苦労?が生んだ〈対話法〉
さまざまな事情から、私は民間のカウンセラー養成団体でカウンセリングの基礎を学んで資格を得ました。その団体が認定する資格には3級から1級まで3段階あります。研修会やワークショップに参加して3級を取るまではスムーズでしたが、2級の取得には時間がかかりました。結果的には合格しましたが、最終審査の段階で苦戦したのです。ここでは、苦戦した理由と、足踏みをしている間に生まれた〈対話法〉について記します。
判定基準の壁?
その団体で2級に合格するには、所定の研修のすべてを受けたあと、逐語記録を添えたカウンセリング面接(仲間とのロールプレイングも可)の録音テープ(当時はカセットテープの全盛時代)を提出して団体の主な指導者(私の時は4人)に聞いてもらい、合格レベルに達しているという合意を得ることが条件でしたが、その「合意」が難しかったのです。
その理由の一番は、C・R・ロジャーズが言うところの、いわゆる「受容・共感・一致」のうち、どれを最も重視するかが三者三様だったからです。もちろん、本人がどの程度意識していたかは定かでないため、あくまでも私の主観です。なお、「受容・共感・一致」の正確な説明は、ここでは省略します。特に「一致」については、ロジャーズが主張していることを丁寧に説明しようとすると袋小路に入る可能性が高いため、ここでは、あくまでもわかりやすさを重視して、「カウンセラーが感じたことを率直にコトバにする」という程度の意味に限定します。
三者のスタイルの特徴と疑問点
S先生の好みは、いわゆる傾聴(オウム返しを含む)を中心としてクライエントを受容することでした。クライエントがどんなことを言っても、にこやかに暖かく受け止めるスタイルなので、多くの受講者に人気がありましたが、当時の私が抱いた疑問は、「オウム返し」は、確かに安全ではあるけれど、クライエントによっては物足りないのではないかということでした。
一方、F先生は「共感」を重視していますが、「オウム返し」が大嫌いです。クライエントが発した(カウンセラーが聞いた)コトバを繰り返すのではなく、クライエントが言わんとすること(考えや気持ち)についてカウンセラーが理解したことを、カウンセラー自身のコトバに置き換えて返すことの大切さを強調していました。のちに考えると、このやり方が〈対話法〉に最も近いです。しかし、F先生のやり方(カウンセラー自身のコトバに置き換えて返す)は、それが過ぎると、カウンセラー自身の考えや思いの押し付けにつながることもあり、これを不満に思うクライエントもいるのではないかと思いました。
もう一人のH先生は、クライエントの話を聞いたあとで、その話の内容に関してカウンセラーが感じたことや思ったことを「率直なコトバで返す」ことを信条としていたようです。なお、ここで言う「率直」と、ロジャーズが言うところの「一致」には共通点があるとは思いますが、H先生の場合、「率直なコトバ」の中に「相手に対して否定的・批判的と思われるコトバ」が遠慮なく含まれていることがあるため、その率直さをありがたく受け入れる人がいる反面、クライエントによっては傷ついたり、落ち込んだり、逆に反発したくなるひともいるのではないかと思いました。
これら3人の先生方の指導を受けて、さまざまな形のカウンセリングを学ばせてもらったことについては感謝の気持ちでいっぱいです。
三者を満足させるカウンセリングは可能なのか?
ところが、学んでいる段階では、この多様性から得るところが多かったのですが、いざ審査となると、これが曲者だったのです。私が提出した面接の録音テープの中に、1カ所でも共感的な応答ができていなかったり、カウンセラーの意見が入っていたりするとS先生は満足しません。一方、応答の中に1カ所でも「オウム返し」が入るとF先生が満足しません。傾聴や共感的応答だけで、カウンセラーの気持ちや考えがまったく入っていないとH先生が満足しないのです。
この三者三様の判定基準を満たすカウンセリングなんてあるのだろうか。これでは永遠に合格できないのではないかと悩みながらの試行錯誤が3年ほど続きました。最終的には、そこそこ3人に満足してもらえる(許容の範囲?)面接ができて、めでたく合格しました(1995年)。
この悩みと試行錯誤の日々の中で、しかも、そこに全く別の偶然も重なって、1994年に〈対話法〉が生まれました。
〈対話法〉の原則:自分の考えや気持ちを言う前に、相手が言いたいことの要点を、相手に言葉で確かめる。
なお、ここに至るまでの細かい経過や理論的な説明は論文等で発表済みなので、ここでは省略します。
疑問点の整理
〈対話法〉の特徴を説明する前に、3人の先生のやり方に対して私が感じた疑問点をまとめておきます。
○S先生:「受容・共感」はあるが、カウンセラー側の考えや気持ちが入らないため「一致」が不足しがち。
○F先生:「受容・共感・一致」のすべてが入っているが、たまに「受容」が抜けて押し付けに聞こえることがある。
○S先生:意図的なのかも知れないが「一致」が優先され過ぎるためクライエントに「受容・共感」が伝わりにくい。
〈対話法〉が解決したこと
「自分の考えや気持ちを言う前に、相手が言いたいことの要点を、相手に言葉で確かめる」ことを原則(いつもする必要はないですが)とする〈対話法〉では、自然と「受容・共感」が行われます(難しい理論的な説明は省略します)。なお、「相手が言いたいことの要点を、相手に言葉で確かめる」は、基本的にはカウンセラー自身のコトバに置き換えて確かめる(F先生が重視するやり方)応答ですが、必要に応じてオウム返し(S先生のやり方)も良しとしています。「自分の考えや気持ちを言う」はH先生のやり方(一致)そのものです。なお、H先生の場合、「自分の考えや気持ちを言う前に、相手が言いたいことの要点を、相手に言葉で確かめる」(共感)が省略されることが多かったため、反発するクライエントがいたのだと思います。
そして、結果として、〈対話法〉の原則では、3人の先生のやり方が、ほぼ統一された、言い換えるなら、受容・共感・一致の原則が、大きな矛盾なく実現される理論とスキルになったと思います。なお、これは完全に我田引水です。
以上で、私の体験をベースにした説明は終わりますが、〈対話法〉の詳しい理論や、C・R・ロジャーズ等の先行研究をベースにした説明については下記の論文を参考にしてください。
■カウンセラーの態度と技法を確認型応答という概念から考察する試み PDF で読む
「足利短期大学・研究紀要」第28巻(2008年)
■共感的態度を評価するための一方法---確認型応答という概念の導入--- PDFで読む
「医学教育」第41巻3号(2010年、日本医学教育学会)
■カウンセラーの応答における傾聴と共感の定義をめぐる課題 : 「確認」という視点の再評価 PDFで読む 「ヘルスサイエンス研究」第17巻1号(2013年、ぐんまカウンセリング研究会)
■〈対話法〉の研究と普及活動20年のあゆみ PDFで読む 「ヘルスサイエンス研究」第18巻1号(2014年、ぐんまカウンセリング研究会)