「ブランコ」について

 こんばんは。

「ブランコ」
・16thシングル「サヨナラの意味」のアンダー曲
・センターは寺田蘭世
・作曲はHiro Hoashiさん

 MVは伊藤衆人監督による考察しがいがある内容でしたが、歌詞だけを読んでみると意外と掴みどころがなくて難しい。表現自体はとても美しくて、ブランコに乗ることを「空を泳ぐ」と言ってみたり、特に好きなのはサビの「星空がこのつま先の向こうに広がる」ですね。ブランコを力いっぱい漕いで、一番高いところに到達した瞬間、爪先のその向こうに空が広がっているという光景です。

これは「指望遠鏡」のMVです

[1番Aメロ]
君のことを誤解してたんだ
僕を知らないって思ってたんだ
充分距離を置いたつもりが
ずっと僕は見られていたのか…
一つ空いた端っこのブランコ
風のように偶然座って
漕ぎ始めてしばらくしてから
「いつもここにいるのね」と言った

[2番Aメロ]
恋について考えたことも
君が愛しいって思ったことも
小さなため息に変えたけど
いつか君と話してみたくて
秋の終わり枯れ葉が舞う頃
帰り道に何度も通って
あのベンチで誰かを待ってる
君をいつも遠くで見ていた

「ブランコ」

・人物像
 まず「充分距離を置いたつもりが」「君をいつも遠くで見ていた」と自白している「僕」はストーカー気質であるという点。乃木坂46の楽曲にはよく出てくる系統のキャラクターではありますが、結構危ないやつです。さらに「僕を知らないって思ってた」というくらいには二人は面識がない状態で、そんな得体の知れない男に対して唐突に「いつもここにいるのね」と声を掛けてくる女も相当危ない。危ない×危ないでエターナル危ないです。
 そして「君」は「あのベンチで誰かを待ってる」。その誰かとは恋人なのか、恋人になる前の関係なのか、それとも面識がない人をただ待っているだけなのか…。もしかしたら「僕」も「君」も同じ立場なのかもしれません。

・疑問点
 歌詞を読んでいく中で腑に落ちなかったのが、1番で「いつもここにいるのね」→2番で「いつか君と話してみたくて」となっている点です。1番で存在がバレて声をかけられたにも関わらず、2番になっても「君をいつも遠くで見ていた」というのはさすがに怖すぎます。
 一つ考えられるとすれば、時系列が2番→1番と入れ替わっている可能性ですが、その必然性も見つからないので保留します。もう一つ考えたのは、二人はそもそもコミュニケーションをとることができないのではないかという可能性です。会話が成立していない。

・幽霊
 ということで、ありがちかもしれませんが、「僕」か「君」のどちらかは幽霊なのではないかと考えてみました。そう思って読み直してみると全体を通じて朧げな雰囲気を感じますが、これはブランコの浮遊感と同じなので当然かもしれません。

 2番で「帰り道に何度も通って」とあるので、最初は「僕」の方が実体があるのかと思いましたが、コミュニケーションの場面を想像すると、やはり「僕」が話すことができないと考えた方がしっくりくるような気がします。想いが強すぎたからか、なぜか「君」にだけは「僕」の姿が見えたのでしょう。「僕」は成仏できずにずっと同じ生活を繰り返して「君」のことをずっと見ていたけど、ある日「君」に何かが起こったことで離れていってしまいました。「僕でいいならこのまま一番そばにいるから」というのは、公園の地縛霊をやめて君の守護霊になりたいということです(?)。

 音楽的にもそう思わせる仕掛けがあって、イントロから「ドンドンパ・」のリズムで聴こえていたドラムの音が、落ちサビとアウトロだけは「ドゥンドゥン・・」という鼓動の音に変わります。この鼓動の音が「生と死」を意識させます。それともう一点、オフボーカルで音量を上げて聴くとよく分かるのですが、大サビ前に「何か」が起きたことを暗示させるような大爆発が起きています。成仏したのかも知れません。

これは「日常」のMVです

・おわりに
 読めば分かるように、苦し紛れの幽霊説は今ひとつでした。必然性はないけどやっぱり時間の流れが入れ替わっている方がいいですね。時系列を崩しているというよりは、2番Aメロのところだけ過去の映像が挿入されているイメージです。

 一人でブランコを漕いでいる僕
 君がブランコに座って「いつもここにいるのね」
 一緒にブランコを漕ぐ夕暮れ
 (君のことを遠くから見てきたこれまでの日々)
 淋しそうな君
 歩いていく君
 たった一つのブランコだけが揺れている

 おやすみなさい。

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