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製薬業界入門

こんにちは。製薬業界向けにSaaSを作ってる浅野(@asanoboy)です。

製薬会社についてはニュースでたまに聞くけど、なんだか掴みどころがない業界だと思ってる方は多いのではないでしょうか?ぼく自身、しばしばそう感じるので、関わりのない人はなおさらだと思います。

しかし多くの人がお世話になっている薬ですし、なかなか事情の込み入った面白い業界ですので、今回は「なぜ外から見えづらい業界になっているのか?」という点に絞って入門記事を書きます。この記事を通じて、多くの人がこの製薬業界に興味を持っていただけたら嬉しいです。

OTC医薬品と医療用医薬品

薬には大きくOTC医薬品医療用医薬品の2種類があります。OTC医薬品はOver The Counterの略、つまりカウンター越し(=ドラッグストアなどの店頭)で買える薬で、医療用医薬品は病院で医師の診断により処方される薬です。

全体像を掴むためにまず市場規模から見ていきましょう。

初めにOTC医薬品の市場規模が1兆円弱です。具体的にどういう薬が売れているのか、執筆時のAmazonで売れているトップ3を載せておきます。

1. バファリンプレミアム
2. ロキソニンSプレミアム
3. リアップX5プラスネオ
医薬品・指定医薬部外品 の 売れ筋ランキング

これらは買ったことはなくても、何の薬か分かりますよね?実際サイトにジャンプすると知っている薬が多く並んでいますし、イメージしやすいと思います。

一方で医療用医薬品の市場規模は10兆円です。OTC医薬品と比べてなんと10倍です!ぼくはこの業界に触れるまではそんな差があるとは知らず驚きました。ではどんな薬が売れているか見てみましょう。

1. キイトルーダ(MSD)
2. リリカ(ファイザー)
3. アバスチン(中外製薬)
2019年度 国内医薬品売上高ランキング

何の薬かピンときますか?ぼくには全然分かりません。ちなみにトップのキイトルーダは1000億円以上の売上があります。1薬剤でOTC薬全体の売上の1/10ですので、確かに桁違いです。

ここで重要なことは、医薬品と言ったときに9割は医療用医薬品の方を指すということです。ドラッグストアで売られている薬はまさに氷山の一角です。以降では医療用という前提で話します。ビジネスにおいても私達の健康を支えるという意味でも、医療用のほうが支配的な影響力を持つからです。

なぜそんな売れてる薬が知られていないのか?

上記ランキングで1位の年間1000億円売上というと、アプリ業界に例えるとAppStoreで売上ランキング1位に貼りつているようなアプリに相当します。それぐらいになってくるとパズドラやモンストなど社会現象となってメディアに取り上げられたり、日常生活にもでてくるワードになります。

ではなぜ売上上位の薬は全く知られていないのでしょうか?市場規模が1/10のOTC薬のほうが知名度が高い理由は?

一つの答えは厚生労働省の定める広告規制です。詳しくは厚労省のHPに記載があります。(読みづらいのでスキップしてOKです)

前項に規定する医薬品又は再生医療等製品の令第六十四条に規定する特殊疾病に関する広告は、医事又は薬事に関する記事を掲載する医薬関係者向けの新聞又は雑誌による場合その他主として医薬関係者を対象として行う場合のほか、行つてはならない。
医薬品等の広告規制について

つまり「医薬品は医療関係者にしか広告しちゃだめですよ」ということです。もしこの規制がなかったら製薬会社はテレビCMを打てるので、私達も売れ筋の薬を耳にするしょう。OTC薬にはこの規制がないので、風邪薬なんかのCMが流れてくるというわけです。

更にこの規制はインターネットにも適応されます。試しに先程の「キイトルーダ」を検索してみてもGoogleのリスティング広告は表示されません。なぜなら医薬品に関する広告は大手プラットフォームにおいても出稿することができないからです。

医薬品メーカーが処方薬を宣伝できる国は、カナダ、ニュージーランド、アメリカのみです。医薬品メーカーによる処方オピオイド鎮痛剤の宣伝は認められません。
Google 広告ポリシー | ヘルスケア、医薬品

このポリシーにある通り、医薬品の広告はグローバルで見ても原則NGです。許可されているアメリカなどはちょっと変わった国ということですね。

つまりGoogleですらこの領域にはグローバルで見たときに手を付けられていないのです。製薬業界は現在のインターネットからは分断されていると言っても過言ではありません。

なぜそんな規制が必要なのか?

人類にとって薬というのは病に対する強力な武器である一方、リスクの塊です。特に生死に関わるような場面ではなおさらです。では例えば投薬を間違えて命が失われたりしたら、その責任はどうなるのでしょうか?

まず厚生労働省は製薬会社が医師への営業で伝えていい情報と、ダメな情報というのをガイドラインとして定めています。これは過剰な営業を規制するためです。

例えば製薬会社が「この薬はどんな病も治します」といった過剰な営業を行った末、医師が投薬を間違えて、患者の命が失われたとしましょう。その場合、もちろん責任を問われるのは製薬会社です。そうでなくても、過剰な営業が明るみになった時点で厚生労働省から業務改善命令が出ます。

では適切な営業の末、医師の診断により患者に重大な不利益が生じた場合はどうなるのでしょうか?これは病院と医師、患者の間での責任問題となるため、原則として製薬会社が責任を問われることはありません。

つまり医療制度は正しく運用されている場合、製薬会社が直接リスクを追わないように設計されています。なのに彼らがCMを打ちまくって売上を伸ばしてしまったらどうでしょうか?その影で薬剤に伴うリスクが広がっていたら?そのリスクは製薬会社が負えるものでしょうか?

まとめると、薬に関する情報の伝え方というのは非常にセンシティブに設計されており、製薬会社から医師への伝え方でさえ規制があります。いわんをや、不特定多数への広告は更に厳しく規制されているというわけです。

世界での製薬業界

アメリカの話が出てきたので、最後にグローバルな製薬業界についても触れておきます。

この業界はIT業界と同等か、それ以上にグローバル化の進んだ世界です。なぜなら薬の特許ライセンスの及ぶ範囲がまさにグローバルであるからです。例えばある会社が新しい薬剤を発明したら、そのライセンスを使って世界中の国で独占的に販売できます。もちろん各国で医薬承認を得る必要がありますが、それでも一つの発明でグローバル市場を独占できる、というのは際立った特徴です。

一般的に特許で守られる範囲というのは限定的です。例えば自動車のブレーキシステムの一部に特許が使われているとか、そういうものです。一方で製薬業界では特許により守られる権利は、その薬そのものです。

ではそんな熾烈なグローバル製薬業界ではどんな会社が君臨しているのでしょうか?参考までに世界の製薬会社の売上ランキングを載せておきます

1. ロシュ(スイス)
2. ノバルティス(スイス)
3. メルク(米)
2021年版 製薬会社 売上世界トップ10

リンク先を見ていただくと殆どが欧米の会社です。ここで一つ疑問が生まれます。IT業界のようにグローバルな業界なのに、なぜ海外の製薬会社の存在感が日本国内では薄いのでしょう?前出の国内の医薬品売上ランキングに出てくる会社と、この世界ランキングでは顔ぶれが違いますがなぜでしょうか?

一つの答えは、国内メーカーが海外メーカーと販売代理店契約を結んでいるケースが多いためです。例えばファイザーの薬を武田薬品が国内販売している、ということがよくあるのです。これでは単純な国内の売上げランキングだけ見ても、ライセンス元がどこなのかは分かりません。

グローバルメーカーとしては現地に脈のある製薬会社に販売してもらったほうが都合がいい場合があるということでしょう。国によって営業の規制も違ってきますので、理にはかなっていますが、少しややこしいですね。

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そもそもなぜこの業界はこんな複雑で分かりづらいのでしょうか?それは薬という科学の結晶を人類はどう扱えばいいのか、私達はその答えをまだ持っておらず、過渡期がずっと続いているのだと思います。市場経済に任せても、当局の規制の監視下においてもなかなかうまくいかないのが製薬業界の課題であり、面白いところです。

最後にこの記事に興味を持っていただいた方のために、製薬業界にまつわるドキュメンタリーを一つ上げておきます。

薬というのは基本的に先進国が所有する特許ビジネスなのは言ったとおりですが、それだとお金を払えない途上国には薬が回ってきません。また資本力に劣る途上国では製薬ビジネスの芽がなかなか出せません。とは言え彼らも黙って耐えているだけではなく、、、というお話です。

ではまた!

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