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黄斑円孔闘病記 -2-


目玉の中身


大学病院。眼科の待合には老若男女が20メートルくらいある待合座席にびっしりと座っている。みんな神妙にマスクをしており、液晶画面に映る番号を眺めている。これは自分の受付番号が画面に出てくるのを待っているのだ。中央に視力検査をする大きな部屋があり、目を検査する機械がならんでいる。私はまずひとつ目の機械の前に座り目の中を看てもらった、次にその隣にある機械の前に座って突き出た部分に目を押し当てた。次に恒例の視力検査だ。そこでまた待合に戻された。ずいぶん待ってから今度は同じ部屋の別の入口から入り、機械に目を押し付け、そのあとまた別の機械にも同じことをした。もう一度待合に戻される。

妹が隣にいて、色々話すので待ち時間も退屈しない。私はひとりで病院に行けると言ったのだが、こうやって一緒に来ている。私だけでは医者の先生の言うことをちゃんと理解できないと踏んだのだ。まあそれはちょっと当たっている。実はこの時私はまだ自分で知らないのだが、のちにADHDの診断をされることになり、それを考えてもこの時の妹の判断は当たっていたと思うのである。ようやく診察室に呼ばれ、先生から検査結果の説明を受ける。やはり黄斑部分は膨らんでいるのではなくて内側から引っ張られているのだと言う。


目玉というものを考えたとき、目玉の中身は水らしい。正確に言うと、ゲル状の水みたいなもんだ。煮魚の目玉を考えて欲しい。煮魚の目玉を食べない人は多いかも知れないが、私は好物である。煮魚の目玉部分はぷるぷるとコラーゲン状で、中央には白い球体がある。この白の球体は生きている時は黒い。人間の目も同じで、目玉の中は透明の粘度のある水分なんである。その水が黒目に映った像を反射させ、黄斑部分に像が集中し、見えているんである。


水色の部分が水分。ガラス体とも言うから勝手に固いもんだと思ってたんだけど、めっちゃ水みたいなんよ。

どんな人がなるのか

その水分も新陳代謝がある。水と言ってもサラサラした純水ではない。網膜部分に接している水分は細胞と言った生体に触れているから変質しやすい傾向であろうかと推測が付く。また、一方で黄斑部分は他と違って凹んでいるから、古い粘膜が剥がれるとき、黄斑部分に癒着しやすかったり、ひっかかったりしやすいんだそうだ。そうなる明確な原因は分かっていない。男性も発症するが、50歳を過ぎた女性に多い。

いったいどんな人がなるのかと気になるところだが、先生によると体質であるらしい。体質なら、遺伝もあるんじゃねえの?しかし、私の親族でなったという話は特に聞いていない。私がそういう体質だったということなのだろうか。私が先生の話を聞いている間、妹は熱心にメモを取っていた。幸い、症状はまだ決定的なものではなかった。まだ引っ張られているだけで敗れていない。症状が進むと引っ張られているところが破れて、穴があくんだそうだ。まず内側のゲルがなんかの具合で黄斑の部分に癒着する。ゲルの希望としてはさっさと新陳代謝をしたいのに、この部分が黄斑にくっついてしまい「おいおいこりゃ困った」となっている。黄斑は黄斑で「ちょ、ちょ、引っ張ってるって、待ってーな」となっている。そうゆうわけだ。

手術面倒だなぁ

ひとつ確実に言えるのは、これは放っておいて治るものではない。ということであった。いつかは穴が開くだろう。けれど、それはすぐかも知れないし、半年くらい先かも知れない。1年先かも知れない。そして穴が開いたら手術をしないと直りません。自然治癒はありません。とのことだった。
他方、私は白内障も少なからずあったようで、白目部分、つまりゲル部分がちょっとだけ白濁してきているんだそうだ。これは自覚があって、いわゆる飛蚊症のような感じ。目の前に糸くずのようなホコリがウロチョロするという症状が出て来ていた。目を開いても閉じてもホコリが行ったり来たりするので、これは目の表面ではなく目玉の中なんだろうな、とは思っていたけれど。でもそれって白内障の症状じゃないのかも。知らんけど。

まあ、そういうことで、もし手術をするとなったら黄斑の手術と白内障の手術を同時にやったほうがいい、この黄斑の手術をする人はだいたいそうしています、とのことであった。手術をどうするか、すぐにするか、症状が決定的になってからするのか、次までに考えて来てください。との話であった。また、手術をする前のもろもろ検査があるから、それをもう今日受けて行ってはどうかと先生が言う。

手術前の検査というのは、採血、採尿、心電図、レントゲンと言った検査で、これを今日来たついでにやっておけば、病院へ来る回数を一回減らすことができると言うのである。なるほど。それはメイクセンスだ。妹に付き合ってもらい、昼食後に検査を受けた。

とは言え、手術なんて面倒。というのが正直なところだった。それは、仕事においての問題だ。私がいないと職場の雰囲気を掴みづらい、なにか問題が起きたら後手後手になってしまう心配があった。この場合の「問題」とは、働きに来てくれている人たちのことである。ちょっとした行き違いや温度差や思い込みやなど、別に普段なにかあるわけじゃないんだが、そういうのって、小さな芽があってそれが小さいうちに私が気づいたり、話をしてもらえたりすると解決、回避ができたりする。けれど、放っておくと大きくなってしまったりするものだ。

これは経営者であれば誰もが気になることであろうかと思う。スタッフが倍くらいに増えてまだ1年以内だし…。それを手術で何日も不在となってはどうだろうか。まったく不安だ。

文字が消える

さて、次の診察は検査の結果を教えてもらうため、1週間後となっていた。それまでのたった1週間の間、私の症状は劇的に進んでしまった。目の奥に痛みが出ていたかと思ったら、ある日、今までとは違う見えかたになっていた。これは正確に言うと、痛い、という症状と見えなくなったのが関係していたかどうかは分からない。切って血が出た、みたいなものではなく、目の中なんて見えないから分からないので、断言することはできない。

では、どうなったのか。なにかを見ようとするとその部分が消えてしまうんである。それまでは歪んでいても見えてはいたんだが、いよいよ見えない。簡単に「見えない」とだけでは分からないと思うので、説明をすると、文字を読もうと思って、文字を見ると文字が消えて見えない。その一文字周辺だけが見えないんである。文字から焦点をずらすと文字が出てくる。しかし、それを見ようとまた焦点をあわせると消えるんである。追えば追うほど見えなくなる。文字に限らず、なんでもそうで、見ようと思ったものが消える現象が起こってしまった。左目では見えていても見えない、見たいものが見えないという状況に。さあ困った。いよいよ手術じゃないか。

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Yuki/農ときどき旅
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