痛みの評価(1)(連載 ストーリーで理解する痛みマネジメント 6 月刊スポーツメディスン224号)
永田将行・東小金井さくらクリニック、NPO 法人ペインヘルスケアネットワーク プロボノ、理学療法士
江原弘之・NPO 法人ペイン・ヘルスケア・ネットワーク代表理事、西鶴間メディカルクリニックリハビリテーション科部長、認定理学療法士(運動器)
これまで、生物心理社会モデルをもとに痛みについての考え方と、慢性疼痛の分類などを解説してきました。今回は、痛みのマネジメントの視点による痛み評価の概要について述べていきます。急性痛については大枠を提示するにとどめ、慢性疼痛評価を中心に解説していきます。
この解説は、クリニックにて医師の診断がなされた後におけるリハビリの場面を想定しています。スポーツの現場などで、ケガなどによる急性の痛みの訴えに遭遇する場面があると思いますが、そういった場合には、職種による制限を知っておきましょう。応急処置による患部の保護は行えますが、痛みの原因を診断することは医師以外には行えませんし、非常に危険な行為です。急性の痛みの訴えがあるならば、競技を中断し、しかるべき処置を行い、速やかに医療機関を受診してください。
急性痛の評価
急性痛は、痛み自体が組織の損傷を反映したものであるため、痛みそのものを評価することが重要です。解剖学的、神経学的要素などの生物学的要因を主に考慮しますが、急性痛でも心理要因は関わります。ケガを負った選手は、多少なりとも、不安や恐怖、怒り、プレーできない絶望などいろいろな感情が入り混じった、混乱した状態になっていますので、心理社会的側面もインタビューの中で注目し聴取するとよいでしょう。ケガとともに表面化した心理社会的問題のほとんどは、治癒やリハビリの進展とともに解消されていきます。ただし、現状にそぐわない過剰な訴えや、リハビリの進行の障壁となる行動が現れてきたら、慢性疼痛の評価でご紹介する心理・社会的評価バッテリーを使用する場合もあります(図1)。
痛み自体の解消を目指すとともに、慢性化させないよう心理社会的リスクをなるべく少なくするような視点を持ちましょう。そうすることで、競技復帰がよりスムーズになりますし、再発予防の一助にもなります。
急性の痛みでは気をつけたいレッドフラッグ
レッドフラッグとは、重篤な疾患を有する可能性を示す所見のことです。とくに急性期の痛みにおいて、この所見が認められるならば早期に精査が必要となりますので、リスク管理の観点からこの知識を持つことは大切になります。しかし、レッドフラッグは1つの臨床所見であり、これらの兆候がある=重篤な疾患があることが確定できる、ということではありません。複数の所見により総合的に判断を行っていきますので、サインを見逃さないことが重要になります。もし、レッドフラッグサインを確認したならば速やかに医師に報告し、対策していきましょう。
運用上考慮すべき点として、レッドフラッグは医師の診察を受けた患者が見落とされているのは稀なため、むやみに強調しすぎないことがあげられます。リスクを過剰に強調することによって、心理的な要因による負の影響が強くなってしまう可能性があります。レッドフラッグの過剰適用を避けるためには、チームとして介入することが有用です。複数の介入者の視点を持つことで、適切な運用が可能になるでしょう。
例として腰痛におけるレッドフラッグを提示します。腰痛以外の痛みにおいても、これらを参考に所見を確認していきましょう。
慢性疼痛の評価
慢性疼痛の評価は、生物心理社会モデルに基づいて全人間的に行っていきます。もちろん、痛み自体の評価を行いますが、痛みの悪循環に陥っている要因と考えられる心理状態や社会的状況についても評価します。急性痛では、生物心理社会モデルの生物的側面が大きい要素でしたが、慢性痛では心理社会的側面の影響度が増してきます。
ここで、全人間的という表現を用いましたが、これは、その選手を中心とした、選手に関係することの全てが痛みに関わることを示しています。そこにはもちろん介入者も含まれますので、選手とのよい人間関係を築くことを意識してください。それが介入の基盤となります。
評価では、介入者の態度が大切になります。選手のネガティブな言動に意味づけをしない中間的対応を行うようにしましょう。得られた評価結果に対してもむやみにマイナスのレッテルを張らず、リハビリを効果的に進めていくための判断材料の1つとしてとらえていきます。
評価の構造化
慢性疼痛の評価は、心理社会的な悪影響が大きい場合は困難を極めます。そこで、痛みの評価過程をある程度構造化しておくことがスムーズに評価を進めていくために便利です。構造化とは、あらかじめ質問や評価する内容を決めておき、それに沿ってインタビュー、評価を進めていくものです。
評価構造の例として順に、①事前アンケート、②アンケートに基づくインタビュー、③身体機能評価と再現性の確認、④心理社会的要因の検査バッテリーによる評価、があげられます。昨今出版されている痛みに関する成書においては、検査バッテリーによる評価をインタビューの前に行い、リスクの抽出や痛みの分類などを行っていますが、検査の導入に苦戦している理学療法士の話を多く聞きます。その原因としては、これらの質問紙をシステマティックに使用していくためには、診療部門全体としての統一された介入理念および哲学が求められるからだと考えます。また患者視点では、痛みのとらえ方の程度によって、このようなインタビューや慢性疼痛で使われる検査バッテリーが自分の痛みに不必要に感じたり、逆に重圧と感じる例も散見されます。そのために運用に関してハードルが高いのが現状です。
まずは、問診票に記載された事項をもとに行うインタビューを解釈したうえで、必要と判断してから使用するのが現実的であると考えます。この構造はあくまで一例ですので、それぞれの状況によって構成していってください。
評価を構造化するメリットは、複雑な痛みの鑑別を行えるようになり、その分、痛み以外の要因への評価に労力が割けるようになることと、患者自身が痛みを整理できるようになることです。組織内で評価構造を統一化することで評価の基準が明確になり、チームとしての情報伝達がスムーズになるため、各職員の負担が軽減し治療者のストレスが減らすことができます。
一方、デメリットとしては、不安があり話を聞いてもらいたい患者にとっては画一的な対応となるためネガティヴな印象を持たれやすいことです。慢性疼痛は、個々人の背景によってその症状が大きく異なり受け止め方も多様です。とくにリハビリにおいては、介入者と選手が協同した能動的な取り組みが行えるかどうかが予後を左右します。評価の方法論は組織で統一し、よりよい関係性を構築するために相手を受け入れているという態度を示し、個別の対応が行える柔軟性を持つことが望まれます。
(1)事前アンケート
痛みのアンケートは、口腔顔面痛における構造化問診が参考になります。松下、和嶋ら(2015)は、問診を効率的に行うために医療面接前の構造化問診票の利用が大切であると述べています。これは痛みを①部位、②発現状況、③経過、④痛みの質、⑤痛みの程度、⑥頻度、⑦持続時間、⑧時間的特徴、⑨増悪因子、⑩寛解因子、⑪随伴症状、⑫疼痛時行動に分けて記入してもらうものです。このようなアンケートを事前に導入することで、より整理された状態をつくり出せることが期待されます。
(2)アンケートに基づくインタビューとその留意点
アンケートにより、ある程度痛みの訴えを整理し、それを元にインタビューを行っていきます。インタビューでは、前述のとおり選手の訴えを聞き、痛みを確認することに努めていきます。コミュニケーションをスムーズに行うために大枠としての流れを維持しながらも、選手の気持ちや発言を妨げないように気をつけていきましょう。具体的には、時間の制限などの評価における条件を最初に提示した上で、できるだけ最後まで話を聞くということを心がけていくとよいでしょう。
痛みが長引いてしまっていることで、痛みが生活の中心に位置してしまい価値判断の基準となってしまっている可能性があります。痛いから調子が悪い、痛くないから調子がよいというように、判断のすべてが痛みを基準としてしまい、痛みから離れられなくなってしまいます。慢性疼痛の目標設定においては、痛みをなくすことではなく、日常生活、スポーツ活動におけるパフォーマンスの改善が目標となります。そのために痛みだけではなく、生活や競技での希望を聞き、目標設定の参考にしていきます。
その際、評価の時点で非現実的な希望を持っている場合には注意が必要です。全く痛みなく、しかもかつての絶好調の状態を治癒した状態と考えているならば、その達成には困難を要するかもしれません。しかし、競技における工夫やトレーニング次第では、身体機能が発症前の状態に戻らなくても、競技自体のパフォーマンスが元の水準に達する可能性は大いにありえます。希望を失わないことは、モチベーションを保つために大切ですが、現実との折り合いをつけなければ前に進むことはできません。
インタビューのコツ(1):まずは痛みそのものについて聞く
まずは、主訴である“痛み”そのものについて聞いていきます。
主訴、受傷機転、現状の痛みの様子などについて、アンケートから把握し、それを元に、より具体的に、Where(どこで)、Who(誰が)、Why(なぜ)、What(何を)、How(どのように)、How much(どのくらい)を確認しながら、質問は最小限にとどめて聞いていきます。このとき、痛みを抱えた選手は、ケガの程度に見合わない過剰な表現をみせるかもしれません。また、まったく痛くないようなそぶりを見せることもあります。強い痛みで混乱していることもあるでしょう。そこで、介入者の先入観を介在させず、痛みの表現をありのままに聞くことが大切です。相手の訴えには寄り添いますが、治療者自身の気持ちや感情を入れず、中間的態度を維持するように気をつけましょう。
初回の評価で痛みの詳細について聞き取ることができれば理想的ですが、現実的には時間も多くはとれません。もし、心理社会的側面の影響が強いならば、訴えのつじつまが合わないこともあり、それを逐一確認していては前に進めません。そこで、問いただしてコミュニケーションに齟齬を生じさせるのではなく、本人の言葉を受け止め、真意を探るのは後述の検査バッテリーなどに委ねていくのが賢明です。初回の介入、とくに主訴を聞く場面では、「この人は話をちゃんと聞いてくれる人だ」と選手が感じられるように、訴えを受け入れるという態度を示し、お互いの信頼を深めることに努めます。今後の方向性を定めるための面接として考えたほうがよいでしょう。
信頼関係を深めるために参考になるのが、第1回で述べたMelzackによる痛みに関するニューロマトリックスにおける、感覚-識別、意欲-情動、認知-評価の3側面の考え方です。訴え、症状においてどのような側面が強いかを知ることで、その後のマネジメントにおいて気をつけるポイントが明確になります。痛みと共に、気持ちの訴えが大きいのか、過去と比較しての訴えが大きいのか、将来への不安が大きいのか、できれば効果的な声掛けを行いたいものです。選手を受け入れるとき、寄り添うポイントがずれてしまってはすれ違いが続いてしまいます。
インタビューのコツ(2):具体的エピソードについて質問し評価する
「時々、腰が痛くなります」「なんかこのへんが痛いです」
これらの訴えのように、症状についてはっきりしていないことがよくあります。上記の主訴のインタビューでの5W2Hによる聴取とともに、より具体的な痛みエピソードについて質問していきます。安静時に痛むのか? 同じ条件で再現するのか? 練習量・強度との関係は? 具体的なプレーはどうか? 既往歴などを質問していきます。重だるさや、しびれ感、引っ張られる感じなどをひとくくりにして「痛い」と表現していることもあります。何を痛いと表現しているのか、患者の考えを整理するように促しながら対話を重ねます。
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