子育ての卒業と、新たな修行と。
息子の卒園や卒業を、この春までにあわせて4回迎えた。
卒園したのは忘れもしない、2011年3月。
あの東日本大震災の4日後に、息子は卒園式を迎えた。
余震に怯えながらの卒園式で、謝恩会は省略。名残を惜しむ暇もなく解散したのだった。
小学校の卒業式では、ひとりずつ将来の夢を語ることになっていて、事前に原稿を作り暗記してのぞんだ。
しかしなんと卒業式の1週間前に変声期が始まってしまったのだ。
当日はかすれ声しか出せず、せめてマイクがあればよかったのにと思わざるをえなかった。
中学校の卒業式はコロナ禍が始まったばかりの年。
卒業直前は休校で、仲間とゆっくり別れを惜しむ時間はなかった。
また卒業式も練習した合唱曲の披露は出来ず、保護者の参加は1名に限られるなど、いろいろと制約が多かった。
そしてこの春、高校の卒業式。
コロナ禍の制約がここまで続くとは、当初まったく思っていなかった。
校歌は録音されたものを聴くだけだし、保護者の参加はやはり1名に限られた。
ついでに言うと、小学校の入学式は東日本大震災の余震に怯えながらだったし、高校の入学式は保護者は参加できなかった。
息子の入学・卒業は、外的要因の影響を受け続けたなあ…と改めて思う。
そのせいなのか、入学や卒業に際して特別な感情を抱かずにきてしまった。
私は子どもの高校卒業を「子育ての卒業式」でもあると考えてきた。
だから今年の卒業式では、さすがに感慨深いものがあるのでは…と思っていた。
ふたを開けてみれば、今回もやはりごく普通のイベントのひとつという感じだったので、少し拍子抜けした。
私は、息子が乳幼児の頃から一貫して「自分自身のために生きることを忘れないようにしよう」と思いながら暮らしてきた。
「子どものため」「家族のため」に生きるのは、私には辛い。
子育のためだけに生きていたら、いつか子育てが終わったらどうすればいいのか。
もしかすると、すでに大人になった子どもを「子ども扱い」して、あれこれ面倒を見続けることになるのでは?
そんな将来は絶対にイヤだ。
そうならないためには自分自身の生活を充実させておくしかない。
子育てを卒業しても、やることがいっぱいあるように。
そのため子育てをしながらも、読書をしたり、手芸をしたり、ピアノを弾いたり、ゲームをやったりと自分時間を満喫してきた。
どういう巡り合わせだか、息子たちは18歳で成人ということになった。
高校生ながら、もう選挙権だってある。
息子が個人的にどんなにマヌケでふぬけたところがあろうとも、「18歳は成人」という世の中になってしまったのだから、それを認めざるをえない。
この法律のおかげで強制的に、息子を大人扱いせねばならないと思わされた部分もあるなぁと思う。
また、高校生になってからというもの、息子はずいぶん大人びたことを言うようになった。息子から教えられることもある。
物理的に上から見下ろしてくるだけでなく、着実にアタマもココロも成長しているのが分かるのだ。
私の息子に対する気持ちも、守らねばならないものから、対等に付き合えるもの・時には頼れるものへと変化してきた。
そして決定的だったのは高3のクリスマス。
やめ時が分からなくなりずっと続けていたわが家の「サンタクロース劇場」がついに終演をむかえたのだ。
これは本当に大きかった。この時ばかりは、私も少し涙ぐんだ。
年に一度の定点観測だったからこそ違いが際立ち、大人になったことがはっきり分かったのだと思う。
以上のように、自分でも「子育てロス」にならないよう気をつけてきたし、息子の成長も日々実感してきた。
そのおかげで卒業式を平常心でむかえることができたのかな、と思っている。
しかしこれでそれですべて終わったわけではない。
これからも息子の面倒をみる日々はしばらく続く。しかしその際の立ち位置は変化せねばならない。
高校生のあいだは息子の斜め後ろを走っているような気持ちだった。
これからは少しずつその距離を離していかねばならないだろう。
はっきり言うと心配でたまらない。
しかし自分自身の修行だとでも思って、これまでより距離を取らねばならないと思っている。
でも心配。あぁ心配。ホントに心配。
尽きない心配事はnoteに吐き出させてもらうことにして、新たな修行に励むとしよう。
がんばれ、息子。がんばれ、自分。