痛みと違和感(連載 ストーリーで理解する痛みマネジメント 9 月刊スポーツメディスン227号)
永田将行・東小金井さくらクリニック、NPO 法人ペインヘルスケアネットワーク プロボノ、理学療法士
江原弘之・NPO 法人ペイン・ヘルスケア・ネットワーク代表理事、西鶴間メディカルクリニックリハビリテーション科部長、認定理学療法士(運動器)
足首を捻挫した、相手とぶつかって打撲したなど、受傷機転が明確な急性期の痛みの場合、その部位や程度をはっきりと表現できることがほとんどです。しかし、長期間続く慢性疼痛では原因が明確でなく、痛みを明瞭に表現できないことが多くあります。動きはスムースにもかかわらず、「痛い」と表現する選手をインタビューしてその訴えを深掘りしていくと、「なんか変な感じ」、「重い感じ」、「表面がピリピリする」など、あいまいな表現でパフォーマンスへの影響を説明していることがわかります。
このような状態は、まとめて「違和感」として表現されることがあります。部位がはっきりせず、プレーの障害になりにくく、ケガや痛みの発症前にはなかった違和感は、選手本人を悩ませる厄介なものです。リハビリの担当医療者や現場のコーチは、理解に苦しみ、対応に困り、取り合わないこともあると思います。今回は、この違和感について掘り下げてみたいと思います。
看護師によって行われた概念分析によると、「不快感(discomfort)」は自己報告または観察によって識別されるもので、身体的または心理的である可能性があり、慢性的な痛みに類似する性質があります。しかしすべての不快感が痛みに起因するとは限りません。痛みではなく、通常とは異なる「違和感」という感覚で不快感を示すアスリートもいます。
スポーツ選手が訴える違和感の場合、通常と異なる表在感覚的な側面のほかに、身体を動かしたときに思い通りに四肢が動かない感覚を表現する場合もあると考えられます。四肢体幹の動きに関わる運動系は、さまざまな刺激に対する神経系の活動に沿って変容し、個々で異なる反応が起こり適応していきます。このような神経筋の適応が構造的、機能的に適正な範囲内に収まるのであれば問題は起こりません。しかし、どこかに過剰な負荷がかかるような適応が起こると、慢性的な筋骨格系疼痛に移行することに関与すると考えられます。
違和感は、慢性的な痛みに移行する前段階の状態を表す表現としての可能性があります。そのため、違和感がどのようなものであるのかを理解しておくことは大切になります。ただしここで述べるものはメカニズムの推測にすぎません。違和感という表現には、多くの現象や感覚が含まれており、アスリート個々によって大きく異なるでしょう。そのことをふまえて違和感という訴えを聞いていく必要があります。
以下に、器質的な痛みの原因がないのに違和感を訴える時の背景として考え得る、神経筋機能から違和感に関わる現象を列挙していきます。
原因がない違和感の背景
(1)中枢神経系の再編成
代表的な慢性疼痛疾患のCRPS(complex regional pain syndrome)の病態の1つに、中枢神経系の可塑性があります。神経の可塑性が起きている場合に、局所の炎症とは異なる機序が痛みに関与して働いていて、治療介入の効果が得られにくい治療抵抗が起こることがあります。この場合、生物心理社会モデルに基づいた、多面的な治療が必要になります。このときの痛みはその部位に起因がなく拡大していくこともあり、病的疼痛と呼ばれています。その原因として、使わないことを覚えてしまうという「学習された不使用(learned non use)」が起こった可能性が指摘されています。
また、再び痛みが起こるのではないかと自動的に予測してしまい運動が反射的に抑制されてしまうメカニズムが推測されています。これは前述したように神経筋の運動パターンの変化をもたらし、二次的に筋肉や関節に負荷をかけ痛みを誘発することもあります。たとえば、肩外傷後に二次的に起こった上肢の違和感・不快感を訴えた症例においては、肩の損傷後に疼痛への恐怖感から、ほとんど患肢を使わない生活を送っていました。その結果、learned non useに陥り、これまで異なるパターンでの運動学習が進んでしまったため、違和感がなかなか拭えなくなってしまったと推測されます。
(2)身体知覚異常
身体知覚異常とは、CRPSや慢性腰痛に診られる病態です。自分の患肢の形状や大きさが実際と比較し歪んでいるように感じたり、閉眼して脳内に患肢をイメージすると患肢が精神像に存在しないと気づいたり、位置感覚の欠如や指摘された指の誤認などが生じます。視覚的には正常に見えていても、身体イメージが崩れていることで違和感が生じる可能性があります。具体的には、患部が腫れているように感じる、四肢を目で確認しないと動かせないなどの訴えがあります。
これらを訴える患者の身体知覚を評価すると変容していることを経験します。
テストとしては、表在感覚、二点識別感覚、視覚、垂直軸、重量感覚などが評価されます。具体的には、背中に指で文字を書き何と書かれたかを当てるクイズや選択的眼球運動(首を動かさずに目の動きで目標物を追視する)、水平8の字描きテストなど、身体や環境からの情報の認知について評価することがあります。
(3)運動と感覚のミスマッチ
人は動くときに、その運動結果を予測しながら動いています。そして、その動きにはそれに相当する視覚や体性感覚がフィードバックされています。予測とフィードバックにずれが生じ、動きに伴う感覚が脳に認識されないという不均衡が生じると、身体の変容感を感じるという研究が報告されています。例えば、点検中などで停止しているエスカレーターを歩いて上ると感じる変な感覚は、誰でも一度は経験していると思います。このときの違和感は動いているであろうと学習された運動制御と実際には動いていないエスカレーターの間の感覚のずれが原因の1つであると言われています。
また、環境を理解して適切な行動意図をもって活動しても、運動制御のスキルが不十分だと違和感が生じることがあります。このときには四肢に重量感が生じるといわれており、主に頭頂葉を中心としたネットワークが関与していると推測されています。
通常、このようなミスマッチによる感覚は、競技パフォーマンスの改善において重要な情報(課題と運動スキルのミスマッチの解消、予測の修正などの手がかり)となります。しかし、何らかの理由によってミスマッチを修正できない場合、そこから生じる違和感が残存することになってしまいます。
(4)運動恐怖
運動恐怖とは、身体を動かすことに対する回避的な考えを持つという概念です。慢性腰痛やACL再建術後などに診られる現象で、CRPSの運動障害などにも影響していると言われています。
実際にACL再建手術を受けた患者の最大24%が、再負傷を恐れてスポーツに復帰しないとも言われており、痛みが慢性化しやすい心理社会的要因の1つです。これが強いと、痛みが起こると運動や活動を控えようとします。リハビリの過程で動いた方が痛くなると誤って学習してしまうと運動や活動に不安が伴い、回避的な行動が多くなり、筋力や持久力が低下してしまいます。この過程の中で、ネガティヴな情報が入ってきたりすると、運動恐怖による回避傾向はさらに強くなり、痛みがないのに痛みが出現したような感覚が生じる条件づけがなされます。
このような条件づけは動作選択的に起こることもあり、たとえば、手に何も持たない状態の上肢挙上は可能なのに、ボールを握ると挙上できなくなるなどの現象が起こることもあります。これらの現象は無意識的に起こることが多く、アスリート自身の自覚的には通常通り動いているつもりでも意図した運動が再現されず、それが違和感として表現されることがあると推測されます。
痛みには、不安や恐怖がつきものです。また、違和感程度の感覚でも過去の経験から不安や恐怖を訴える選手もいます。アスリートの気持ちを踏まえて段階的な目標や課題を設定して、不安がなく取り組めるようにし、活動の学習を行っていきます。
(5)マッスルインバランスなどmovement systemの要因
筋緊張、筋長や筋力のアンバランスなどによりマッスルインバランスの悪循環が形成されている場合にも違和感を訴えることがあります。
たとえば大腿前面の違和感を訴えている場合、大腿直筋や大腿筋膜張筋の筋長テスト、股関節周囲・膝関節周囲の筋力テストや関節可動域、動的な姿勢安定性の低下などが見つかることがあり、関連する身体機能改善によって違和感が改善します。筋力や筋長に左右差がない場合などは、左右それぞれの片膝立ちの姿勢で前足に体重をかけて立ち上がるような課題を遂行してもらいます。このような次の安定した姿勢に移行する途上で出現する不安定な姿勢時に問題が現れることがあります。このとき、立ち上がるときに下肢に伝わる荷重感覚の左右差や、立ち上がり動作中の左右のバランス差などから動きの質を総合的に判断していきます。
末梢の運動器だけではなく姿勢や動きをコントロールする中枢神経系の制御能力を含めて評価することで問題が露わになることがあります。とくに競技レベルの高い選手は、筋力や可動性の低下を高度な代償で表に出ないようにしている可能性があり、代償を出させないような評価の工夫が必要になります。
たとえば、サッカーのキック動作で違和感を訴える症例ですが、筋力や筋長、通常のランジ動作や片膝立ちからの立ち上がりでは、とくに左右差は認められませんでした。しかし、50cm台上へ片脚で登る動作を行ってもらったところ、違和感を訴える側の動作で顕著な動作時の動揺が認められました。このように、高強度動作で出現する違和感に結びつく機能異常は、課題をより高度に設定しないと現れないこともあります。
(6)心理要因
その他、臨床的に考えられる違和感の訴えの要因としては、パフォーマンス結果への言い訳、自分の理想とするパフォーマンスとの乖離など、心理機制としての役割が考えられます。それらのような心理的な動きにも、ストレスの緩和など一定の効能があり一概に否定できるものではありません。しかし、自身の取り組みから目をそらし続けるような行動が続くのであれば注意が必要です。しかし、主観的なものによって身体に何らかの感覚を感じていることは認めて受け止めることは大切だと考えます。
その選手が、
・競技にどのようなイメージを持っているか?
・自身の理想をどのように抱いているか?
なども重要な情報です。
身体運動面だけでなく、その競技の戦略・戦術的な面においてのズレも、運動実行の判断に影響を及ぼします。自分としては右に行きたいのだが、チームの戦術としては左に行く、のような葛藤が起こる場面において、スムースな身体運動が起こるとは考えづらいです。
また、違和感を訴える選手の多くは、表面的には動作異常が認められず、そのような訴えは“甘え”として捉えられ、対処されずに見過ごされてしまうこともあります。選手が指導者やスタッフと意思疎通がうまく図れないことは大きなストレスとなり、競技への意欲を失わせてしまう原因ともなるでしょう。ストレスが直接的に違和感を生み出すとは考えにくいですが、練習への不参加 → 体力低下 → 競技レベルとの乖離 → 違和感 のような悪循環が生じる可能性は十分にあります。その違和感がどんなに小さいものでも、訴えを聞き受け入れるという態度を示すことは重要です。
(7)環境要因
道具を用いるスポーツであれば、その道具との関係は重要です。自身の体力レベルが変わっているのであれば、それに見合った道具やその設定が必要になります。
例として、サッカーの試合中にふくらはぎが痛くなってしまっていた選手が挙げられます。とくに原因が見つからず痛みや違和感を我慢して競技に取り組んでいましたが、あるとき、ソックスに切れ込みを入れてふくらはぎへの圧迫を軽減したところ、違和感は出なくなりました。
道具以外にも、疲労、練習状況(質・量)、サーフェスの状態なども競技パフォーマンスに影響してきます。
また、動きの型、の問題もあります。経験によって積み重ねられた、そのスポーツにおける動作や構えの型のようなものを基本として教えられることがあります。それは、現場の知としてある程度は尊重されるべきものですが、一人一人、身体機能や構造が違う以上、そこにあてはめられない選手も出てくるでしょう。無理に型にはめ込んでいては、はまらない部分は違和感として表出されると考えられます。その違和感を無視して型を押しつけていけば、それが痛みのようなつらさとして表出されてしまうでしょう。
評価とアプローチ
違和感を訴える選手に対しては、違和感に関するインタビューと、その部位周囲の運動機能の評価は必須です。インタビュー項目は、痛みに対するものをそのまま利用するとよいでしょう。違和感は主観的で曖昧なものであるため、機械的刺激により必ず再現されるものではありません。そのため、その評価により見出された機能障害が違和感を生み出しているかは、仮説の域を出ません。しかし、介入のためには何らかの道筋が必要です。選手、介入者の両者とも納得のできる説明がつくよう、対話しながら進めていくのがよいでしょう。
対処に関しては慢性疼痛と同様の対応が必要と考えます。違和感があるからといって、スポーツ動作を回避したり止めてしまったりすると症状に対して固執が強まります。それによりかえって“痛い感じ”を長引かせてしまう可能性があります。違和感を受けとめつつ、競技パフォーマンスが受傷前、痛みの発症前と同じレベルで行えているかに注目するとよいと考えます。臨床的には運動系へのアプローチを行うことが多いと思いますが、器質的な要因がない場合は脳科学を意識した介入を並行して行うことで違和感の要因が見つかることもあります。違和感を直接視覚化することは難しいですが、運動機能や日常生活動作やスポーツ動作は普遍的に観察できるものです。とくに違和感を訴える動作や課題となる動作において選手本人がどのような主観的な感覚を持っているのか、観察可能な動きの左右差を起こすような課題の設定とそこからフィードバックされる体性感覚とを医療者やトレーナーは把握しておきたいところです。
また前述のように選手は自分のプレーが思い通りにいかなかったことを違和感として表現することもありますので、注意して評価していきます。パフォーマンス状態は、疲労の蓄積(身体的にも心理的にも)、心理状態、課題と技術レベル・体力レベルのつり合い、環境条件(天候、グラウンド状態など)などによっても左右されます。さまざまな条件と訴えを考慮し、その違和感について判断していきます。たとえば、通常より走行量が増えている、慣れないポジションでの起用が増えているなどです。前日までの練習量が普段より多ければ、疲労が抜けきらない状態だったのかもしれません。慣れないプレーが多ければ、通常とは異なる負荷がかかっている可能性があります。これらのような情報収集から判断までを選手とともに繰り返し、身体の状態を適切に感じとる機会を設け、それを相応しい言葉で表現できるように働きかけていきます。痛みの再発予防や増悪因子の軽減のためには、自分の身体の状態を環境条件と照らし合わせて現実的にとらえ、医療者と相談していくことが必要と考えています。アスリート自身が自分の身体の状態を違和感というありきたりであいまいな言葉でなく、きちんと言葉にできる能力の涵養が必要となります。
痛みと違和感について選手に説明するときは、図1のようなスキームを用いることがあります。通常、痛みにはなんらかの原因があり、動きの悪さや非効率などが積み重なって組織の損傷につながり痛みとして表現されます。
自身の身体に対する感受性が豊かなアスリートは、この動きの通常からのずれや組織損傷の前駆状態を違和感として感じている可能性があります。選手は、日常的に身体の状態や運動パフォーマンスをチェックする習慣を、スタッフは、それらをチェックすることができるシステムをつくり上げておくのが理想的です。
![](https://assets.st-note.com/img/1670474316286-xcVyYqySQN.png?width=1200)
図1 痛みと動きの関係
2人の選手のストーリー「違和感の訴えとその対応」
違和感を訴える2人の選手を例に、どのように対処していくかを具体的に見ていきましょう。ここでのキーワードは、言語化と共感的態度、共同的取り組みです。
症例A
20 歳代前半サッカー選手。既往歴に腰椎分離症があり断続的に腰痛が続いていました。ここ半年は、運動療法によるリハビリテーションと段階的な競技復帰で腰痛出現がなくスポーツ活動を行えていました。とはいえ完全に回復したわけではなく右腰には常に違和感がありました。プレーに影響がない自覚はあるけれども、気になるのでコーチに相談しました。コーチはプレーを見ている限り、影響はないと判断しました。しかし本人が気にしているため、トレーナーに相談してみてはどうかとアドバイスしました。
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