ミュージカル HIU版 クリスマスキャロル ドキュメント 第十話「作劇」
そう言う意識付けが早かったからか、それとも率先して青年スクルージの各シーンに於ける心情や演技プランについて言葉にする様にしていたからなのか、基本的には俺に対する王子からの注文はあまり無かった。
ただ、全く無い訳ではない。そう言う時には俺は王子の意見に従った。
例えばそれは、Ryo Tanakaが演じた大天使ミカエル登場のシーンに表れている。
最初、俺はミカエルに対してビビってみせた。それはそうだろう。いきなり部屋にあんな訳の判らないヤツが現れるのだ。
だが、稽古終盤に来て、王子はスクルージにミカエルに対してもっと強く出てみせろ、と言って来た。
(何を言うんだ・・・?)
耳を疑う俺に、王子は更に言う。
「スクルージにとって何よりも大事なものは自分の命、そして自分の金なんです。それらを守る為なら化け物にも立ち向かうのがスクルージなんですよ!」
虚を衝かれた。
「・・・スクルージ、すげー」
そう返す以外に俺には言葉は無かった。
「もういっそ、金を奪いに来たのか、ってところで立っちゃいましょう」
益々スクルージはとんでもない男になってしまう。だが、王子の言う通りにやってみると、ずーっと横になったままミカエルに対峙するよりも思ったより具合が宜しい。
絵的にも観る側からすればこちらの方が良さそうに思えたし、成程、俺としてもミカエルとのパワーバランスを取り易くなった気がする。
そう言えば、王子は以前こんな言葉も発している。
「身体の動きを加えると、メンタルと声が変わる」
王子とのやりとりはこんな具合だ。
たまにこちらが想定していなかった演技を要求されても、まずはやってみる。やってみて王子も含めて、何か違うと思えば、また別のアプローチを試してみる。結局は最初に戻ることだって有る。
エンタメはお客さんから観てどうかが全て。自分の考えに固執する気は無かった。
俺は、性分は捻れていても根は素直なのだ。
(続く)
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