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【短編小説】和尚さん こんにちは
ここは名古屋城のすぐそばにある円頓寺(えんどんじ)というお寺。このお寺は江戸時代から続く長い歴史を持っています。お寺の目の前には円頓寺商店街というアーケード街があり、毎日多くのお客さんでにぎわっています。このお話はこの円頓寺の和尚さんがある朝、目を覚ますところから始まります。
ある朝、目が覚めると二日酔いになっていた。
昨夜、寄合いの後たらふく酒を飲まされて酔っ払ってしまい、帰り際に寺の門に頭をぶつけて大きな瘤をこしらえてしまった。
朝の読経を済ませた後、この酔いを覚ますために知り合いの八兵衛の茶店へ行くことにした。
ところがである。我が円頓寺を一歩出てみると門前町の風景がガラリと変わっているではないか。
どういうことだろう。
店がならんでいることに変わりはないのだが、通りには立派な屋根がかかり、雨の日でも傘なしで歩けるようになっておる。それに、道には煉瓦まで敷き詰めてある。町娘たちは見たこともない派手な着物をきて大声ではしゃいでおる。
どうなっているのじゃ。
しばらく頭を抱え込んでしまった。あれこれと私なりに思案をめぐらせてみた。
チーンとどこかで小さな鐘の音が聞こえ、ふとひらめいた。
これはどうやら、酔って頭をぶつけた拍子に時空を越えてしまったらしい。今は徳川様の時代ではない。いつの間にか違う時代に来てしまったようだ。少々驚きはしたものの長く生きておれば様々なことが起きるものと冷静に受け入れることにした。
香ばしい五平餅の匂いの中を通り八兵衛の茶店へ。
店の中が透けて見える不思議な扉を開けると、えも言われぬ香りに包まれた。
「和尚さん、こんにちは。いつものセットでいいですか?」
緑色の前掛けをした茶店の娘が声をかけるので小さく頷き冷静なフリをして席に座った。しばらくすると真っ黒な茶が運ばれてきた。なんという香ばしい香り。どこの薬草だろう。一口飲むとほろ苦いが奥深い旨味があり心が和む。横には厚焼き卵を白い何かの生地で挟んだ食べ物が。周囲の人をまねて口に運ぶと何ともいえない食感と絶妙な塩味や甘みが口の中いっぱいに広がった。
本当にいい世になったものである。
隣にいる客人の話し声を聞いていると今は令和という世になったらしい。
徳川の世にも負けず劣らずの良い時代とみた。
だが、店に置いてあった瓦版を読んでみると遠国では激しい戦が起きておるらしい。
こんな美味しい飲みものがある時代に戦とは情けない。
私の読経でこの戦を止めねばならん。
早速、残りを平らげ寺に帰り、平和への祈祷をすることにした。
(了)