整え揃えて、折れて無くして生やして
私は現在25歳だが、この歳でこれほど歯を痛めつけた人間はそうそういないのではないか。
至って凡人な私だが、こと歯に関していえば常人ならざるトラブルに見舞われている。
身バレするかもしれないので、ざっくりと、読んでほしい。
整え揃えて
私はえらく歯並びが不格好だった。
上の前歯が完全に左右に別れてしまうほど、見た目も機能も壊滅的だった。
矯正を決断してくれた母にはとても感謝している。一体、どれほどの金額が私の歯につぎ込まれたのだろう。小学生のことから、やっていない時期もあったが、高校卒業くらいまでは続けていた。
その甲斐あって、見た目も機能も完璧に整った最高の歯を手にした。
長く苦しい戦いであった。小中学校ではその仰々しい見た目をいじられることもあったし、月一回の調整をしたあとは歯が痛むし、接着剤は苦いし。
でも、最後まで面倒を見てくれた先生は私の恩人だ。いまでも近くに行くことがあれば寄って挨拶するくらい、フレンドリーでいい先生と巡り会えた。あのちょっと薄暗くて、ジャズの流れる院内が私は好きだった。
折れて無くして
諸々あって私は新聞配達のバイトをしていた。深夜一時から五時。誰もいない真っ暗な田舎道をカブで爆走するのだ。最高に気分のいいバイトだった。
ところで、日本人なら一度は経験しているであろう「台風」。
一体、どれぐらい警戒している?
大体の人は、ちょっと強い雨風くらいにしか感じていないのではないだろうか。農家でもない限り。
当時の私がそうであったように。
その日は台風が過ぎていった直後の配達だった。畑の泥が道路に流れ出ていたり、山の斜面が崩れていたりと、過去大一番の台風であった。
そんなことは些細な問題と捉え、私はいつも通りに配達を続けていた。
ちょっと荒れた配達ルートも、刺激の少ない日常のスパイス程度にしか感じていなかった。
あれ橋が……
気付くと地面に倒れていた。カブはエンジンがついたまま倒れ、投げ出された新聞が川に流されている。見上げると、橋の末端が川に流されていて、私は4,5メートルの高さからそこに落ちていた。
腹部に強烈な痛み、口の中は異物と血の味。這って動くのが限界な中で、私はどうにか崖を登れないか試した。が、当然無理である。
かろうじてポケットのスマホは無事で、自ら119番通報をしレスキュー隊を呼んだ。
何分待ったろうか、ちゃんと自分の居場所は説明できていただろうか、このまま死ぬのだろうか。途中、目の前が真っ暗になりながらも、なんとか意識を保っていると、聞こえてきたのはサイレンの音。
私は一命を取り留めた。
重症
内臓損傷、下顎骨折、そして歯の欠損……。
あれだけの時間、金額をかけて、好奇の目にさらされながらも整えた自慢の歯。落下の衝撃で下の奥歯は親知らず以外すべて無くなり、上の歯も2、3本は割れたり折れたりで無くなってしまった。命があっただけでも幸運であったが、歯の喪失は身体よりも心に深い傷を負わせた。
生やして
若くして私の下の奥歯はすべてインプラントと化した。本来、莫大な金額のかかるインプラントだが、先生方の尽力もあり労災での治療が受けられた。本当に感謝である。
下顎の骨がボロボロになっていたため、装着までに長い時間を要してしまったが、おかげでいまは不自由なく食事ができるまでになっている。
いい歯のために
歯医者が怖いとか虫歯になっちゃったなんて甘えていられる人が時折羨ましくすら感じる。いつ、どんなことで歯が無くなるかわからないのだ。もしまだ長生きして食事や会話を”普通”に楽しみたいのであれば、面倒だと思わずに歯医者に行くべきである。そして慣れておくべきだ。
麻酔の注射はかなり痛い……。