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ひろうたな

職場がそこそこ繁盛する飲食店で毎日色々なお客がくるのだが、とにかく忘れ物が多い。回転の早い店だからか老若男女さまざまな人々がさまざまな忘れ物をしてゆく。

同僚にササキさん(仮名)という女性がいる。ホール担当で仕事の出来は可もなく不可もなく。悪い人ではないのだが少し悪い癖がある。それが他人の忘れ物をネコババするという癖なのだ。

いくら忘れ物とは言え他人の、しかもお客の物なので店長はもちろん他の誰もが苦言を呈してきた。それでもやめない。

「良いじゃん。もう取りに来ないんだからさ。構わないでしょ?」

ササキさんは四十を過ぎた女性。ひとり暮らしで友達付き合いも全く無い。その寂しさを紛らすためか、それとも大して給料の高く無い職場だからか彼女は自らの犯罪行為に全く悪びれる様子もない。上司が何度注意してものらりくらりと言い訳して逃げるし最近では客が忘ていったお土産の菓子なども平気で食べる様になってしまい、皆もう半ば呆れてしまって次第に誰もササキさんの悪癖について言及しなくなった。


ある日、一人の女性客が来た。雨が降っている暇な日だったと記憶している。その客は全身がずぶ濡れなうえに常にボソボソと何か言い続けていて、明らかに挙動のおかしな人だった。髪の毛で顔が隠れていてよく見えないので歳も分からない。こちらの質問にはボソボソと答えるのに自分が聞きたいことは馬鹿みたいに大きな声を出すのでバイトの女の子は皆怖がってしまっていた。

「あたし行くわ」

どんなお客相手でもササキさんは全く臆さない。こういうところもあるので一概に彼女を排除出来ないでいるとその時に店長がとってつけたように言っていた。

「ヤバいわーあの人。狙われてるから角のボックス席にしろとか、〇〇県産の米は呪いがかかってるから食べれないとか言ってんだけど」

注文をとって戻ってきたササキさんは半笑いで客を小馬鹿にしていた。

「あのお客様、かなり良くない感じがします」

そう言ったのは高校生バイトのミヤシタさん(仮名)だった。比較的真面目で仕事の出来る彼女はたまにこういう事を言う。

「良くないって、例のオカルト的なアレ?」

私が聞くと彼女は真剣な顔で頷いた。

「かなり、です。あんまり近づかない方が良いと思います。影響力強いと思います」

「そうなんだ」

とは言え仕事だからなあ、と思いつつ私もなるべくササキさんにお任せして別の仕事にあたっていた。

ありがたい事にそのお客は注文したものを平らげるとそそくさと帰っていった。なんだか拍子抜けするくらい普通に帰っていたので私はすぐに彼女の事を忘れてしまった。

「じゃあ、お疲れ。あたしあがるわ」

ちょうどシフトの入れ替わりの時間もあってササキさんも仕事を切り上げて帰っていった。

それから1時間くらいたっただろうか。先ほどのヤバいお客が血相を変えて店に飛び込んできた。

「大事な物を落とした!」

乗り込んでくるなりそればかり大声で捲し立てている。他のお客もいるのにお構いなしに怒鳴り散らすもんだから全員辟易しているところに店長が飛んできた。

「ただいまお座りでした席を確認致しましたがそれらしいものは見当たりませんでした。当店以外で落とされた可能性もございますが、念のため席を担当した者にも確認して折り返しご連絡いたしますので、恐れ入りますがご連絡先を‥」

店長のテンプレ的な長台詞が終わらないうちに女性客の金切声が店内に響き渡った。

「きいいいいいいいいいいいいいい」

「お、落ち着いてください!お客様!」

必死に懇願する店長を他所に半狂乱の女性客はそのまま走って外へ飛び出して行った。その影響かどうか分からないがその日からしばらく客足が悪かった。

「ササキの奴!ふざけんなよマジで!」

シフト終わり、休憩室で店長が珍しく感情を顕にして机をばんばん叩いていた。

「『知りません』とか言って電話ガチャ切りしやがって!あのババアどう考えてもアイツだろうが犯人は!」

店長は不正があった事よりササキさんのせいで自分があの女性客に詰め寄られた事への怒りがあるように思えた。

そこから偶然にも連休をとっていたササキさんは5日ほど店に来なかった。その間もほぼ毎日の様に店にはかの女性客から電話がありその対応で店長は日に日に疲弊していっていた。

そうしてササキさんの連休が明けた日。当の本人は何食わぬ顔で出勤してきた。当然店長が即座に詰め寄る。

「ササキさん。勘弁してよ。毎日あのお客さんから電話あるんだよ。もう良いから早く返してあげてよ」

「なんすか。こっちが勘弁してくださいよ。証拠も無いのに完璧犯人扱いじゃないすか」

ササキさんは終始ヘラヘラとしていた。

堂々巡りのやりとりに一石を投じたのは例のオカルト高校生ミヤシタさんだった。

「ササキさん。ウチのおばあちゃんて祈祷師みたいなことやってたんですよ」

「ミヤちゃん、なに?空気読んでる?」

ササキさんは年下のミヤシタさんを馬鹿にしている口調だったが彼女は真面目な顔で続ける。

「おばあちゃんからよく聞いてたんです。他人が落とした物を拾うとその物だけじゃなくて幸も不幸もその他の良くないモノも全部一緒に全部拾う事になる。だから無闇に落ちてる物は拾うなって」

「だから?何が言いてえの?」

「ササキさん、体調とか悪くなって無いですか?もし少しでもおかしな事があったらすぐあのお客さんの落とし物を返すべきです」

曇りのない目で真っ直ぐ見据えるミヤシタさんを睨みつけ、ササキさんはひと呼吸おいてから静かに喋った。

「ガキの妄想に付き合うほどあたしは優しい大人じゃねえんだよ。構って欲しさに調子こいてると痛い目みるよ」

「このままだと痛い目に遭うのはササキさんです」

一触即発の雰囲気に店長すら気圧されていたので流石に自分が割って入る事にした。

「まあこれまでも色々失敬してたのは事実なんですからミヤシタさんはそれも含めて言ってるんですよ。とにかく店長だって大変なんですから、ササキさん今日あのお客さんから電話きたら対応してもらえますか?あの日テーブル担当したのササキさんなんですし」

普段あまりこういうことを言わない私から言われたからかササキさんは小さく舌打ちしたがあっさり引き下がった。

その時である。一件落着したその場を後にしようとしたササキさんが部屋を出る瞬間、彼女の背後から何かが囁くような声が聞こえた。

「…たな」

「え?」

全員が振り向いてササキさんを見ると逆に怪訝な顔で彼女がこちらを見ている。

「なに?なんでみんなこっち見てんの?」

「いや、今なんか…ササキさんが言ってたような」

「は?キモ」

ササキさんはそのまま休憩室を後にした。店長と私は顔を見合わせ気のせいかなと首を傾げていたが、ミヤシタさんだけは真っ青な顔をして俯いていた。

運が良いのか悪いのか。その日に限ってついに例のお客から電話がくる事はなかった。

「なんだよ、せっかく待ってんのに結局電話ないじゃん」

ササキさんは悪びれもせず煙草の煙を吐き出した。

「今日に限ってそんなことあるかな」

店長も私もどうにも納得がいかなかったがササキさんは相変わらずヘラヘラした態度で薄ら笑いを浮かべた。

「案外、別のところで見つかったとかそんな事じゃないすか?ね?言ったでしょ?あたし犯人じゃないって」

こうなっては真偽の確かめようもなく、その話題はそれきりになると思われた。しかしそこからササキさんの周辺で不可解な出来事がたびたび起こり始めたのである。

ササキさんが入るシフトの日に限ってトラブルが起こる。たとえば客同士が突然喧嘩を始めて警察沙汰になったり、照明の器具が落下して客が大怪我をしたり。店長の身内に不幸が起きて欠勤を余儀なくされたことが三回続いたり。バイトで入っていた子が突然原因不明で倒れて救急車で運ばれたり。ササキさんのいる日に限って何かしらトラブルが必ず起きていた。

「ササキさんのいる日、トラブル多くない?例の噂ホントなのかな」

「あたし、シフト変わってもらおうかな…」

いつからかミヤシタさんの例のオカルト話が噂としてスタッフ内で広まってしまいトラブルが起きる度にそれが信憑性を帯びてしまうという状況であった。

噂を流した張本人のミヤシタさんはあの口論の日に具合が悪いと早退して以来、ずっと体調不良でバイトを休んでいた。そんな人手不足もあってトラブル続きの店は休業を余儀なくされ、私は数少ない社員の代表として店長の代わりに休業中の店で事務作業をしていた。

普段は大勢の人間でごった返す店内に自分以外誰もいないという状況はなんだか薄気味悪く、早く仕事を終わらせて帰ろうとしていた。

「〇〇さん」

いきなり静寂の中で自分の名前を呼ばれた物だから私は飛び上がってしまった。

「ササキさん!?なにしてんの?!え?待って鍵開いてた?」

私の質問に全く答えず、酷くやつれた様子のササキさんは顔の前で手を合わせた。

「ゴメン、驚かせて。最近まじでついてなくて。財布落とすし他人に怪我させて入院費払わされるし。悪いんだけどお金貸してくれないかな?他に頼れる人いないんだよ。ダメだったらここにある賞味期限切れの食料分けて欲しいんだわ」

早口で自分の言いたいことだけ言って何度も頭を下げるササキさんに辟易した私は流石にお金は貸せないがあげれる食材があるか見てあげるよとだけ言って厨房へ行った。

冷蔵庫の中に期限間近のソーセージと卵が1パックあったのでそれをササキさんに手渡した。

「ありがとう、ありがとう、ありがとう」

不自然な角度に背骨を曲げてササキさんは店を出ていった。あの不遜な態度ばかりとっていたササキさんがなんだか人が変わったようだなと思って仕事に戻ろうとすると、ふと床に見慣れないものが落ちているのが目に入った。

それは薄汚れた古い根付けの様な物だった。確かにさっきまでなかったからササキさんが落としたものかもしれない。そう思って手に取ろうとした瞬間、スマホが鳴った。

「もしもし、〇〇さんですか?」

「あれ?ミヤシタさん?どうして私の番号知ってるの?」

店長から聞きましたという声が確かにミヤシタさんではあったのだがまだ本調子ではないのか酷く疲れている様に聞こえた。

「それでなにか用?今お店は休業してるんだけど」

「はい店長から聞いてます。それで実は勝手を言って申し訳ありませんがバイトを辞めさせていただこうと思ってご連絡したんです」

体調が良くならず、これ以上は店に迷惑をかけてしまうからとミヤシタさんは丁寧に謝っていた。どうやら学校も行けていないらしい。

「病院でみてもらっても原因が分からなくて。両親もすごい心配してて。これでもだいぶマシになったんですが」

「そういうことなら仕方ないよね。手続きはこっちでしておくから気にしないで。郵送で給料明細とかは送るね」

私は先ほどの根付けのような落とし物を拾い上げ何気なく手の上で弄びながらそんな会話をしていた。しかし何故か突然ミヤシタさんの声が聞こえなくなった。

「あれ?もしもーし、ミヤシタさん?」

「……」

「電波かなあ?」

そう言ってスマホを見てみたが電波は安定しているようだ。すると

「〇〇さん。今、お店ですか?」

ミヤシタさんの声が返ってきた。様子が少し変わった気がする。

「え?ああそうだよ。事務作業しててさ、なんか薄気味悪いよ。一人だからさぁ」

すると突然、ミヤシタさんの息遣いが電話の向こうで荒くなったのが分かった。

「一人、なんですか?周りに人はいないんですか?」

「そうだよ。なんで?」

私は手に持った根付けのようなものを摘んでふるふると振ってみた。中に何かあるのかカタカタと渇いた音がする。

「〇〇さん。今、なにか手に持ってますか?」

「え?ああ。よく分かったね。この音聞こえる?」

私は手に持ったモノをスマホの近くでからからと揺らした。

「すぐ捨てて!」

「え?」

ミヤシタさんが突然大声を出すから最初は何を言ってるのか聞き取れなかった。

「すぐそれを捨ててください!はやく!急いで!」

「なに?待って、大丈夫?」

突然のことに困惑したが電話越しでも伝わるミヤシタさんのあまりの剣幕に机の上にそれを置いた。

「はいはい、置いたよ」

「〇〇さん、すぐそこから離れてください!私、今からそっち行きますから」

「待ってよ、ミヤシタさん。なんなの急に?」

「いいから今は黙って私の言うことを信じてください。そこにいちゃダメなんです!店の外に出るだけでも良いから!」

こっちがなんと言っても向こうは離れろの一点張りなので私もあまり暇ではないのだがとにかく店の外でミヤシタさんが来るのを待つことにした。

ミヤシタさんはタクシーで店の前に乗りつけた。顔色は確かにあまりよくない。おぼつかない足取りで私の前に立ちおもむろに担いでいたリュックを下ろした。

「どうしたの?なにその荷物」

私と彼女の間には相当温度差があったのだが向こうはあまり気にしていない様子だった。

「今のところ大丈夫そうですね。良かった。間に合った。例のものは今どこに?」

「あーあの根付け?アレなら事務所の机」

「一緒に来ていただいて良いですか?」

なんだかもう訳が分からなかった。自分より歳下のしかも高校生の言いなりになって一体自分は何をしてるんだと馬鹿馬鹿しくなっていたが、それでも体調の悪い女の子が一生懸命に何かをしようとしているのを理由も聞かず止めることは出来ない雰囲気であった。

彼女は事務所のドアの前まで行くと入る前にひと呼吸おき、視線で私に「ここか?」と訊ねた。私は黙って頷いた。ミヤシタさんの緊張感が私にも伝染している。彼女はそっと目を閉じ合唱をして「おばあちゃん、どうかお守りください」と小さくつぶやいてからドアノブを捻った。

事務所は電気をつけたまま出てきたはずだが何故か薄暗かった。どうしてか机の周りだけ蛍光灯がついていてそれもジジジという音を発しながら不安定に点灯していた。

ミヤシタさんは早歩きで机に向かって行ったが例の根付けのような物が視界入るなり、立ち止まって激しくえづいた。

「窓、開けましょうひどい臭いです、気分が悪くなってきました。〇〇さん、この臭い感じませんか?」

「え?臭い?まったく分からないけど」

私がそういうとミヤシタさんの表情が少し和らいだようにみえた。

「羨ましい。私も〇〇さんみたいに産まれたかったです」

「え?どういうこと?」

私の問いに答えず彼女はまっすぐ机の上を見据え恐る恐る側に寄っていった。

根付けのような物は相変わらずそこにあった。先ほどと寸分違わずに。それをミヤシタさんが白いハンカチ大の布で覆い被せてから摘み上げる。まるで、汚物や虫の死骸なんかを持ち上げるように嫌悪感丸出しの顔をしている。そのままそれをどこから持ってきたのか漬け物を漬けるようなサイズの壺に蓋を開けて入れた。

「ふーっ」

これでひとまず大丈夫。そんな顔をしてミヤシタさんはその場にへたり込んだ。額に無数の汗の玉が浮いている。

「それ、なに?」

私が訊ねると彼女は空を見つめながら気の抜けた声で答えた。

「塩の入った壺です。神社で清めてもらった塩です。よくないものに対して一時的ですが効果があります。知り合いの神主さんからいただいたんです」

「へえ、塩ねえ」

ますます漬け物を漬けるっぽいな思っているといつもの落ち着いた声色のミヤシタさんが質問を返してきた。

「〇〇さん。全くなにも感じないからお聞きするんですが、コレ一体なんだと思いますか?」

「コレ、ってなんか今更だけど。古ぼけた根付けか何かでしょ?」

私の答えに彼女はまず黙って首を横に振りゆっくりとこちらに見せる形で壺の蓋を開けた。

「コレが、本当に根付けに見えますか?」

そこには壺一杯に入った塩の結晶の上にちょこんと置かれたあの根付けがある。

「見えるよ。え、ミヤシタさんには何に見えるの?」

ミヤシタさんは私の目の前にグッと壺を近付けて小さな声ではっきりと言い切った。

「これは呪物です。強力な呪いがここに籠ってます」

「呪物って、大袈裟だよ。ただの紐と鈴じゃないの?」

「紐?鈴?」

ミヤシタさんは壺の中がより見えるように傾けてくれた。私にはまだ、彼女の言っていることが今ひとつ飲み込めていない。

「コレはただの紐ではありません。コレは歳を経た黒毛の猿の体毛で編まれたものです」

「猿の…?」

よく見るとただの紐だと思って先ほどまで弄んでいたソレはゴワゴワとした黒い毛先であった。

「なんで猿の毛なのか、それは分かりませんが恐らく狒々神信仰のある土地で作られたものなのかもしれません。そしてその本体の部分は…」

私は手を伸ばし壺の中で鎮められたその呪物に触れようとしていた。ソレが何で出来ているのか、触れれば分かるかもしれないとでもあの時は思ったのかもしれない。

「おそらく人の歯と骨を加工した物で出来ています」

「ひっ」

言葉を理解した途端うしろにのけ反ってしまった。私の陳腐な想像力では到底考えられなかった材質で出来たソレは、今や見るも悍ましい立派な呪物として私の中で確立された。

「なんでそんなこと…てかミヤシタさんはなんで知ってるの?」

「前にソレと同じものを見たことがあります。いえ、正確にはソレによって取り憑くモノと同じ、でしょうか」

「どういうこと?」

ミヤシタさんは壺に蓋をして空を見つめながら説明してくれた。


「歳を経た黒毛の猿をなるべく苦しんで殺し、そしてそこに製作者の歯や骨といった腐らない身体の一部を組み合わせて呪物を作ります。製作者の身体を使うことで念が込めやすくなり強力な後神が産まれます」

「ウシロガミ?なにそれ?」

「簡単にいうと人工的に作る怨霊みたいなものです。厄介なのは対象、つまりコレを持った者を周囲含めて不幸にするところですね。その効力はこの呪物が破損したりお祓いされたりするまで続きます」

「クソ怖いんですけど」

半信半疑ではあるものの少なくともそういった狙いで歯や骨を加工したという事実がとても気持ち悪い。

「それほど憎い相手が製作者にいたってことですかね。コレは年代物なのであのお客さんも対象者だったとは考えにくいです。おそらく巡り巡ってササキさんのところへ行ったと考えるべきかと」

「いやあ、しかしにわかには信じ難いね。特にそのウシロガミ?本当いるの?ソレ」

「簡単に信じてはもらえないと思ってました」

ミヤシタさんはゴソゴソとリュックからスマホを一台取り出した。

「これ、私のゲーム用のスマホなんです。それで先ほどの〇〇さんとの電話を録音させてもらってたんです」

「ええ?!なんで?」

ミヤシタさんは音声ファイルを再生しながら言った。

「証拠が録れると思ったので。勝手ながら」

スピーカーにしたスマホから私とミヤシタさんの声が聞こえる。

『〇〇さん今、お店ですか?』

『え?ああそうだよ。事務作業しててさ、なんか薄気味悪いよ。一人だからさぁ』

これが一体なんなんだ、という顔をするとミヤシタさんは口の前に人差し指をたて黙ってきけと促した。

『一人、なんですか?周りに人はいないんですか?』

『そうだよ。なん【ひろうたな】」

全身に電気が走るような気分だった。その後に続けて、

【ひろうたな】【ひろうたな】

と何度も私たちの会話に割り込んでいる。その声は嬉々として子供が新しい玩具を買ってもらった時のような高揚感を孕んでいる。しかしその声色は、しゃがれた老婆の様な質感なのだ。

「な、なにこれ。冗談キツいよ」

「冗談?」

ミヤシタさんはわざとらしく語尾のイントネーションを上げて答える。

「いやだから、作ったんでしょ?さっきの電話を録音してなんか別のファイルと合成して」

「そんなことする理由も時間もないです。ま、気になるならスマホ貸すんで調べてもらって良いですよ。一発どりの録音ですから」

彼女の差し出したスマホは受け取らず私は地面に座り込んだ。

「なんなんだもう」

「だから、呪物による現象です。コレを拾った人間に取り憑いて周りに不幸を撒き散らす。そうやって孤立させて最後は自殺にでも追い込むんでしょう。今は封じ込めているんでおそらく無害ですが、それにしても趣味の悪い怨霊です」

「趣味の良い怨霊なんているの?」

「案外余裕ですね」

安堵感からか私たちは冗談めいた事を言って少しだけ微笑んでいた。お互いに嫌な汗をかいていたし顔色は悪かったがこれでもう大丈夫という気持ちがどこかにあった。

「おおおおおおい!どこだよおおおおお!」

突然、入り口の方から怒号にも近い叫び声が聞こえた。信じられないくらい鬼気迫った声色ではあったもののそれは聞いたおぼえのある声だった。しかもつい最近。

「ササキさん?!」

「忘れてたよ」

ミヤシタさんは壺をリュックに入れて背負う。私は即座ぬ立ち上がって声主の襲来に身構えた。

「いたぁいたぁいたぁあああいたぁ!」

私の姿を見つけるとササキさんは脂じみた髪の毛を振り乱してぐるんぐるん振り回して笑いながら近づいてきた。

「大事なもの落としたんだよぁ、ここにあんだろ?なあ?あるんだろおおお!」

精神がまともではない。大声をいきなり出したり、落ち着きがない。視点も先ほどから定まっていない。さっき金を借りに来た時より明らかにおかしくなっていた。

「ササキさん、落ち着いて。ここにはないよ」

「うそつけよおおおおおおお」

私の言葉に激昂したササキさんはいきなり飛びかかってきた。仕事中の彼女では考えられないくらいのスピードだ。そんな悠長なことを考えていたが実際のところ首を物凄い力で絞められていて危うく意識が飛びかけていた。

パリーン

突然、何かが割れる音がして自分の身体に液体がかかった気がした。身体から日本酒ぽいアルコールの匂いが立ちこめた。その直後、ササキさんの手が首から離れ息苦しさがなくなった。

「おゔぇ、げっげっへっ」

私が嗚咽を漏らしている横でササキさんはのたうち回って床に転げていた。

「来て!」

ミヤシタさんが手を伸ばして起こしてくれる。そのまま二人で事務所の部屋を出て店の外に出た。

ちょうど良いタイミングで店の前にタクシーが停まっていたので私たちは躊躇せず乗り込んだ。

「××という神社に行ってください、急ぎます、お願い!」

「ええ??」

息を切らせた私たちが突然乗り込んできて運転手は困惑していたがその直後に店から出てきた半狂乱のササキさんを見てすぐにアクセルを踏んだ。

「かえせえええええええ」

真昼間の車道を薄汚い裸足の女がタクシーを追いかけて走っている。悍ましいことに彼女は四つん這いで獣の様な格好で駆けてくる。後部座席からみる光景は凄まじいものがあったが、さすがに車に人の足で追いつけるはずもなく。早い段階で我々のタクシーはササキさんの追跡をふり切った。

「おっかねえ!なんですあの人?」

運転手が当然の反応して聞いてくる。

「ちょっと頭がアレな人なんです。いいから急いでください」

ミヤシタさんは冷静にそう言うと目を閉じてそっとため息をついた。

「ヤバイなササキさん。いやアレササキさん?」

「でしょうね。魅入られてるという取り憑かれていますね」

「大丈夫なのかな?」

「さあ、ただもう呪物はここにあるので命に関わりはないと思います。多少は苦労すると思いますが自業自得です。それよりも…」

ミヤシタさんはそこで少し言葉を詰まらせた。認めたくないことを口にするような、思っていても口にしたくないないようなこと言うわなければならない。そんな素振りだった。

「そっくりだったね。あのいつかのヤバいお客とササキさん。まるで同じ人みたいだった」

しかし私の言葉は的を得ていなかったようでミヤシタさんは首を横に振った。

「やっぱり見えないんですね。羨ましい」

彼女はリュックから手帳を取り出してサラサラと絵を描いて見せてくれた。

「え、なにコレ?」

「あのヤバいお客さんが最初に店に来た時、その後はササキさんそしてそのあとは〇〇さん。ずっと人に憑いて周っているウシロガミです」

ミヤシタさんは絵の上手い方だった。猿の様に毛むくじゃらの身体の上に女の顔がのった悍ましいモノが描かれていた。その女の顔はあのヤバいお客とササキさんの顔にそっくりであった。こんなものミヤシタさんはずっと見ていたのか。

「見ない、知らない方が幸せってありますよね」

「そうだね」

私は黙って頷いて目を閉じた。何故かタクシーの振動が心地よかった。

その後、仕事場の店は潰れて別の店舗に移動になった。風の噂でササキさんは警察に捕まったとか。

長くなってしまったが人のモノは拾うな、という話である。






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