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下戸の祝杯

普段は酒をほとんど飲まない。すぐ顔が赤くなるしホロ酔いと前後不覚の両極端な状態しかないので嗜む事はできても楽しむ事は出来ていないと思っている。付き合いで呑む事は多々あるが自ら酒に手を伸ばす事はあまりない。

そんな私だからこそ、自ずから酒を呑んだ忘れ難い日が今までに数回あった。

近しい人が亡くなったあの時。その人は若くして亡くなった。最期を看取ってから一度家に帰ることになり、葬儀は翌々日と決まった深夜。家に戻ってからは大して食欲も無かったが何も食べずにいるのは良くないと思い近くのコンビニへ。ただ何となく目に止まった梅味のチューハイを気がつくと二本も買っていた。カップ麺とつまみも少々。

家に戻って風呂から出た後にリビングで一人呑み始める。一枚だけあった写真。そこに写るその人を眺めて杯を傾ける。もう一本は写真に添えて。その人も酒が呑めなかった。ついぞ二人で呑む事がなかったがその時ようやく杯を交わすことが出来た。

一本呑み終わる頃にはそれこそ梅干しのように真っ赤になっていた。そこで年甲斐もなく大泣きしながら「後のこと、俺が出来ることはやっておきますから」と写真に語りかけた。

こんな映画じみた事を何故やったのかと聞かれても良く分からない。しかし人間は意外とこういった儀式的なことを行うと気持ちの整理がし易くなるのではと私は考える。そういう意味では酒はもってこいの小道具である。何しろ素面ではこんなこと恥ずかしくておいそれと出来ないのだ。でもそれで気持ちがいくらか軽くなった。やってみるもんだなと次の日目を覚まして思った。


もうひとつ。あの日。病院から電話をもらってすぐ駆けつけたがコロナ禍の真っ最中ということもあり数時間待合室でで待たされた。いくら電子書籍をスマホに入れているからと言って、そう何時間も集中力が続くわけがない。しかし私に出来ることはただ待つことのみ。同じ様な境遇の男性を何名か見送りつつ早く自分の番が来る事を願って、持続的にやってくる眠気と腰痛と戦っていると遂にその時がきた。

「おめでとうございます」

見ず知らずの他人からこんなに言われる事もないお祝いの言葉。貴重な経験をした。そしてようやくご対面。可愛い双子だった。母子共に健康。悲しいかなコロナの影響もあり面会時間は限られた間のみ。束の間の逢瀬の後、家族を得たはずの私はまたひとりぼっちで街に放り出された。ここで街に繰り出し見知らぬ他人と一杯やりながら夜通し祝うのも一興だと思ったが先述した通りコロナ禍最盛期。繁華街で営業してる店はあれどきっと無症状で感染してる強者たちの温床になっているに違いない。私の様な病弱な男には病に倒れに行く様なものだし大前提として万が一感染すれば子供たちに逢えない。

諦めて親友と呼べる数人に電話して報告する。ここでも本来なら全員集めて盛大に飲み明かしたいところだったが、ご生憎の世の中。仕方なく遅い夕飯を適当な店で済まして家路に着いた。

家に戻ってふといつかの献杯を思い出した。弔事で呑むひとり酒があるなら慶事で呑むひとり酒があってもいい。そう思った。

前回に引き続き近くのコンビニで調達する。今回は流行りのレモンサワー、の弱いやつ。今回も二本なのは双子だから。

産まれたばかりで良い写真もなかったから命名を書いた紙を肴に呑んだ。その時きふと思い出した。私の父も初子が双子だったのだ。ちなみに私自身は双子ではない。

父も酒が呑めなかった。それでもきっと初子が産まれた時は祝杯をあげたのではないだろうか。

一人で悦に浸りながら初子のことを思ってあげる祝杯。呑めぬ酒であったからこそ、こういう時の酒はひときわ美味いのだ。少なくとも私はそうだった。

コロナ禍もすっかり落ち着いて酒を呑む機会もグッと減ったし、一人でならなおさら呑まなくなった。しかしそれでもあの時に呑んだ酒の味はなかなか忘れることが出来ない。

下戸には下戸なりの酒の呑みかたがあるんだなと思ったあの日のことを。





#いい時間とお酒

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