路地裏のひまわり

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 ふと目に止まった絵があった。美術的センスがあるわけではないのだがこの絵には何か惹かれるものがあったのかもしれない。
 薄暗い雰囲気の店だった。ざっと中を見渡した感じでは絵画や彫刻、部屋に飾れる小物などを売っている店のようだ。例えて言うならばどこかの有名なアニメに出てくる店に雰囲気は似ている。タキシードを着た猫の置物や太った猫が居ても不思議に思わないだろう。それほど、この店は不思議な空間を醸し出していた。

「すみません」
 暗い店内に声をかける。壁にかかっていた絵について少し話を聞いてみたくなったのだ。薄暗い路地裏。ゴミが散乱し、黒猫が一匹描かれている。全体的に暗い絵だったがその中に一輪大きな向日葵の花があった。そこだけ日の光が射したように明るく照らされており不思議な気持ちになる絵だった。あまり雰囲気のいい絵とは言い難かったが自宅の作業部屋に飾りたいと思ったのだ。
「はい……」
 突然聞こえた地を這うような声に、俺はビクリと体を震わせた。まるで暗闇と一体化しているようにぬっと人影が見えた。これで一年くらい寿命が縮んだのではないだろうか。ドキドキと心臓が高鳴り、呼吸が苦しくなる。
「なんですか?」
黙ったままの俺に様子を不審に思ったのか、不機嫌そうにこちらの様子を伺う男。随分と不愛想な人だと思った。目元が隠れるまで伸びた前髪のせいで余計に不気味な雰囲気が増している。
「いや……この絵がいいなぁ、と思って」
「お客さん、見る目ない?」
 男の雰囲気に圧倒され、しどろもどろになりながらそう答えると男は可笑しそうに笑った。馬鹿にされた気分になり俺は少しムッとする。そんなに笑うようなことでもあるまいに、失礼な男だ。
「怒りました?」
 俺の表情の変化を感じ取ったらしい男は苦笑じみた表情を浮かべる。そして、つっと静かに視線を絵に向ける。
「あれは、俺が描いたものなんです」
「へぇ」
 なるほど。自然と感嘆の声が漏れる。これはこの男が描いたものなのか。そう思うとなんだかストンと納得がいくような気がした。
「初めてだ……この絵が良いなんて言ってくれた人は……」
 ふいに呟かれた店主の言葉に俺は思わず聞き返してしまう。この絵の良さが分かるものが今まで誰もいなかった、ということに驚いたのだ。そして、自分だけがこの絵の良さに気づいたということに少しだけ優越感を覚えたのだ。
「この絵、いくらですか?」
「すみません、これは売り物ではなくて……」
「いえ、こちらこそすみません」
 なんとなくそんな気はしていたことではあったが、残念だ。俺はもう一度絵に視線を向ける。薄暗い店の中にあるその絵、不自然なほどにそこに明るく咲き誇るひまわりの存在をどうしても手に入れたくなってしまう。
「あの、」
――絵を教えていただけませんか。
 思わず口をついて出た言葉に俺はしまった……と思った。一体どうしてそんなこと言ってしまったのだろうか。やはり男もぽかんと呆気にとられたような顔でこちらを眺めている。先ほどの言葉を撤回しようともう一度口を開こうとした瞬間、
「いいですよ」
 男の声が遮る。
「俺でよければ、是非」
 少しばかり口元に笑みを浮かべてそう続けた店主に、俺はパチリパチリと瞬きを繰り返した。現実をうまく受け入れられない。
 ぽかんと口を開けたままの俺の顔がおかしかったのか、店主はクスクスと静かに笑う。暫くぽかんとしたまま動けなかった俺だったが、店主の笑い声につられるように自然と笑みが浮かぶ。そして、自然に手が動く。
「よろしくお願いします」
 店主は差し出した俺の手をしっかりと握り、静かに頷いた。ひんやりとした手のひらがとても心地良かった。

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