連載 鳥になりたかった少年 第四話
『連載 鳥になりたかった少年 第四話』/浅野直人
病院からの帰り、僕たちは僕の家にいった。父さんと母さんは二人で買い物に出かけていて家にはいなかった。僕たちはお菓子とジュースを僕の部屋に持ち込んで作戦を立てることにした。僕たちは今二つやらなければならないことを抱えていた。一つは空を飛ぶを実現するということ、そして、もう一つはクラスを嫌がらせのないクラスに変えるということだ。飛行計画については図書館で大体のやり方を決めていたし、ベッドの上で眠る望月さんの姿が頭に残っていた僕はクラスを変える方法を考えようと翼に言った。
僕は新しいノートを開き一ページ目にクラス改造計画と書くと翼がいいねと言った。しかし、はたと動きは止まり二人はそこから頭を悩ました。さて、どうしたらクラスを変えられるのだろう?
「まずはどうなるのが俺らのゴールなのかということだよね」
「そうだね。最終目標はやっぱり嫌がらせをクラスから無くすということ。あとは嫌がらせをした人は望月さんに謝るべきだと思う。うめぼしも」
「うめぼし?」
「ああ、担任のあだ名。本当は岡崎」
「すっぱい顔してるんだ?」
「うん、かなりすっぱいね」
僕たちはお互いにすっぱい顔を作りあって笑った。
「でもさ、どうしてみんなは望月さんに嫌がらせをしたんだと思う?こういう時は物事の根っこというか大元の原因を潰しておかないとまた同じことになる」
「なるほど、翼はいつも僕より深く遠くを見ているよね。さすが。んー、そうだな、一つはうめぼしのやり方かな」
「確かうめぼしが望月さんを立たせたり怒ったりしたことからみんなが望月さんにちょっかいを出すようになったんだよね?」
「うん、そう。でもそれと僕はみんなが望月さんに嫌がらせするようになったのはうめぼしがクラスを押し込めているというか圧力をかけているのが原因のような気がする。そういうのがあってきっとみんなは気持ちが重くなって、その気持ちを何かにぶつけなくては生きづらくて、それで誰かに八つ当たりする」
「その行き先が望月さんだった?」
「そういうこと。まあもしかしたら学校だけじゃなくて家でも親からガミガミ言われている子もいると思うけどね。あとは自分の周りの空気に何か息がつまるような雰囲気が漂っているのを感じているということもあるかもしれない。そんなのがきっと心に溜まって自分より弱そうな人にぶつけた」
翼は少しだけ頬をあげて僕を見た。
「空、いいじゃん。なかなかいい推理だと思う。あとはみんなに本当のところはどうだったかを聞けばいいんじゃない?」
「うん、そうだね。じゃあ、まずは嫌がらせをした人を特定して話を聞くことからかな。あとは 僕がいない間にクラスがどうなっているかも知りたい」
「誰か話を聞くあてはある?」
「んー、僕こう見えてクラスに特別に仲のいい友達いなかったからな」
「そうなんだ?」
翼が笑いながら言った。
「翼みたいな子がいたらよかったんだけどね。あっ、そうだ。古田さんに話を聞くのがいいかもしれない」
「古田さん?」
「そう。古田さんは望月さんの仲のいい友達だった。いつも望月さんと二人でいたから何か知っているかもしれない」
「いいね。それで行こう。じゃあ僕から一つ提案」
「なに?」
翼の表情が一瞬で真剣な表情になった。
「クラスを変えるにはクラスの大多数の人を仲間にしないといけないと思うんだ。そこでレジスタンスを結成する」
「レジスタンス?英語?」
「あたり。意味は抵抗勢力って感じかな。それで俺らの主張する意見をみんなに聞いてもらって意見に賛同してくれる人をどんどん仲間にしていく。そして仲間の輪を広げてクラスを変えていく」
「翼、それってすごい」
「ああ、でもそれだけじゃない。人がたくさん集まればそれは強い意思になり力になる。そうすれば大人たち先生たちをも動かすことができるはず。いやそうでなければ先生たちは動かせないと思う。だから俺たちはレジスタンスを結成する必要がある」
「僕、なんかこう胸が熱くなってきた。なんかゾクゾクする」
「レジスタンス結成!」
僕たちは両手の拳を握って両手を突き上げた。
「でさ、こういうのって名前とか形のカッコよさが大事だと思わない」
「レジスタンス、確かにカッコいい。望月のレジスタンス。望月レジスタンス」
「略してMRだな。よし紋章を作ろう」
「紋章?」
「そうロゴみたいなやつ」
「あっ、それならトビが羽を広げた形を入れたい。真ん中にMRの赤い文字」
「あと僕たちが目指すのは大人の押し付けからの解放だから自由って言葉を入れるのはどう?」
「いいね。でも入れるなら英語がカッコいい。自由ってフリー?」
「フリーダムかな」
翼がノートにFREEDOMと英語で書いた。
「カッコいい」
「空、これで紋章作れる?」
「えー、僕は無理。あっ、でもいい奴がいる。丸メガネ漫画家飯塚ならめちゃめちゃカッコいいの作ると思う」
「よし、じゃあ紋章はその飯塚に頼もう」
僕の頭の中に紋章がぼんやりとその姿を現し、やがて望月さんの顔が浮かんだ。
「あっ、大事なこと忘れていた。僕たちの本当の最後の目的は望月さんにクラスに戻ってきてもらうこと。それまでにクラスを変えたい」
「そうだな。それでこそ望月レジスタンス」
「翼、僕たちできるかな?」
「ああ、俺たちならやれる」
僕たちは手が痛くなるくらい思いっきりハイタッチをした。こうして僕らは望月レジスタンスとして活動を開始することにした。僕らが目指すのは嫌がらせのない自由な世界。大人の都合を押し付けられない自由な世界だ。
月曜日の午後、僕は学校の近くの公園で学校が終わるのを待っていた。今日の目的は古田さんと飯塚を望月レジスタンスの仲間に引き入れることだ。下校が始まったら学校に侵入する。僕は公園のベンチに座りながら昨日のことを考えていた。
僕と翼は昨日、早速三角翼のグライダーの模型を作って飛行実験を行ったのだった。模型といっても翼の幅が一メートル半あるそこそこの大きさだ。家の家庭菜園にあった竹の棒をフレームにしてゴミ袋を張り合わせて翼にした。河川敷で行った飛行実験の結果は飛びはしたもののぶら下げるおもりの重さで飛び方が全く変わってしまうことが分かった。重すぎるとすぐに落ちるし、軽すぎると飛行が不安定になるのだ。もし自転車をスピードの動力源として使いそれに翼をつけるとなると翼の大きさが大きくなりそうだし、安定した飛行をするには全ての重さを考えて必要な翼の大きさをしっかり計算しなければならないだろう。自転車の重さとスピード、そして大きな翼。そこが次の実験に向けての検討課題だ。僕が大きな翼を作るにはどうしたらいいだろうと考えていた時、学校の終業のチャイムが鳴った。よし、まずは学校に行こう。僕は学校に向けて歩き始めた。学校から出てくるたくさんの子供達とすれ違い校舎に向かった。
校舎に入ると下駄箱の端の方で目立たないように二人を待った。今はまだ他のクラスメイトに見つかったら面倒だ。下駄箱には次々に子供達がやってきては靴を履き替えて外に出ていった。そして何人かのクラスメイトを見送った。少し人波が落ち着いたところにやってきたのは飯塚だった。僕は靴を履き替えている飯塚に近づいた。
「よお、飯塚」
丸メガネの奥の飯塚の瞳は僕を見て大きく開かれた気がした。
「あ、青井。びっくりした。どうしたの?」
「ちょっと話をしたいんだけど時間あるかな?」
「それより大丈夫なの?体調良くないって噂だけど」
「誰がそんなこと?」
「岡崎とか」
「岡崎そんなこと言っているのか?全然そんなことないよ。ほらこの通り」
僕はその場で全力ジャンプして見せた。飯塚は思わず微笑んで僕を見ていた。
「で時間ある?」
「まあ、あるけど」
「よかった。古田さんにも来てもらいたいんだけど、どこにいるか分かる?」
「どうだろ?すぐ来るんじゃない」
僕たちが一度下駄箱の端に移動するとすぐに古田さんがやって来た。
「よし。行こう」
「おう」
僕と飯塚が古田さんに近づいていった。すると僕に気がついた古田さんがすごく驚いた顔をして僕を見ていた。
「あ、青井くん。ど、どうして?」
「ああ、今日はちょっと古田さんに話があって。この後、時間あるかな?」
「時間はあるけど、どういう話?」
古田さんはすごく警戒した顔で聞いた。
「望月さんの話だけど。いいかな?」
望月さんの名前を聞いた古田さんは俯いてしまった。
「大丈夫。僕、望月さんを助けたいと思っているんだ。だから古田さんにもそれを手伝って欲しくて」
「こころを助ける?」
「ひとまず話だけでも聞いてもらえないかな?」
「わ、分かった」
僕は古田さんが話を聞いてくれると言ってくれたので一安心した。僕たち三人は学校を出てさっき僕がいた公園に向かった。公園では学校帰りの子が数人遊具で遊んでいた。僕たちは僕を真ん中にしてベンチに並んで座った。
「えっと、さっきも少し言ったけど僕は望月さんを助けたいと思ってる。もちろん僕には病院で寝ている望月さんの体を治すことはできない。でも僕は他にも僕たちができることがあると思っているんだ。それは望月さんがこうなった原因をなくすこと。そして望月さんがいつでもクラスに戻れるようにすること。僕は自分ができることをして望月さんがクラスに帰ってくる応援をしたいと思ってる」
「青井、望月さんがこうなった原因知っているの?」
飯塚が驚いた顔をして聞いた。
「僕は望月さんは自殺したんだと思ってる」
僕の言葉を聞いた飯塚は目を見開き古田さんは目をギュッとつぶって俯いた。
「やっぱり事故だって言っていたのは嘘だったんだ。クラスでも事故のニュースなんて聞かないし、なんかおかしいって話していたんだよね」
「僕も何かおかしいと思っていたし、心のケアとか言ってやっていた面談を受けて確信したんだ。学校は面談で僕たちにその原因を聞き出そうとしていた。それで僕は二人も知っていると思うけどクラスの望月さんへの嫌がらせが自殺の原因だと思ったんだ」
古田さんは俯いたままで今度は飯塚も俯いてしまった。僕は二人に確認するようにクラスであった望月さんへの嫌がらせやその大元がうめぼしであることを話した。僕が話を終えようとしていた時、古田さんの手に透明な雫が落ちるのが見えた。落下し始めた雫は次第に大きく連続してポタポタと古田さんの手を濡らしていった。僕は迷ったけど古田さんの背中にそっと手を置いた。
「古田さんは何も悪くない。そんなこと望月さんだって分かっているから・・・」
世界には音があったと思う。でもこの時、僕ら三人は音のない世界にいたように思う。
「で・・・、でも・・・、わ・・・、に・・・、逃げた・・・」
「違う。古田さんも嫌がらせの被害者なんだ。だから僕はクラスから嫌がらせをなくそうと思ってる。クラスにある重い空気を変えようと思ってる。望月さんに帰って来てもらうために」
古田さんはこらえきれずに声をあげて泣き始めた。僕は古田さんの体の震えを手に感じながら時間が流れていくのを待った。そして古田さんの涙が少し落ち着いたところで僕はまた話を始めた。
クラスで望月さんに嫌がらせをした子たち、そして、うめぼしに望月さんに謝って欲しいこと。嫌がらせが始まる原因となったうめぼしのやり方、そしてクラスの空気を変えること。今回のことで学校が僕らを騙すようなやり方をしているのを変えること。望月レジスタンスのこと。
「青井、僕もやりたい。いややらせて欲しい」
飯塚が言った。古田さんも頷いていた。
「もちろん。僕はそのつもりで二人に話をしたんだ。二人には望月レジスタンスに入ってもらって協力して欲しい」
「分かった。やるよ」
「私も」
僕はやっと顔を上げてくれた古田さんを見て安心した。飯塚の目には微かな炎が見えていたような気がした。
「で二人に聞きたいんだけど今クラスはどんな感じ?」
「んー、雰囲気がよくないのは確か。望月のためにみんなで鶴とか折ったりしたんだけど、なんか心が入ってないというかみんな本当は何が起こっているのか分からなくて混乱しているんだと思う。あとは望月に嫌がらせをした奴とそれを非難する奴がいていがみ合うみたいな感じ。まあずっと空気が重い感じだよね」
「私も飯塚君と同じふうに思う。女子の中にはこんなことになっても、まだこころのこと悪く言う子がいて、そういうの聞くと私すごく嫌な気持ちになる」
「そっか。うめぼしは?あっ、うめぼしって岡崎のことね」
僕がそう言うと二人はやっと笑顔を見せた。
「うめぼしは変わってない。今、考えれば望月のことがあったのにどうしてあんな風にできるんだろうって謎だよ。僕が思うにうめぼしの辞書に反省という言葉はないのかもしれないね」
「そっか。そうなるとますます望月レジスタンスが存在する意味があるってことになるね」
「うん。で僕たちどうしたらいい?」
二人の強い眼差しが僕を向けられた。
「二人にはまず望月さんのことを心配している子がいたら望月レジスタンスのことを話して仲間に誘って欲しい。もちろん僕も今日のように他の子達にも声をかけてみるつもり。そうやって少しずつ仲間を増やして僕らの考えを広めていく。そしてクラスが変わったら今度はうめぼしと学校を変える。あと飯塚にはもう一つお願いがある」
「なに?」
「望月レジスタンスの紋章を作って欲しいんだ。ロゴみたいなもの。そういうのがあると僕たちの活動に気合が入ると思う。これ見て」
僕は二人に僕が描いた紋章の原案の絵を見せた。
「おー、カッコいいじゃん」
「飯塚にはこれをもっとカッコよく作って欲しい」
「やるやる。僕やるよ」
「フリーダム・・・」
古田さんが呟いた。
「今、青井君に聞いた話だとリバティの方がいいかも?」
「えっ、どういうこと?」
「確かフリーダムは普遍的にある自由、リバティは何かから勝ち取る自由だと思った。望月レジスタンスの場合はうめぼしやいろんなことから自由を勝ち取るリバティ、LIBERTY」
「古田さんは難しい言葉を知っているんだね」
「私、小さい頃から英語習っていたし、いろいろな本を読むのが好きだからたまたま」
そう言って古田さんは笑顔を見せた。
「よし。じゃあ紋章に入れる文字はリバティにしよう」
二人は頷いた。
「そうだ青井くん。一つだけ青井くんに知らせたいことがあるの?」
古田さんが僕を見て言った。
「こころの机にゴミが入れられていたことがあったよね」
「うん」
「その後、青井くんがこころを助けて青井くんの机にもゴミが入れられるようになった」
「そうだった」
「最初の日は二人は自分たちでゴミを片付けていたけど、その後はこころが学校に早くきて自分と青井くんの机のゴミを片付けてた」
「望月さんが僕の机も?」
「そう。こころ、きっと自分を助けてくれた青井くんに感謝していたんだと思う」
僕はあの時、自分の机にすぐにゴミが入らなくなったのが少し不思議だなと思っていた。でも今その理由が分かった。目を瞑ると胸の中が熱くなるのを感じた。
「望月さんは優しい子なんだね」
「うん。こころはいつも人のことを大切に考えている子だと思う。私にもそうだったから」
「僕、また望月さんに勇気もらったみたい。だから僕は全力で恩返しするよ」
僕は古田さんの話を聞いてますます望月さんという人が好きになった。そして望月さんの気持ちに応えるためにも僕は戦う。
「なあ青井、僕、望月レジスタンスのこと漫画に描いてもいい?」
飯塚が真剣な顔で言った。
「いいけど。どんな結末になるかは保証できない」
「もちろん。でも僕は予感がする。何か奇跡が起こる予感」
「よし、じゃあみんなで奇跡を起こそう。望月レジスタンスが僕たちの世界を取り戻す奇跡を。望月さんがクラスに帰ってくる奇跡を」
「おー」
三人は空に向かって拳を突き上げた。僕はこの時、今までに感じたことのない感情を二人に感じていた。それはクラスメイトでも友達でもない。一緒に戦う仲間。同志。僕はこれがレジスタンスというものなのかもしれないと思った。僕たちはこの時、確かに同じ世界を見ていたと思う。今ここにはないけど僕たちが戦って勝ち取る世界を。
僕たちは誰もいない教室で作業をしていた。塚っちが完成させた紋章を、その隣で彩っぺが独立宣言文を黒板に書いている。僕は教室の入り口で人が来ないかを見張っている。本当は僕が独立宣言を書く予定だったのだけど、書き始めてすぐに彩っぺが字が下手すぎてナメられると言ってチョークを僕の手から奪ったのだ。彩っぺは難しい言葉を知っているし、字がすごく綺麗だった。塚っちが完成させた紋章はめちゃめちゃカッコよかった。ど真ん中に赤で望月レジスタンスのMR。その下には彩っぺが提案したLIBERTYの文字が立体的に描かれ背景を飾るのは僕が提案した羽を広げたトビの翼だった。薄暗かった教室に登ってきた陽の光が差し込んできた。
「空、できたぞ」
僕たちは教室の真ん中まで下がって二人が描き上げた黒板の紋章と独立宣言を見た。僕の胸の中に熱いものがこみ上げてくる。それは二人も同じようだった。僕たちはしばらく無言で黒板を見ていた。
「すごい」
「ああ、カッコいい」
「やばいなこれ」
黒板にはこう書いてある。
望月レジスタンス独立宣言
我々望月レジスタンスは自由に生きること、そしてその権利を有することをここに宣言する。また我々が持つその権利は何人たりとも侵すことはできないものである。我々は長い間、親、教師、学校から未熟な人間として扱われ迫害を受けてきた。時にその振る舞いは威圧的であり暴力的であり子供たちの意見・意思を無視した暴挙である。我々はその暴挙の多くの犠牲者を目撃してきた。ある子供はその恐怖に震え、またある子供は恐怖に耐えられずに精神を病み、またある子供はその恐怖から逃避するために弱者を攻撃した。我々はこのような暴挙を行ってきた大人たち、またその圧力下で弱者を傷つける行為をした者は直ちに自らの行為を振り返り反省、謝罪することを要求する。我々はあなたたちのおもちゃじゃないのだ。我々は誰もがそれぞれの心を持つ一人の人間なのだ。そのことを肝に命じよ。我々は我々の活動の第一歩として以下のことを要求する。
一、望月こころさんに起こったことの真相を明らかにせよ
一、望月こころさんを傷つける行為をしたものは望月こころさん及び家族に謝罪せよ
一、子供たちにストレスを与えるような学校運営、教師の態度をすぐに改めよ
一、我々の意見、意思を学校運営に反映する仕組みを要求する
我々は我々の活動理念に賛同し活動への参加を希望する諸君を歓迎する。
我々はみんなの参加を待っている。
僕たちはお互いの顔を見合わせると無意識のうちにハイタッチをした。文章の元は僕が考え彩っぺが難しい言葉を使って書き直した。正直、僕には難しいところもあったけどカッコよさを優先した。僕は彩っぺを尊敬した。
「よし、僕たちはこの独立宣言を持って活動を開始する」
「おー」
僕たちは黒板に書いたものと同じものを印刷した紙を教室のすべての机の上に置いていった。独立宣言の裏面には塚っちが僕ら三人をレジスタンスの戦士として描いた漫画風イラストが書かれている。絵の中の僕たちは荒野の中で未来に向かって空を見上げて堂々と立っていた。彩っぺは紋章が書かれた旗を持っている。僕は絵の中で吹いている風を感じた気がした。僕は塚っちを天才だと思う。
「よし撤収」
「了解」
僕たちは朝日が差し込む教室を抜け出し学校から外に出た。僕は前を走る二人の背中が本物のレジスタンスの戦士に見えた。僕の背中もそんな風に見えているといいなと僕は思った。
学校の昼休み、僕は学校のそばの公園で二人を待っていた。すぐに二人が走ってやってきた。その顔には興奮が溢れているのが分かる。
「どうだった?」
「すごいよ。みんな何これすごいって驚いて興奮してもうぐちゃぐちゃだった」
塚っちが息を切らしながら言った。
「みんな教室に入ると黒板を見てその場で固まる。そして机の上にある紙をじっと見入るんだ。それからみんな周りの人と何が起こっているのかとざわつく。もう教室中が騒然としてとにかくすごかった」
塚っちはここまで話をして大きく息を吸って吐き出した。塚っちの興奮が伝わってくる。
「もちろん。私たちは何も言わなかったから誰が望月レジスタンスなのかはまだ誰も知らない。でもたくさんの子たちがこれって青井くんじゃないって言ってた。みんな青井くんがこころのことを助けたのを知っているから」
彩っぺが言った。
「そう。でも僕は僕がやっているって知られても構わない。って言うかこれからみんなに声をかけ始めたらすぐみんなにはバレるからね」
「僕もそれで構わない」
「私も」
僕たちはそれぞれの顔を見合って頷いた。
「それでここからはうめぼしの話」
「うん」
「日直は黒板を消さなかった。きっと消したらいけないと思ったんだと思う。そして教室に入ってきたうめぼしもみんなと同じ反応だった。黒板を見たまま固まった。そして僕らの方を見て誰ですがこんないたずらを書いたのはって言った。顔は明らかに動揺してた。もちろん誰も答えなかった」
「いたずらじゃない。僕らは本気だ」
二人は僕の言葉に頷く。
「それから今度こんないたずらしたら許しませんからねだって。それから黒板を自分で消した。なんか少し興奮したみたいだけど、やっぱりその後はいつも通りに戻ってた」
「許さないとか、やっぱり、うめぼしは自分がみんなより偉いと思っているんだね。別に僕たちはうめぼしの許しなんて必要としない。僕たちは僕たちのやり方でやるだけだ」
「その通り。望月レジスタンスの独立宣言、大成功だね。空にも見て欲しかったよ。僕あんなみんなを見たのは初めてだった」
「私も。みんなも興奮していたけど、私、自分で黒板に書いたのに独立宣言見ていたらみんなと一緒に興奮した」
「そっか、分かった。二人ともありがとう。二人に協力してもらったお陰で最高のスタートになった。でもまだ始まったばかりだしこれからもよろしく」
「任せて。僕、今日のみんなの反応を見てさらにやる気が出た」
「私もこころのためにも絶対に負けないって自分に誓ったから」
僕たちはハイタッチをして成功を祝福した。そして、これからクラスの一人一人に声をかけていくことを確認した。
二人にはまずクラスで望月レジスタンスの活動に賛同してくれそうな人から声をかけてもらうことにした。僕の方はこれまでクラスを代表してきた男女のグループに話をすることにした。どちらのグループも望月さんに対して悪口を言っていたのは知っているし、そう簡単にはいかないだろう。でもこの二つのグループの協力を得ることは望月レジスタンスにとって大きな力になるはずだ。二人は昼休みの終わりギリギリまで話をして走って教室に戻っていった。公園に一人残った僕は二人の話をいつまでも思い返していた。僕たちは動き始めたのだ。もう後戻りはできない。
僕らは町の郊外を自転車で移動しながら話をしていた。行き先は不明。僕らは本番用の三角翼を作るためのフレームとなる材料を探している。僕と翼で再び図書館を訪れ僕の体重と自転車の重さ、そして速度から計算した結果、翼の幅は九メートルほどになることが分かった。巨大だ。フレームは何本かをつなぎ合わせるとしてもそれなりの長さのある材料が必要だった。僕らはその材料に使えそうなものが落ちていないかをこうしてパトロールしている。
「ということはうめぼしは俺たちの独立宣言をいたずらだと思っているってことか」
翼が言った。僕は今日の昼に塚っちたちから聞いた独立宣言の話を翼にしていた。独立宣言をしようと言い出したのは翼だった。望月レジスタンスの存在をみんなに知らせるにはド派手な演出が必要だと。そして、それは大正解だった。
「どうかな。うめぼしは口ではそう言っていたみたいだけど、きっとこれからも何かあるんじゃないかと思っていると僕は思う」
「そりゃそうか。あの独立宣言の紋章と文章を見りゃ本気だってことが分かるよな。空はすごくいい仲間を持ったと俺は思う」
「それは言える。塚っちと彩っぺはすごいよ。尊敬する」
「じゃあ、後はクラスのみんなを仲間にしていくんだな」
「うん。でも僕は望月さんに悪口を言っていたクラスの二大勢力を担当することになった。今から気が重いよ」
「そりゃ簡単だったらレジスタンスなんて名乗れないよ。困難に立ち向かって勝利を勝ち取るのがレジスタンス。頑張れ」
「やる気は十分ある。それよりなんかいい戦略はないの?」
翼の横顔が真剣な表情になった。
「そうだな。俺だったらそいつが敵でも自分の信念を持ってまっすぐ向かってきたらひとまずそいつのことは認めるかな。まあこっちも自分の信念を曲げることはないけどね」
「んー、分かるような分からないような」
「要するに自分の信じる道を進めってこと。誰が相手だってそれは変わることがないし変える必要もない」
「そうだね。僕は望月レジスタンスを信じる。そして独立宣言を貫きとおす」
「いいね。その意気」
確かに僕は翼の言う通りだと思った。もちろん物事を成し遂げるにはいろいろな戦略もあるだろう。でもその戦略もそれを実行する人間の本気の心がなければただの絵に描いたもちになるということだ。翼は一番大事なものを忘れるなと僕に教えてくれたのだろう。
「おっ、あれどう?」
翼は自転車を止めて言った。僕も自転車を止めると翼が指さした方を見た。近づいてみるとそこにはこの間模型で使った竹の棒より太くて長い竹の棒が大量に積み上げられていた。
「いいんじゃないこれ」
「そうだね。良さそう」
そこには家が一軒あってその裏手をみると竹の林が広がっていた。棒は裏の竹林の竹を切ったものだろう。
「十本くらいもらえるか聞いてみようぜ」
「そうしよう」
僕たちは家の方に行きチャイムを押して出てきてくれた女の人に竹の棒を分けてもらえないかを聞くと、ご覧の通り裏は竹だらけだからいくらでも持っていってと言われた。僕たちはお礼を言ってもらう竹を選び一人五本ずつを抱えて持ち帰ることにした。僕の家に戻ると僕たちは早速、竹を加工して紐でつなぎ合わせ三角翼のフレームを組み始めた。
緊張する。今日、僕は篠崎さんを頭とするクラスのお嬢様グループに接触をするつもりだ。僕は篠崎さんのようなキラキラとしたお人形のような女の子は苦手だ。篠崎さんたちはいつも五人で一緒に行動をしている。どこに行くのも何をするのも一緒でトイレだって一緒に行くのだから僕には全くその行動の原理が理解できない。いやいつも一緒だからこそトイレのタイミングも一緒になるのだろうか?謎だ。
正直、篠崎さんたちからはあまりいい反応がもらえるとは思えない。望月さんに悪口を言っていたのはまぎれもない事実だし、望月さんに水をかけた犯人である可能性も高い。でも僕はあくまでも最終的にはクラス全員に望月レジスタンスに参加して欲しいと思っているので、なんとか話を聞いてもらって説得するしかない。
この間と同じように僕は下校時間に校門で待っていた。そしてやってきた篠崎さんたちに近づき声をかけた。
「あの、篠崎さんたち」
横から現れた僕を見て五人が何事かと驚きの表情を見せる。
「えー、青井くんじゃない。何やってるの?」
すぐに反応をしたのはキツネ目の堀田さんだ。
「望月さんのことで少し話があるんだけどいいかな?」
「まさか、レジスタンスとかいうやつ?あれってやっぱり青井くんがやっているんだ」
「あっ、そうだけど」
「私たちもあれ読んだけど岡崎をやっつけるのは賛成だけど、望月のことは正直あまり興味ないんだよね」
堀田さんが篠崎さんを見ると篠崎さんは小さく頷いた。やはり篠崎さんは喋らない。
「でも僕は望月さんがクラスで嫌がらせにあって、それが辛くて自殺したんだと思ってる」
五人の顔から表情が消え固まった。
「じ、自殺ってそんな話聞いてないけど」
「僕は学校がそのことを隠しているんだと思ってる」
僕はうめぼしの攻撃から学校が実施した面談までの全てを五人に説明した。五人は黙って僕の話を聞いていた。
「もしそれが本当だとしても私たちはちょっと悪口言っただけだし、それで自殺したって言われてもな」
「望月さんが水をかけられたのは?」
「青井くん、あれ私たちだと思っているの?違う違う私たちじゃない。私たちはやってない」
「じゃあ、誰が?あれって女子トイレでやられたと思うんだけど?」
髪の毛に大きなリボンをつけた蝶類の百瀬(ももせ)さんが手をあげた。
「正解。私、あの時、ずぶ濡れの望月がトイレから出てくるのを見た。でも残念ながら犯人は見てない」
「じゃあ、水をかけた犯人は別にいるってこと?」
「そういうこと」
僕は予想外の展開に頭が停止する。僕はクラスの他の女の子でそんなことをする人が全く思い浮かばなかった。
「で、青井くんは私たちにどうして欲しいの?」
堀田さんのきつい言葉で僕は目を覚ました。
「悪口を言ったことは望月さんにちゃんと謝って欲しい。でも僕は嫌がらせした人を責めたいわけじゃなくて望月さんに起こったようなことがまた起こらないようにクラス全員でクラスを変えたいんだ。もちろん、それには先生や学校を変えることも含まれている。だから篠崎さんたちにも協力して欲しい」
篠崎さんたちは僕の話を聞き終わると円陣になって五人で相談をしはじめた。そして相談が終わると五人は僕の方を振り返った。
「悪口のことは本当のことだから望月に謝る。でもクラスや先生を変えるってなんかそんなことが本当にできるのかなって疑問だし、めんどうくさそうってのが私たちの本音。私たちが先頭に立ってやることはないけど、青井くんがやるっていうなら私たちは邪魔はしないよ」
堀田さんが代表して答えた。
「分かった。ありがとう。でも僕は絶対に諦めない。望月さんが安心してここに帰ってこられるようにクラスを変えるつもり。だから堀田さんたちもいつか僕たちと一緒に戦ってくれるのを待っているから」
「まあ頑張って。私たちこれからモモの家に遊びに行くの。またね」
そう言うと五人は僕の話なんて全くなかったように百瀬さんの家でする遊びについてきゃーきゃーと声をあげて話しながら歩いていった。僕は大きくため息をついた。やっぱり僕には女の子の気持ちがよく分からないようだ。でもひとまず積極的ではないとしても篠崎さんたちが望月レジスタンスに反対ではないことは分かった。そして望月さんに水をかけた犯人が別にいるということも。これについてはなんとか犯人が誰なのかを調べなければならない。なぜならそこにはクラスに存在する僕の知らない悪意があるからだ。その悪意の芽を摘まなければクラスを変えることはできないだろう。よし、あとは暴れん坊グループだ。僕は大きく息を吸ってゆっくりと息を吐いた。
次の日、僕は昨日に続いて学校に向かっていた。今日は最難関の暴れん坊グループへの接触だ。正直、気が重いけどやるしかない。僕は最近嫌なことは早くやってしまうというやり方を覚えた。そうすれば少なくとも憂鬱な気分の時間は短くなるはずだ。さらに昨日の篠崎さんグループとの接触のようにやってみたらあっけなく終わったということもあるはずだ。僕が校門の前で待っていると暴れん坊グループの頭の石井と大野がやってきた。残りの二人の姿はないけどこの二人がいれば十分だ。
「石井、話があるんだけど」
僕を見てやはり二人は驚いたようだ。
「あれ、青井学校やめたんじゃなかったの?」
大野がいつも通りの軽口をたたいた。
「極秘任務につき一時休業中だよ」
「あー、あれかレジ袋とかなんとか」
全くシャレにもなってない返しに呆れる。
「少しだけ話し聞いてもらえないかな?」
「俺たちには関係ない。じゃあな」
珍しく石井が口を聞いた。二人は歩いていこうと向こうを向いた。
「君たちの嫌がらせのせいで望月さんが自殺したかもしれないって言ってもか?」
二人は僕の言葉に反応してこちらを振り向いた。
「どういうことだよ?」
「学校は本当のことを隠している。望月さんは自殺したと僕は思ってる」
「ほんとかよ?」
「ああ」
僕は二人がこちらを見ている間に間をおかずに望月さんが自殺するまでの経緯を二人に説明した。二人の顔から表情が消えていくのが分かった。
「俺が知っているのは悪口だけだ。他に何かやっていたのか?」
石井が大野に聞いた。大野は急に目を泳がせた。
「三人で、ご、ゴミを机に入れた」
「ほんとかよ。あれお前らがやったのか?」
どうやら石井は大野たちがやっていたことを知らなかったらしい。
「ほんの遊びだよ。だってみんなだって望月にさんざん悪口とか言ってからかっていたじゃん。ちょっとはしゃいだだけだよ」
「僕の机にもゴミ入れたよね?」
「うん、まあ・・・。ごめん」
「お前たちばかじゃないの。俺は知らないからな」
石井がそう言うと大野が泣きそうな顔になった。
「僕たちは望月さんに嫌がらせをした人を責めているわけじゃないんだ。でももし望月さんに申し訳ないと思う気持ちがあるなら謝って欲しいと思う。あと僕たちがやろうとしているのはクラスを今回のような嫌がらせが起きないように変えたいと思ってる。そして、それは僕たち生徒だけじゃなくて先生や学校も変えなきゃいけないと思ってる。だから石井たちにも協力して欲しいんだ」
「望月のことは大野たちがどうするか決めろよ。でもクラスを変えるとか俺には関係ない。勝手にやればいい」
そう言うと石井は歩き始めた。あとを追うように大野がついて行く。僕は二人を追いかけなかった。石井の答えがその言葉通りだとすると石井も僕たちの活動に反対したわけじゃないし、大野たちには謝るように促してくれたとも言える。都合よく解釈すれば篠崎さんたちと同じと言うことだ。まあ最初からすんなりうまくいくとも思っていなかっただけに考えようによってはまあまあの結果だったと言えるかもしれない。もちろん僕はまだ諦めたわけじゃない。これからも篠崎さんや石井には協力をお願いするつもりだ。翼の言う通り僕が僕の信念を二人に伝えていけばきっと何かが起きるかもしれない。僕はそう思うことにした。
このあとも僕はクラスの子たちに声をかけ望月レジスタンスの活動に協力してくれるように頼んで回った。そして、それは僕だけではなく塚っち、彩っぺも同じだ。さらにすでに協力を申し出てくれた子も手伝ってくれるようになりクラス全員に話が伝わるのに三日しかかからなかった。そして半分くらいの子たちが僕らの仲間になってくれた。それ以外にもまだ考えてくれている子もいるし僕たちも声をかけ続けるつもりだ。いい話としては僕たちの活動に反対をする子がほとんどいなかったということだ。きっとみんなの心の中にはうめぼしや学校に対する不満のようなものがもともとあったのだろうと思うし、今回の僕たちの活動でそれが表に出たのではないかと僕は考えていた。それともう一つは望月レジスタンスに対する期待というか何か始まるという予感に心が揺り動かされる感覚だ。独立宣言の衝撃とその本気度の高さが何かみんなの心を動かしている気がする。そして、それは僕も同じだ。
僕たちは日曜の朝の住宅街を行進していた。十人の小学生。言葉を発する者は誰もいなかった。緊張が高まる。ただでさえ朝から三十度近い気温なのに足を一歩前に進めるたびに体の温度が上がるような気がした。手にはじっとりと汗がにじむ。ふざけるなと大声をあげられるだろうか?帰れと怒られるだろうか?二度と来るなとドアをバタンと閉められるだろうか?僕の頭の中には嫌な予感しかなかった。きっとここにいる全員の頭の中も僕と同じにちがいない。やがて行進はある家の前で停止した。
みんなが僕の方を見た。僕は頷いて家の玄関に向かう。震える手でチャイムを押した。はーいという女の人の声が聞こえドアが開いた。
「おはようございます。僕はこころさんと同じクラスの青井と言います。今日は話したいことがあってここにきました」
望月さんのお母さんは僕を見て驚いていた。
「お、おはようございます。青井くん?こころのお見舞いに病院に来てくれたわよね?」
僕は思わぬお母さんの返しに心臓が踊り出したように急にドキドキした。そうだった僕はお母さんと病院で同じエレベーターに乗ったのだった。勝手に病室に入ったことを怒られると思い僕は首をすくめた。
「青井くん、ありがとうね。きっとこころも喜んでくれたと思う」
しかし、お母さんから出された言葉は感謝の言葉だった。僕は思わず大きく息を吸って吐いた。
「勝手に病室に入ってすみませんでした」
「いいの。私もこころのお友達がお見舞いに来てくれて嬉しかったから」
「それであの、今日は大事な話があります」
「ええ、何かしら?」
「前に僕が郵便受けに入れた手紙は読んでもらえましたか?」
お母さんの目が大きく開かれるのが見えた。
「ええ、読みました。あれもしかして青井くんが書いてくれたの?」
「はい、そうです。それで僕たちは今クラスで望月さんが受けたような嫌がらせをなくそうとしています。今日は望月さんに嫌がらせをしてしまった子たちの代表として望月さんのお父さんとお母さんに謝りに来ました。もし話を聞いてもらえるのなら、どうか僕たちに謝る機会をください。お願いします」
僕は頭を深く下げたまま返事を待った。しばらく僕は音のない世界に落ちてしまっていたような気がする。
「分かったわ。私たちも本当のことを知りたかったの。だからもし青井くんたちが本当のことだけを話してくれるなら話をさせてほしい。どうかな?」
「はい、もちろんそのつもりです」
「じゃあ、みんなも中にどうぞ」
お母さんはそう言うと僕たちを家に上げた。
僕たちは居間に通され、お母さんに言われた通りソファーやマットの上に適当に座った。居間に入った瞬間、かすかに動物の匂いがしたような気がしてあたりを見回したけど何もいなかった。そして、しばらくしてからお盆に冷たいお茶を載せて来たお母さんとお父さんが一緒に居間にやって来た。僕たちは一度立ち上がってからお父さんにも挨拶をした。お茶が行き渡ったところで僕は自分の出番だと思った。
「今日、僕たちはクラスで望月さんにしてしまった嫌がらせを謝るためにここにきました。みんなは最初はあまり深く考えずにきっと軽い気持ちで嫌がらせをしてしまったんだと思います。でも今はみんなとてもひどいことをしていたのだと考え直して反省しています。本当にごめんなさい。僕は望月さんがみんなに嫌がらせを受けていたのにそれを止めることができませんでした。ごめんなさい」
僕は頭を下げた。
「私はこころの友達なのに怖くてみんなの嫌がらせを止めることができませんでした。ごめんなさい」
彩っぺが言った。
「僕も同じです。嫌がらせを止められませんでした。ごめんなさい」
塚っちが続く。
「僕は岡崎先生の真似をして悪口を言いました。ごめんなさい」「私も悪口を言いました。ごめんなさい」「僕は紙を丸めてぶつけました。ごめんなさい」「僕はゴミを机の中に入れました。ごめんなさい」
一緒に来た全員が自分のしたことを言って謝った。全員が頭を下げるとお父さんとお母さんは目をつぶって僕らの言葉をゆっくりと心の中で溶かしているようだった。やがてお父さんが目を開けて話を始めた。
「みんなの気持ちは分かりました。こころが学校でそんなことをされていたかと思うと本当に悲しいです。でも人間というのは人がたくさんいるところでは自分ではどうしようもない何かに動かされてしまう時があるのだと思います。まだ小学生の君たちならなおさらです。本当は学校にはそうならないように気をつけてもらいたいところですが、今の学校という仕組みではどうやら難しいようです。でも今日こうして君たちが反省して正直に話して謝ってくれたことが僕はすごく嬉しいです。君たちのようにしっかり自分たちのことを考えて行動できる子がいると分かって嬉しいです。こころのことは残念だったけど今回あったことをしっかり胸に刻み込んでこれから君たちがどうやって生きていくかをしっかり自分で考えて生きていってください」
お父さんの言葉を全員が息を飲んで聞いていた。僕は怒られるのを覚悟していたのだけど望月さんのお父さんは僕らを怒るどころか僕らの進むべき道を教えてくれたのだった。そうだった世の中にはちゃんとした大人もいるんだったと僕は思い直した。僕の今の父さんと母さんもそういう人だ。僕はかばんから二つのサイン帳を取り出した。
「今日は大勢でくるのは失礼なので代表で僕たちが来ました。でもこのサイン帳には他のみんながやってしまったことと反省の言葉、そして、どうしてそんなことをしてしまったかが書かれています。どうかこれを読んでください。そして望月さんに渡してください。一つだけ最後の日に水をかけた犯人だけはまだ分かっていません。それが誰かが分かったらまた知らせます」
僕がお父さんにサイン帳を渡すとお父さんはページをめくった。
「それと、これはみんなが望月さんに早く良くなって帰って来てくれることを祈って書いたメッセージです。これもどうか読んでください。そして望月さんに渡してください」
僕はサイン帳をお母さんに渡した。
「みんな、ありがとうね。きっとこころは喜んでくれると思います」
そう言ったお母さんの目は潤んでいた。お父さんはしばらくサイン帳のページをめくって見てからまた目を閉じた。
「みんな、僕から一つお願いがあるんだけどいいかな?」
「はい」
僕が答えた。
「みんなはこころがどうして入院することになったのかを知っているのかな?」
隠されてきた真実に近づくようで僕の心臓は速度を速めた。
「学校は事故だと僕たちに言いました。でも僕たちは違うと思っています」
「違う?」
「僕たちは望月さんが自分で死を選んでしまったのかもしれないと思っています。ここに僕たちがいるのもそこに理由があります」
「そうか。じゃあ、みんなもそう思っているということでいいのかな?」
「はい」みんなの返事の声が重なった。
「分かった。じゃあ君たちには正直に話そう。こころは青井くんの言うように自殺したんだ。学校とは生徒たちがショックを受けるかもしれないから事故と説明するという話になっていた。でも僕らはこころがどうしてそんなことをしたのかを知りたくて学校には何か原因がなかったのかを調べて欲しいと頼んだんだ」
「はい。僕たちは全員先生たちに話を聞かれました。全員ではないと思いますけどこのサイン帳に書かれていることを話した生徒もいたと思います」
「でもね。学校からは学校では喧嘩や悪口なんかは日常的にあって、こころが自殺するようないじめはありませんでしたって言われたんだ。でもある日、青井くんが書いてくれた手紙が来て僕たちは真実を知った。でも学校はそれは子供が書いたいたずらじゃないかってとりあってくれなかったんだ」
僕はあまりの驚きに声が出なかった。
「そんな。ひどい」
言ったのは堀田さんだ。
「学校は僕らにも望月さんのお父さんとお母さんにも嘘を言っていたんだ。なんて奴らだ」
大野が続いた。正直二人が真っ先に怒るのはどうかと思ったけど、ここにいた全員の気持ちは同じだったはずだ。
「それでお願いなんだけど、このサイン帳をもう一度学校と話をするのに使わせてもらいたいんだけどどうかな?」
僕はみんなの顔を見た。全員が頷いていた。
「はい。大丈夫です。それより僕たちも協力します。何か僕たちにできることがあればなんでも言ってください」
「みんな、ありがとう」
気がついたら望月さんのお母さんは泣いていた。その姿に僕はお父さんもお母さんもすごく辛い思いをしていたのだと思い知った。その原因の一端が僕らにあるなら僕らは望月さんや両親のためにも望月レジスタンスの独立宣言を実現しなければならない。
僕はこの後、僕らが同じことが起きないようにクラスや学校を変えようとしていることをお父さんとお母さんに説明した。二人は僕の話に驚いていたけど、こころのためにも頑張ってと僕らを励ましてくれた。こうして僕らは望月さんの家を後にした。
これで僕らは僕らの独立宣言の一つである謝罪を実行に移すことができた。しかし、これはまだ始まりに過ぎない。むしろこれからの方が僕らにとっての本番だ。望月さんの家からの帰り道、僕らは怒りに満ちていた。学校が僕らや望月さんの両親を騙そうとしていたことが僕らは許せなかったのだ。今まで僕らは学校や先生というものは絶対的に正しいものなのだと思い込んできた。でもそうではなかったのだ。望月さんのお父さんが言った通り、人間には自分ではどうしようもない力に動かされる時があるというのが先生や学校も同じなのだということを思い知らされた気がした。僕はそれがどういうことなのかをはっきり理解しているわけではない。でも僕はそれを知りたいとは思わなかった。ただ自分はそうはなりたくはなかった。だから僕は戦う。今の僕には戦うしかないのだ。そして、ここにいるみんなも僕と同じなのだと信じたい。
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