結城あさのり

文芸サークル「とりま+」の色々

結城あさのり

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最近の記事

9.メモリア(文字書きワードパレット)

真っ白なキャンバスを前に烏梟(うきょう)はおもむろに筆を取った。しかし、その筆先は何も描くことはなく、机の上の小皿に吸い込まれていった。もう何時間も同じことを繰り返して、ただ時間ばかりが過ぎていく。  何が描きたいのか。何を表現したいのか。何度問いかけても空っぽの心は何も返してはくれなかった。  壁にかけられた時計を見れば、もう夕方の五時半になろうとしているところだ。遠くでひぐらしの鳴く声が聴こえる。  ――オレンジだ。  目黒はぼんやりとそう思った。真っ白なキャンバスの中を

    • 夏の庭

       じわじわと照りつける太陽。べっとりと肌にはりつくワイシャツの感覚が気持ち悪かった。右手に持ったラムネの瓶を傾けたり戻したり、同じ動作を何度も繰り返す。カラン、カランと瓶の中でビー玉が軽い音を立てて鳴り続けている。  何かが足りない。  青々と茂った雑草が微かな風にあおられてざわりと音を立てる。大川の黒い髪が風に流され視界を遮る。言いようのない不安につつまれて、背中に汗が伝っていく。  「おーい」 遠くで誰かが呼ぶ声が聞こえる。その声に誘われるようにゆっくりと歩いていく。どこ

      • 物書きのみんな自分の文体でカップ焼きそばの作り方書こうよ

        フツフツとお湯が沸く音がする 完全に沸騰するのを待たずに中身を注ぎ入れた 。三分が長い。 イライラと台所を動き回る。 そろそろ良いだろう、 勢い良くお湯を捨ててザッとソースを絡める。 勢いよく一口頬張り顔をしかめた。 まだ固かった。

        • I'll お試し

           キラキラと窓ガラスから零れる光。軽快な音楽が流れる中、平田勝吾は重たい足取りで歩いていく。 どうしてこうなってしまったのか。  町中から溢れる光が眩しくて平田は足元へ視線を落とす。ザワザワと色んな音が混ざり合い、容赦なく平田に襲いかかる。実体のないそれに押しつぶされそうになりなりながら、ただただ流されるように歩いていた。  すっかりと冷えてしまった手を擦り合わせると、ぼんやりと光を放っている自販機が目に止まる。さっと自販機のラインナップを確認すると、お尻のポケットの仕舞われ

          鬼灯ランプ

          ** ジー、ジーと虫の鳴く音がする。辺りは薄暗くなってきて風が心地いい。 薄暗い道を一人歩く。この辺りは、住んでいる人が少ない。若い人は皆、都会に流れていくし、残った人は段々と歳をとって老人ばかり。サンダルをつっかけて適当な格好で出てきてしまったがもう少しちゃんとしてくれば良かったと少し後悔する。脇を流れる水路から静かに水の流れる音が聞こえる。薄紫に染まった空に、少しだけ変な速さで心臓が動く。大きな道路にくると左右を確認しながら渡る。けれど、車の通る気配はない。奇妙な静けさが

          パラソル天動説

          彼は怒っていた。それはとても大変物凄く。 「だから、ごめんって!」 「絶対許さん」 彼が怒っている理由は、目の前で土下座している人物である。喧嘩ばかりしている二人であるがこれでも彼らは恋人同士なのである。 ことの発端は彼女の物忘れにあった。普段から教室、自宅、コンビニ、駅……ありとあらゆる所に物を置き忘れる。ボールペン、眼鏡、帽子、読みかけの本、本当に何でも忘れていくのだから困ったものだ。その都度、注意をするのだが当の本人は全く反省の色を見せず忘れものを繰り返していたのであっ

          パラソル天動説

          路地裏のひまわり

           **  ふと目に止まった絵があった。美術的センスがあるわけではないのだがこの絵には何か惹かれるものがあったのかもしれない。  薄暗い雰囲気の店だった。ざっと中を見渡した感じでは絵画や彫刻、部屋に飾れる小物などを売っている店のようだ。例えて言うならばどこかの有名なアニメに出てくる店に雰囲気は似ている。タキシードを着た猫の置物や太った猫が居ても不思議に思わないだろう。それほど、この店は不思議な空間を醸し出していた。 「すみません」  暗い店内に声をかける。壁にかかっていた絵

          路地裏のひまわり

          『自由の庭』シリーズ/加藤基之

          手についた土をパンパンと小気味いい調子で叩いて落とす。 最近は少しだけ学校に来るのも楽しいのだ。加藤はみずみずしく生えたハーブに手をやると小さく笑った。 「お茶でも淹れようかな」 そうすれば、きっと彼は涼やかな目元を微かに丸く見開いて小さく息を吐くのだ。 仕方がないというように。

          『自由の庭』シリーズ/加藤基之

          えびすくんと大黒くん

          死にたい、と彼は言う。 けれどそんなのはただの言葉遊びだと僕は分かっている。 男にしては長い髪の毛をくるくると指でもて遊びながら、視線をついと僕へ向けた。 その瞳に写った姿を見て思う。 僕では彼の退屈を紛らわすことは出来ないのだ、と。 夕暮れに赤く染まった彼を見て小さく息を吐いた。

          えびすくんと大黒くん

          『純情青春安眠薬』構想案/田中良助

          別に何かがあったわけではない。 ただ、彼のテニスは良助にとって理想であったし、テニスに対する真摯な態度は尊敬もしていた。 当然のごとくこれからも部活を続けるのだろうと漠然とそう思っていたのだ。 だから、彼があまりにもあっさりともうテニスはしないのだと言ったことが良助は許せなかったのだ。

          『純情青春安眠薬』構想案/田中良助