ミュージカル HIU版 クリスマスキャロル ドキュメント 第九話「差分」
「そんな事全く考え無くやっていた」
のんちゃんは決して出番の多くない少年スクルージの役柄を、さして重要なものとは思っていなかった様だった。
それは、もう一つ彼が演じるパティの恋人役についても同様だった。
彼は最後にポンと出てくるだけの存在ではない。老人となったスクルージの前に現れた、少年スクルージが投影された姿。家族もいなく貧乏で、金持ちに敵意すら抱えているかも知れない少年なのだ。
それがパティに促され、いきなり裕福で暖かい家庭へと入り込まされてしまう。その胸中は幾ばくか。
人様に声を荒げた事など無い、怒れと言われても何故か笑みを浮かべてしまう様な人柄であるのんちゃんにとっては、とんでもなくハードルが上がってしまったに違い無かった。
一方、俺は驚いていた。
稽古の中で、俺はどうやっても怒気を含んだり、声を荒げられない、と言うより、これ迄生きて来て怒った事が無い、と言うタイプの人達が少なからず存在する事を知った。
俺なんて、そんなの得意技だ。
この歳なので、最近はあまり表面上判らない様にしてはいるが、俺は気が短い。経営者なんて気が長かったら務まる筈が無いのだ。
だから、必要にして孤独なんてものにも直ぐに慣れる。
のんちゃんや俺へ対する王子の指導を得て、俺は青年スクルージ像を修正し始めていた。
天使ガブリエルと共に、思い出したくもなかった惨めな過去の自分を見せつけられる彼。失ってしまったジャニスの幻影を目の当たりとし、それを再び見送る彼。
これ迄はこれらの場面でどの様に演じるかのイメージが明確ではなかったのだが、ようやくそれらの心境が掴め始めたと思った。
新たな気持ちで台詞を噛み締めていく事で、最初は薄っぺらい只の強欲なだけの男として捉えていた青年スクルージが、俄かに孤独な愛すべき男に変わっていった。そして思い浮かべていた演技プランも変わっていく。
俺が改めて目指したスクルージ像は、クール&ウェット。
観客の皆さんに、欠格だらけの青年スクルージを好きになっていただきたいと思った。
(続く)
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