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たびけん ~ 日本の素敵な建築を知りたい/守りたい人たちの旅の記録 ~7

エピソード7 Shine Like It Does

エピソード6からの続き】
「サフラン酒? サフラン酒って聞いたことないです。なんですか?」

「サフラン酒は明治時代から昭和にかけてよく売れた薬用酒。養命酒は知ってる? そのライバル商品だったんだ。サフラン酒とその後に出した『銃印葡萄酒』で大いに儲けた吉澤仁太郎という経営者がいてね。彼は僕らのような建築好きにはありがたいことに、“普請道楽”に走ってくれた。そのおかげでできたのが、この立派な主屋や鏝絵蔵、衣装蔵、庭だよ。主屋も鏝絵蔵も衣装蔵も、周りの建物も国の登録有形文化財になっている」

主屋の屋根の上には大きな鬼瓦が乗ってます。蔵の方にも立派な鬼瓦が乗っているのだけど、それ以上に目を引くのが蔵の素晴らしい装飾。なんだろう、この見たことがない仕上がりっぷりは! 見ているだけでワクワク、気持ちが上がってきました。

「こんなおしゃな蔵、初めて見ました!」
そういうと丹波先輩は
「サイドに回って見てみようか」
と促してきました。

角の方に歩いて蔵を見ると、わ!視界がさらに華やかに。

「ますますきれい! それに押しが強い! 蔵ってだいたい真っ白な壁で、こそっと立っている感じなのに、なんですか、この美しい彩り! 視界にグイグイ入ってきます。これほど“俺様、ここにアリ!”感が強い蔵、見たことないです!」

私がぼんやり持っていた蔵の概念が、遠く向こうに吹き飛ばされました。

「それに描かれている動物たち、浮き出てますよ」
「それが鏝絵。選考会で磯崎さんが提案したもの。近づいてよく見てみようか」

近づくと屋根の下、庇の下にもきれいな装飾が施されていることに気がつきます。
それにこの浮き出た動物たち。いったいどうやって描いているのでしょうか?

「鏝絵って、どうやって作るんですか? 材料とかどうなってるんですか?」
「材料は漆喰だよ。白い壁も、なまこ壁の白く盛り上がった部分も漆喰でできている。蔵を造るには大量の漆喰が必要で、鏝絵はその漆喰を利用し、佐官が鏝を使って色を入れながら作り上げるんだ。入江長八という江戸時代生まれの佐官が始めて広めたと言われ、明治時代以降、長八の弟子や弟子の教え子、東京で長八の作品を見た佐官職人が地方に散らばり、あちこちで作られるようになった」
「ここもそうだし、安心院もそう、ってことですね」
「そういうことだね。静岡、岩手、山形、富山、長野、愛媛、鳥取、大分…。あちこちに素晴らしい鏝絵が残っているし、佐官の名前を冠した記念館もある。東京には長八が手がけたものが少しだけ残っていて、長八の出身地、静岡の松崎町には『伊豆の長八美術館』がある」

鏝絵の始祖である伊豆の長八美術館には、先々行かなきゃいけない気がします。

改めて目の前の蔵をじっくり見てみます。

扉が一枚の窓と二枚の窓があり、2階部分はシンメトリーなのに、1階はアンシンメトリー。
描かれているのは、2階が猪、虎、ネズミ、牛。
1階は馬、犬、右の動物はなんでしょうか?

ちょっとわからないので先輩に質問しようとしたら、写真撮影に夢中になっていました。
角度を変えたりレンズを変えたりしながらパシャパシャやってます。 

主屋の方に回ってみると、ウサギと鳥がいます。

ネズミ、牛、虎、ウサギ、馬、鳥、犬、猪…これは十二支?
子、丑、寅、卯ときて、辰、巳がいなくて、馬、そして酉、戌、亥。
十二支だとすれば、さっきわからなかった1階右側の絵に当てはまりそうなのは、未=羊ですかね。

先輩が近くに来たので、一階右側の動物を聞いたら、「機那サフラン酒本舗鏝絵図鑑」というパンフレットを渡してくれました。
右下の鏝絵は…やっぱり羊だ!

なお、辰=龍は正面の屋根の下にいますが、巳=ヘビと申=サルは見つけられませんでした。
パンフレットにも「蛇と猿はいずこへ?」と書かれています。家主が好きじゃなかった? 

続いて正面に回ってじっくり見ます。
扉に描かれているのは、霊獣か何かでしょうか。よくわかリません。
パンフレットを見ると、上は左右とも鳳凰、左下は麒麟、右下は玄武とのことで、いずれも霊獣ですね。

正面で私が最も目を奪われたのは、屋根の下の龍です。
こんなところまでしっかり細かい仕事がされていて、しかも色彩がとてもきれい。
真ん中の「吉」という字は、吉澤仁太郎の吉ですね。
「吉」はめでたい字でもあるし、このきれいな鏝絵蔵そのものも、地域に“吉”を配るために作られたんじゃないか、この素敵な蔵を見ていると、そんな風に思えてきます。
石垣が低いのは、地域の方々にこの美しくておめでたい蔵がすぐ見られるようにするためですね、きっと。

そんなことを考えていて、フと気がついたのです。
私はここに、事前情報も知識もなしに来て、完全に初見でしたが、かなり楽しめています。
蔵がエンターテインメント性を帯びているんですよ。
私が見たことあるどの蔵とも違います。蔵の常識を完全にくつがえされました!
前代未聞!空前絶後!な蔵だと言ってもいいと思います。
この地球上にある蔵、範囲を広げて倉庫も対象にして探すとしましょう。
この鏝絵蔵を上回るほど美しい蔵or倉庫はどこを探してもないに違いありません。

そして同時に思いました。
これほど素晴らしい蔵や鏝絵のことを、私はなぜ全く知らなかったのだろう、と。

先輩が戻ってきました。建築物の前だけで見せる満足そうな表情です。十分に写真が撮れたのでしょう。
気になることがたまっているので、ガンガンぶつけていきます。

【続く】


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