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僕が住む街の話。Vol.2/京都・四条大宮

20歳の学生に往復の新幹線代は高すぎる。最低限の荷物を抱え、4列シートの夜行バスを待った。新宿駅西口。23時に点呼を受ける人々の姿は、借金を抱え、知らない山奥へ連れていかれる労働者のようだ。これから数時間、すし詰めとなったドラム缶のような車体に揺られ、西へ向かう。2000円という金額にしたら、大きな声で文句は言えない。風呂上りのシャンプー、香水、カビ臭いエアコン、缶チューハイ。バウムクーヘンのように重なった独特な車内の匂いは形容し難い。心を殺し、眠りに落ちるのを待った。京都について語ると、バスは朝の5時台に到着する便がほとんどで、始発の電車もまだ走っていない。半強制的に駅の周辺で過ごすことを余儀なくされるわけだが、この時間に入れるところなんて、八条口のコインロッカーに並んだファーストフード店しかない。故に早朝には、タクシーの運転手と、泥と化した遠方からの貧困者が集う。アブラの香り漂う「独房」で数時間を過ごした後、動き出した地下鉄烏丸線へ乗り込み、今出川で降りる。事前に連絡を取り合っていた〈京都ライフ〉で担当の女性と世間話を交わし、目星をつけていた物件の内見へ連れて行ってもらった。泊まる予定もなかったし、我ながらに賭けだとは思ったが、1時間後には契約書にペンを走らせていた。決め手となった理由はいくつかある。まず、嵐山までを繋ぐ「嵐電」の始発・四条大宮駅と阪急線の大宮駅から徒歩1分もかからない最駅近の物件だったこと。4月から編入する大学へも自転車で15分とかからなかったこと。四条や河原町にも歩いていける割に駅周辺は静かだったこと。近くにある〈三条商店街〉の雰囲気が好きだったこと。何より〈餃子の王将〉1号店がマンションの横にあることが、一番の決め手だったかもしれない。四条通りから後院通りに抜けてすぐにあるその物件には、京都を離れるまでの2年住んだことになる。10階角部屋、バストイレ別の1K。8月16日にはベランダから「五山の送り火」を見た。毎月にらめっこすることになる家賃という免罪符も、インターネットと水道代が含まれているにしてはとても安かった。広くはないけど希望はある。修学旅行でしか訪れたことのないこの街で、どんな生活と出会いがあるのか。とてもフワフワした日々を過ごしていた。いまでもあの春の匂いと、桜の木々からのぞく太陽の日差し、初めて乗った嵐電の座席を覚えている。

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