貧困対策と経済対策は同じではダメ
急激な円高や物価高に対して政府が行っている対処法を見ていると、
他の国と比べて動きが小さすぎるのだろうなと感じている。
住民税非課税世帯に5万円給付という話からして経済対策と貧困対策を同じようにして考えているような気が僕にはする。
結局のところ政府はお金を生み出す金のなる木ではなく、国民が生み出した富を一旦預けておく財布のような役割。その財布係が使い分けを上手に出来ないから富が上手く循環せず、悪影響ばかりをもたらす結果になっていると思う。
経済を回すには誰かがお金をたくさん使う必要がある。
それは言わなくても分かる通り、お金をたくさん持っている人に限られる。
無い人は使える金額に限りがあるのだからそれ以上使うという事は絶対出来ない。
これからの世界、上手に経済を回そうとするならば
貧困対策として所得が低い層に対して大幅な現金給付を継続的に続ける。
経済対策として誰もがお金を使いたくなるような特典を用意する事。
その2つによって経済の循環が大幅に変わるだろうと僕は考えている。
低所得層の人からすれば現金でなければ出来ない事が多いので、
現金での給付が1番助かる。
ある程度余裕のある人からすれば、お金を使う事によっていくらかの還元を受けられるならお金を使おうという気になる。
何をするにもお金が必要な社会だが、使わなければいけない金額は人によって大きな差があるとは思えない。身分が相当高い人を除いて平均化すればある程度の金額が必要なのは明白。
でも必要なお金をみんなが手にする為のマニュアルがある訳ではない。
みんなが平等に同じ賃金をもらう訳ではないし、物価だけで言うなら地域差があったりする。その中で国民全体がある程度平均化された生活を送る為の「何か」が明らかに欠けていると僕は思っている。
僕はこのままの世界だと富裕層はいずれいなくなると思っている。
富裕層が富裕層でいられるのはこの仕組みで世界が動いているからであって、その仕組みに限界を感じたり異論を唱える人が多くなればなる程、新しい仕組みに変えていかなければならないはずだからだ。
僕は自分の正直な想いを話すなら
富裕層みたいな生活をしたいとは全然思っていない。
あれはあれで色々面倒くさいし僕には似合わないから。
だけどある程度お金をたくさん使えるのなら、
僕は海外のようにチップを配れるような人でありたいと思う。
ただ日本にはそういう文化が無いので、
様々な事にお金を使うというのがその部分に当たるのかなと考える。
何人でも経済の恩恵が受けられる社会。
何人でも平均化された生活を送れる社会。
そんな社会を作る手助けを出来るのは国家のはず。
その想いを繋いでいけるのは国民ひとりひとりのはず。
僕はそう思っている。