【小説】牛島 零(6)
出会い
「よっしゃー今日は早く帰れる」
根尾は自分が何もしていなかったように、帰れる生徒のひとりとして喜んでいた。
「いや、でもやばくないか?」
窓ガラスが一枚割れたらしい。ケガ人がいなかったのが不幸中の幸いだった。
根尾は昇降口で今日のプランを発表してくれた。
「今日は・・・」
根尾は舌でドラムロールを奏でた。そして、息が切れた。根尾は少しせき込む。
「今日は河川敷で石投げゲームだ」
根尾にしたら地味なゲームかと思ったらそんなことは無かった。
どうやら映画「沈黙」を見たらしく、一人が制服のまま川へ入り、もう一人が石を投げるというものだった。
川につくと先攻は俺だと根尾が肩をまわす。僕はしぶしぶ上着を脱ぎワイシャツになった。下のズボンはしょうがない。
いやいや川に入ると夏前ということもあり気持ちよかった。水が腹のあたりまである。川からそこそこ離れたところで根尾に石を投げてもらうように合図する。
「こっちは大丈夫だぞ」
「ほんじゃ行くぞー!」
根尾が投げた石は僕の頭上をかすめた。
「当たったか―?」
「いや、当たってないよ」
本当に死ぬところだった。僕がジャイアント馬場だったら僕の頭は根尾にやられていた。
根尾の二投目はちょうど僕の目の前に着水した。もう川から上がりたかったのでおなかに当たったふりをした。遠くから見ても根尾は喜んでいるようだった。
「ピッチャーチェンジだな」
「本気で投げるからな」
「おう。どんとこい」
根尾も僕と同じように上着を脱いで入水する。根尾はよっぽど石に当たりたくないのか、僕よりもずっと離れたところで僕を呼ぶ。なんて言ってるのかわからない。僕は電話を掛けた。
「おい離れすぎだろ」
「お前がちゃんと投げれば届く」
「あーそうかい」
僕は根尾が嫌がることを思いついた。
僕はわざと本気を出さない。そうすれば根尾もあきれて帰ってくるだろうと思った。
しかし根尾は意外と粘った。一時間たっても一向に上がってくる気配がない。根尾は手を振って笑っていた。
僕はもう腕が限界で石すら持てない。久しぶりの運動で気持ちも悪くなってきた。周りを見渡すと上流のほうから何か流れてくる。犬だ。
「おーい!犬が流れてるぞ」
根尾は気づかない。根尾に急いで電話をかける。
「なんだよ急に」
「犬が、犬が流れてきてるんだよ。上流から!」
「そんなことあるわけないだろ」
根尾は上流に目を向ける。
「犬だ!おい犬がいるぞ」
「だからそうやって言ってるだろ」
「いや、だから犬がおぼれてるって」
「だから俺が最初に言っただろ!」
「嘘じゃなかったのかよ」
「早く助けろ」
「ふざけんなよ。まだ途中だろうがよ」
「ふざけろよ。犬が死ぬんだぞこの勝負で」
「・・・」
根尾はしぶしぶ犬がいる方向へ向かい、上流から流れてきた犬をキャッチした。犬をライオンキングのように持ち上げながら岸へ向かってきた。
「今日の晩御飯が決まったな」
「いや、食べないって」
根尾は俺の上着で犬をふき始めた。
「風邪ひかないようにしないとな」
「お前そんな奴だったのかよ」
「いや、死なれては困るからな」
そうこうしていると女の子が走ってきた。根尾が抱いている犬の顔を見るとすぐに、根尾から犬を取り上げて泣いていた。ごめんとかそんな言葉を話していた気がするが、泣いていて嗚咽交じりだったため何を言っているのか聞こえなかった。
「なんか気まずいから行かね?」
「うんそうだね」
根尾から場所を離れる提案をされるのは意外だった覚えがあった。
その犬を取り上げた女が美咲だった。