俣さんのトークの会場に駆けつけたのですが、予想通りいろいろな発見がありました。「軽出版」についてはいずれ仲俣さんが本にまとめると聞いていますので、以下、サウダージ・ブックスと関わりのある内容のみ紹介します。

仲俣さんは出版の生態系を4領域——「大手出版社」(出版規模の中心が文庫・新書・雑誌をベースにした1万部以上)、「中小出版社・ひとり出版社」(1000部〜1万部)、「軽出版」(100〜1000部)、「zine・リトルプレス」(100部未満)に分類し、軽出版の販路を「ネット通販・即売会・シェア型書店・直取引」と設定しています。スモールプレスとしてのサウダージ・ブックスの出版規模は、初刷1000部前後。販路も上記の通り(ちなみに売上比率が最も高いのは直取引)なので、ぼくらの活動はまさに軽出版的です。

仲俣さんは「軽出版」の特性をいくつか挙げています。そのうちのひとつは、本の内容としては「軽」より「重」向き、すなわち長期的に紹介可能で時事流行に左右されない「重い」文学やアート向きであるということ。それゆえ、客観的な視点から信用に値する情報やコンテンツを発信するために、制作段階で基本的な編集の技術が求められるということ。これもそのままぼくらのスタイルで、我が意を得たりという感じです。

「100〜1000部までの軽出版はだいたい成功する!」と仲俣さんは明るい表情でおっしゃっていました。じつはいま、数百人の読者層というニッチな市場をターゲットにする軽出版に熱いニーズがある。そして制作・販売・流通・決済の多様なプラットフォーム、サービスやシステムを組み合わせれば、大きな力に依存しなくても個々人の力で自由に企画を立ち上げ、一定のクオリティでものをつくり、着実に販売して利益を出すことで表現活動を持続できる時代になった、ということです。

サウダージ・ブックスの実績がそれを証明しています。初刷は刊行後2年で完売することが多いのですが、以下がぼくらの出版「5カ年計画」です。

3か月 実売4~50%
1年 実売7~80%
2年 初刷完売、2刷発行
4年 2刷完売
5年 3刷はどうしようかな……

2019年以降に刊行したサウダージ・ブックスの本で、写真集をのぞく、5冊のエッセイ集の販売データを比較検討してみました。著者は——そのひとりである自分も含めて——いずれも著名なベストセラー作家ではなく、マイナーあるいはインディな書き手です。本によってはマスコミで紹介されたり SNS で話題になったりして一時的に「動く」こともあるのですが、年単位で見ればこの出版計画にほとんど影響しません。

話題になってもならなくても、売れ行きは同じというのがぼくらの経験則です(これが良いのか悪いのか)。なので宣伝活動は必要最小限に抑え、ウェブサイトや SNS、直接取引店向けの ML で「つぶやく」だけです。サウダージ・ブックスの本が世に知られていないのはさびしいことで、営業的にもっと努力すべきことはあると思います。しかしリアルでもオンラインでも知られていないがゆえに、即売イベントでは刊行後何年経っても多くのお客様から「はじめて見る新刊書」と認識してもらい、購入してもらえるという利点もあります。

振り返れば、中小出版社勤務時代に数千部の本(サウダージ・ブックスの本と似たようなジャンルの)を売るのに広告、PR、各種販促の仕掛けとプロモーション活動に駆けずり回り、刊行前後に取次(出版流通業者)からの注文冊数やアマゾンなどネット書店のランキングに一喜一憂していたのは、そして本の特性や内容に関わらずたった数か月の販売期間で社内で売れる/売れないの「成績」がつけられるのは、あれはいったいなんだったんだろう……。商業出版の世界にはそうしなければならない理由もあるし業界の抱える構造的な問題もあると思いますが、この話はまた別の機会に。

ところで、仲俣さんの「軽出版」プロジェクトはソロアーティストとしての著者を出発点にするのですが、サウダージ・ブックスはバンド的な本のクリエイター集団を出発点にしているので、そこが違うところです。印刷会社についての認識もやや異なります。

しかし、お話を聞いて感じる共通点のほうが多く、仲俣さんは京都を拠点にする編集グループ〈SURE〉を軽出版的な活動の先達として紹介していましたが、サウダージ・ブックスを旗揚げするにあたってモデルにしたのが SURE の本づくりで、ずっと昔に事務所に電話をして直販の方法を教えてもらったのは懐かしい思い出です(なによりも、ぼくは SURE の本が大好きです)。また、大手出版社の商品と比較すれば価格を1.5倍ほど高めに設定した「薄いのに高い本」を販売することで、書店に入るマージンを増やしたい(薄いから棚の場所も取らないにもかかわらず!)という考え方も仲俣さんとまったく同じです。

「軽出版」的なサウダージ・ブックスの活動ですが、目下の課題は、図書館にどうすればアプローチできるかという点です。内容としては「重」と言える文学やアートの本を刊行しているので、全国の公共図書館や大学図書館などに所蔵してもらい、研究調査や教育にも活用してもらいたいのですが、なかなか実現できていません。国会図書館と数館の図書館への納品にとどまっています。ここをもうすこし増やしたい……

さて、仲俣さんの『橋本治「再読」ノート』を読みました。名前だけは知っているけど(なんとなく遠ざけて)未読のままだった『桃尻娘』シリーズの小説家。その橋本治がシェイクスピア『テンペスト』の「キャリバン」に注目していることに興味を惹かれて読み始めたのですが、「活字」と「近代」と「人間」について深く考え抜いた思想家でもあったことを知り、驚嘆しました。

でも、僕達はもう知っている。僕達自身の中に普遍が存在しているということを。僕達自身という個の中にある普遍というのは、僕達自身だ。それが普遍である以上、それはすべてに共通するものだけれども、それが又僕達自身という個である以上、僕達が存在するその数だけ普遍というものは存在するのだ。

橋本治『秘本・世界生玉子』

仲俣さんのコンパクトな著作にちりばめられた引用を通じて、目の覚めるような橋本治のことばにいくつも出会うことができました。この評論を読めば、思想家としての橋本治の本を読みたくなるでしょう。『「再読」ノート』をきっかけにして、ぼくも橋本治に学び、「軽出版」の思想と実践に学びたいと思います。

いいなと思ったら応援しよう!