痛みのチームアプローチ(連載 ストーリーで理解する痛みマネジメント 5 月刊スポーツメディスン223号)



永田将行・東小金井さくらクリニック、NPO 法人ペインヘルスケアネットワーク プロボノ、理学療法士
江原弘之・NPO 法人ペイン・ヘルスケア・ネットワーク代表理事、西鶴間メディカルクリニックリハビリテーション科部長、認定理学療法士(運動器)

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https://note.com/asano_masashi/n/n766d3be24ce4

 今回は、慢性疼痛治療における病院、クリニックでのチームアプローチについて話を進めたいと思います。

 私たち理学療法士は、リハビリテーション医療におけるチームスタッフの1人です。チーム医療とは、「一人の患者に複数の医療専門職が連携して、治療やケアに当たること」(チーム医療推進協議会ホームページより引用)とあります。リハビリ室での運動療法は、私たちの仕事の一側面に過ぎません。チーム内のスタッフで連携して全身状態や既往や合併症の管理、栄養状態、義肢・装具の適合、退院調整、復職へ向けた活動などを、各専門職が互いにオーバーラップしながら専門的知識やスキルに基づくアプローチを行い、患者や家族の生活再建や社会参加やQOLの向上を目指しています。

 主に医療チームについて言及しますが、スポーツ領域においては選手を中心に、医療職、現場のトレーナー、コーチ、監督や顧問、チームメイトも含めたチームが形成されます(図1)。患者から選手として復帰するまでさまざまな人々がチームとして関わります。

 

図1

学際的/集学的診療

 慢性疼痛の新分類・ICD-11で定義された慢性一次性疼痛は、心理社会的要因が関わり生活活動制限が非常に大きい慢性疼痛です。腰痛を例にとると骨関節の炎症に消炎鎮痛薬を服用するだけで痛みが改善するような単一の治療(ユニモーダル治療)でも効果がある一方で、多面的な原因が複雑に関わる場合は複数の専門職による治療(マルチモーダル治療)が行われます。このような慢性疼痛に対応するのが学際的診療や集学的診療と言われるチーム医療のシステムです。

 学際的診療(Multidisciplinary Treat­ment)とは、異なる分野の治療者によって提供されるマルチモーダル治療のことです。医師による投薬や治療、理学療法士による運動指導、臨床心理士による認知行動療法を同時に行うことが例として挙げられます。すべての医療専門家は患者への治療目的の達成のために作業し、必ずしも互いに連携する必要はありません。集学的診療(Inter­disciplinary Treatment)も同じくマルチモーダル治療を行いますが、生物心理社会モデルの考え方を各専門職が共有し、多職種のチームが患者と共に同じゴールに向かって評価と治療を協力して行います。医師による投薬や治療、理学療法士からの運動指導、臨床心理士による認知行動療法介入を同時に行い、さらに定期的なチームミーティングを開催し診断の合意をもって、治療計画を進めるものと定義されている点で学際的診療と異なります。

 慢性疼痛のチーム医療は身体的、心理・社会的、医療的、職業的側面を評価し、治療することができる医療者(医師、看護師、臨床心理士、理学療法士、作業療法士、ソーシャルワーカーなど)でスタッフが構成されます(表1)。医師は、整形外科医、麻酔科医(ペインクリニシャン)、神経内科医/脳神経外科医、リハビリテーション医、精神科医らが参加します。医療従事者は個々の患者の事象と診療プログラムについて、定期的にお互いに連絡を取り合い、カンファレンスで意見交換をしています。


表1 学際的痛みセンターの例(厚生労働省ホームページより)

専門職の連携を意識した痛みのリハビリテーション

 大学病院や痛みセンターのように多くの診療科やスタッフが集まらなくとも、整形外科クリニックでも学際的/集学的診療に近い体制を整えることができます。この場合、整形外科医が中心となり治療全体を指揮し、理学療法士・作業療法士がリハビリ室で運動療法を中心とした介入を行い、必要に応じて臨床心理士が生活歴などの聴取を行います。定期的にカンファレンスを開催し、意見交換をしていきます。クリニックで比較的多い変形性膝関節症の痛みも、リハビリで評価した検査バッテリーの結果やインタビューで得た情報から、関節の痛みから中枢性感作という状況に陥り痛みが増している状況に気づくことがあります。臨床心理士に聴取を依頼すると、それまでわからなかった社会的苦痛が明確になることもあります。また膝関節の理学療法所見から考察し直し、処方薬調整の必要性が出てくる場合もあります。責任者である医師に報告し、適切な薬を処方してもらうこともできます。また整形外科医の治療で痛み自体の改善が得られない場合には、ペインクリニックへ紹介し、侵襲的な治療を行うこともできます。痛み治療のために臨床心理士が整形外科に勤務するのは意外かもしれません。しかしそのようなクリニックは増えてきており、痛みと関連する苦悩を抱える患者や、精神疾患が併存する痛みの患者にとくに有効だと実感しています。

 リハビリとの連携には看護師の存在も非常に重要です。慢性疼痛に対する共通理解を得ることは必要ですが、患者と医師とをつなぐ重要な枠割を担います。日本の医療は医療側から受動的に行われる関係が強いと思います。患者には医師から指示された治療に従う、「コンプライアンス(治療の遵守)」が求められますが、今後とくにリハビリや慢性疾患の治療には、患者が積極的に治療選択に関与する「アドヒアランス(治療の相互理解)」が重要となります。高いアドヒアランスは、治療効果、痛みの改善、生活機能の改善をもたらす報告も多いのです。とはいえ、医師と対等に話をしていくことに抵抗を感じる患者も多く、医師の前に患者が近い存在と感じる看護師に意見や希望を伝えて、治療に反映させるようにしています。

 またクリニックでのチームアプローチには、前述の専門職のほかに医療事務(受付スタッフ)やリハビリ助手も含めるとよいでしょう。病院の顔でもある受付スタッフは診療場面では見せない患者の振る舞いを見ています。診察場面やリハビリでは物静かでも、受付では様々な心情を打ち明ける方もいます。診察室やリハビリ室での発言や態度と比較するために情報交換するとよいでしょう。またリハビリ助手も重要なスタッフの一員です。理学療法士と情報交換をして、対応方法を共有し、治療の意図に沿ったアドバイス・声かけを行い、リハビリの時間以外を使って症状改善や痛みの認知のゆがみの改善など適切な治療行動につなげることが可能です。

 このようなチームアプローチの導入でリハビリスタッフにはどんなことが起こるでしょうか? 私も経験があるのですが、理学療法士は「独りでリハビリを行っている錯覚」に陥りやすいため、チームの導入で精神的負荷を減らすことができると考えています。担当制であるリハビリでは医師から処方された後は、患者との狭い空間で長期間過ごします。責任感ある立場を任され自信につながるメリットがある反面、気軽に医師や上司に相談しづらく問題を一人で抱え込みやすいことがデメリットになりやすく、チームの形成は負担の軽減になると考えています。

 チームアプローチの責任者となる医師にも必要条件があります。それは集学的診療への理解と医師としての限界を知り、各専門職を信頼することです。知識の共有やシームレスな院内連携システム構築に加えて、仲間に託せるための多職種への敬意を持った信頼関係が本当の意味でのマルチモーダル治療となると私は考えています。

 学際的治療を患者側から見れば、1つの施設で総合的に治療を受けられることができ、身体的、精神的負担を軽減することができます。複数の医療機関の受診は交通費など診察にかかる費用が増え、精神的にも他の病院に通い、新しい人間関係を作っていくのにはエネルギーが必要であるうえ、医療機関をまたぐとどうしてもチームの意思疎通がとりにくくなります。院内で治療のコンセプトが共通していて、混乱なくワンステップでマルチモーダル治療を受けることで、患者の不安はかなり軽減されるでしょう。

 今回の患者のストーリーはチームで情報共有した結果、不安や随伴症状が改善し治療に向き合えるようになった患者を例に挙げ、チームアプローチについて考えたいと思います。

医師に意見できない患者と2つのクリニックのストーリー

 症例は小学校教員をしている50歳代女性のAさん。長年にわたってママさんバレーボールを指導しており、3カ月前に右肩痛を発症しました。自然に改善すると思い、バレーボール指導は休んで安静にしていました。夜間痛が改善せず、右肩可動域制限を自覚したため休日に近隣のB整形外科クリニックを受診しました。Bクリニックはリハビリ科があり理学療法士も勤務しています。長年開業しているベテランの整形外科医が院長でした。診断は肩関節周囲炎で、消炎鎮痛薬とリハビリが処方されました。リハビリに通院し始め、1カ月が経過しましたが夜間痛の改善はなく横ばいでした。

 Aさんは不安に思い、理学療法士に相談しました。「全然薬が効かなかったですけど、飲んだほうがいいんでしょうか?」。理学療法士は、「薬のことは医師に相談したほうがいいですよ。次回の診察時に話してみてください」と答えました。

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