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ビッグフィッシュ
2003年 アメリカ オススメ度 9/10点中
人生において娯楽や芸術作品に助けてもらう事が何度かある。グリーンブックの時も書いたが人間の心に不可欠な「豊かさ」は各々へ元から備わっているものへあたかも植物に水をあげたり肥料を与えたりする様に世話をする事で日々育っていくものだ。そしてそれが時として我々の心を救い人生を救ってくれる。
私はコロナ禍の初期、仕事が先の見えないトンネルに入り(これは私だけではないが)おまけに身体も壊し人生最大の危機に瀕していた。心が折れかかっていると身体も治りづらい。コロナの一番の恐ろしさは間違いなく得体がしれなかった不安という点だったと思う。
そんな私を救ってくれたのは数々の名作だった。普段はサスペンスやホラー、社会派な作品を好む傾向にあったが心が不安定な時にハラハラする作品はかえって毒になりかねない。というか心が拒絶していた。胃もたれしてる時にいくら好きでも揚げ物が食べれないのと同じ様に。
だから当時は普段はあまり見ないような平和でふんわりした作品を好んで見ていたと思う。しかしこれが良かった。私の心は徐々に潤いを取り戻し身体の調子も自然と良くなっていった。もちろん時間はかかったが半年ほど療養した結果心身共に健康な状態を取り戻した。仕業も不安を抱えつつも踏ん張り続け今はなんとか軌道修正をする事に成功している。
あの時に私を救ってくれた数多くの作品のひとつがこちら「ビッグフィッシュ」である。
公開当時はそれなりに売れた作品ではあったが何しろ豊作の時代だったのでティムバートン作品としてはこの次の「チャーリーとチョコレート工場」の方が遥かに知名度が高く評価もされている。チャーリーは最近前日譚も作られて世界でどれだけ愛された作品であるかを再認識した。それに比べるといささか地味ではあるのだが私個人としてはチャーリーより好きな作品である。
主演はユアン・マクレガー。代表作トレインスポッティングからのスターウォーズときてコレ。幅広いイメージを持たせる為かティムバートンだから出演したのかは謎だが彼のキャリアの中でこれまた地味な扱いである。主演なのに。
「父と子の夢に溢れた嘘の物語」
社交的で誰からも愛される父親に死期が迫り身重の妻を伴って会いにゆく主人公。正直父親に対して良い印象のない彼。いつも自分の話ばかりしておまけにそれが真実ではなく限りなく嘘っぽい内容である父。忙しなく家庭より仕事を優先していたこともあって彼にとって父の愛情は自分には向いていないと思っていた。自分の結婚式で息子の話はほとんどせずいつもの調子で話したことが決定打となり3年ほど絶縁状態にあったが流石に危篤と知って故郷に戻ってきた主人公。父は病床にありながらいつもの調子だったこともあって安堵と呆れが半々であったが、このまま別れてしまうと後悔が残ると思っていた。成り行きと好奇心によって彼は父の人生の断片を広い集めることになる。父の真実の人生を。
書き出してみると割とありふれた設定で今となってはよくある系の感動ストーリーに思えるし実際観た感想としてそこまで裏切りの展開は無い。悪く言えば地味な評価も納得の平凡な作品だが良く言えば「こういうのが良いんだよな」である。ふらっと入った町の食堂で食べる生姜焼き定食のような。キャベツの千切りに丼ご飯と味噌汁、そして漬け物。心が欲している時にこれほどピッタリハマってくる映画もなかなか無いだろう。
当時のティムバートン作品と言えばまるで絵本をそのまま実写化した様な世界観がウリでハリーポッターシリーズやロードオブザリングなどのヒットも相まってこう言ったファンタジー映画は長い間流行していた。とは言えこの作品はその中でもファンタジー要素は薄め、ファンタジー調とかファンタジー風という表現が的確なくらいものであった。内容としては現実7割、ファンタジー3割といったところだろう。というのも主人公の父親の昔話が全くのホラ話というより事実にある程度脚色した話であったという設定なのであまりにブッ飛んだファンタジーでは無理が生じてしまうからだろう、ファンタジーな部分として描かれる場面ですら「本当か嘘かなんとも言えないレベル」の話ばかりであった。
ティムバートンお得意の絵本の世界とは少し違う、大人向けの童話の様な作品である本作品はいつものティムバートンを期待して劇場に行った当時の人間を少なからず落胆させたに違いない。しかしティムバートンとしてはこの作品自体は失敗であったとか間違いであったとは思っていないだろう。私が調べる限り監督自身が長年確執のあった父親を亡くしたばかりだった時期。彼なりに心にあったものを作品に落とし込み具現化したのが本作品であると推測される。だからこそ地味であっても心にグッとくる作品だ。ちなみにこの思想は例のチャーリーにも継承されている。
感動して涙が出たり、台詞が心に突き刺さってくるといったことはほとんど無い。主人公の父親の話よろしく、ふんわりとしてどこか掴みどころの無い映画である。
では最後に私の一番好きなシーンを添えてこの映画の紹介を締めくくりたいと思う。
物語終盤。主人公の出産を担当した医師から当時の真実を聞くシーン。
仕事の忙しさからどうして息子の出産に立ち会えなかった父親。しかし医師は言う。
「お父さんは巨大な魚を釣り上げる為に格闘していた話をしているだろう。実際は仕事が忙しくて帰れなかっただけなんだがね。でもどうだろう。私は魚の話の方が好きだ」
そう言った医師の顔を見て主人公は心の中で何かハッとするものを感じるのだった。
コロナ禍が終わっても気苦労が続く世の中。心が疲れた時にオススメの映画である。