息子に避妊の話をする任務
私はハネムーンベイビーで、元夫のたけPは婚外子。
私は若い時に無知で望まぬ妊娠をしたため、水子もひとりいる。それもたった一度だけゴムをしなかったせいでの妊娠。
たけPは絵描きで、「子供は作らないこと」が結婚の条件(前の奥さんが子供を欲しがったのが原因で離婚している)、私も若かったので、その時は深く考えもせずに「それでいいわよ〜」となった。ところが結婚して4年後、「よく考えたら、この面白い人の遺伝子が残らないのは勿体ないな、それにこの人、60歳くらいになったとき『俺たちの間に子供、いてもよかったな。いたらどんな子だったかな』なんて、回想的無責任発言しそうだし、そんな発言したら「てめえの言うこと聞いて作らなかったんじゃねえか」って、私絶対キレるな。第一、男は60歳でも子供作れるけど、女が子供作れるのって期間が限られてる訳だよ。大体自分だっておやじさんが60歳の時の子だし。よく考えたら、アーティストの勝手なロマンに私が付き合う必要なんてひとつもないわな。それにしても、私なんでこの人の言うことが絶対って思ってたんだろう。別に言うこと聞かなくてもいいんだよな」そう思った私は、30歳を目前に謀反を起こし「ピル飲んでいるから大丈夫」とたけPを騙し、数カ年の間に子を宿す計画でいたのだが、数カ年どころか、計画しょっぱなの正月明けの一発が大当たりとなった。
つまりは、わが家系は両方とも当たりやすい。その当たりやすい間に生まれた息子が少々大人になり、今日から彼女と4泊の北海道旅行に行くという。私はその計画を聞いた時から、なんとかして避妊をきちんとするように言わなくては、と、思っていたのだが、なかなか言い出せない。もちろん、学校の保健体育で勉強して、基本的なことは知ってはいるだろうが、親がこんな有様である。息子も慎重派の割に、読みが甘いところもある。彼女は私が望まぬ妊娠をしたときと同じ年齢。同じ轍を踏ませるわけにはいかない。ほんのちょっとした隙間で妊娠なんてしてしまうものだ。大学生の彼女を妊娠させたら大変!息子にはちゃんと言わないと、でないと私がきっと後悔する。もし、なんかあったら、あの世に行った時「私の存在がなんの教訓にもならんかったんかい!!」と、私の水子にめっちゃ怒られるだろう。それは避けたい。
でもなんて言ったらいいの?
そのことをタケPに相談してみた。
「息子に避妊の話って、お父さんがするの?お母さんがするって、ヘンじゃない?」
女3人姉妹の私はこういうことが全然分からない。
「そういうことは母親がするもんやろ」
と、たけP。
「そんな、親から避妊の話なんて聞いたことないわ」
「女の子の体って言うのは...って言うたらええやん」
「わー、そんなの無理無理〜!」
そんなこんなで計画を聞いてから一ヶ月。とうとう出発の日が来てしまった。朝の5時前から起き出して準備をしている息子。私はまだ布団の中で(ああ、今日は言わなくちゃ、言わなくちゃ...)と思うがあまり、電車に乗る息子を必死に竹馬で追いかける、という夢まで見る始末。いよいよ出発まであと30分というところで布団を撥ねのけ、私は息子の部屋へ向かった。
勢い込んだ私を見た息子、
「何?」
私、
「ばあちゃんが言うてたこづかいの3万やけど、あれっている?」
「いや、別にお金はあるからいいけど」
「まあ、それなら今ばあちゃん入院中やし、退院してきてくれたら、それをアンタに渡すわ」
「ええよ、それで」
「うん」
私はきょろきょろ部屋を見回し明らかに挙動不審である。
「あ、あと、これ言うとかなアカン思ってやけどな」
「何?」
「避妊はな、ゴムでせなアカンでな、ゴムやで」
息子、しばしポカン。
「...あ、う...うん」
「あんな、アンタの家系は当たりやすいんや、お父さんのほうも、お母さんのほうもな」
「え、それ、言うために来たん?」
「うん、まあ、そうや」
息子は笑いを噛み殺している。私もこの雰囲気のうちに今だとばかりに続ける。
「男はええけど、女の子がな、そうなると大変やからな、そやでちゃんとしなやアカンのやに」
「分かった分かった」
私は使命を果たした。とりあえず言うことは言ったぞ。
「そしたら、まあ気を付けて行ってくるんやに」
部屋を出た私はガッツポーズをした「言うた、言うた、任務完了や」
肝心なのは、この話をしつこくしないことで、あとはもう息子を信用するしかないのだけど、まあ、少なくとも言いました。M子ちゃんのお母さん、私、言いましたので、多分大丈夫と思いますので。ふぅ〜。
ホントは「アンタ、突くだけアカンのやで」とか言いたいところもあるけど、それ言うと、ちょっと引かれそうなので、やめときます。