和宮拝領人形
赤ちゃんのようにふっくらとモチモチの白い肌、前掛け、ちょこんとかぶった笠、御代田町上宿の安川家には、可愛いらしい人形が伝わっています。 この人形は、江戸から明治へと移り変わる大きな歴史の変換点に、天皇家から将軍家へと嫁いだ皇女和宮から受け取ったもので、和宮拝領人形と呼ばれています。
嫁入りのため、中山道を下った和宮が、小田井宿で昼食をとった際、給仕にでた安川家の青年にご褒美として授けたものでした。 和宮の結婚はいわば政略結婚で、公武合体のためといわれています。公武合体とは、朝廷と幕府の絆を強めることで両者の対立を解消し、政治体制を安定させようというものでした。
文久元年(1861)、京から江戸へと下る和宮の婚礼の旅は、1万人とも3万人ともいわれるもので、中山道はじまって以来の超大行列でした。今でさえ、1万人の宿泊者を受け入れるホテルは御代田-軽井沢にはなく、当時のお供の大半の武士たちは野宿をしたようです。しかも季節は初冬の12月、凍えるような寒さの時でした。
たいへんな困難ののち、行列は江戸へとたどり着き、和宮は将軍徳川家茂の妻となりました。 しかし、和宮の婚礼もむなしく、徳川家の政治支配は終わり、新しい明治の世がやってきます。 今に伝わるあどけない人形は、激動の歴史のひとこまを静かに物語っています。
人形Data:高さ8.3㌢・幅6.7㌢・奥行5.5㌢。御代田町指定文化財。