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【漫画】レタイトナイト【読了レビュー】

「ベルリンうわのそら」香山哲先生の最新作、ファンタジー漫画のレタイトナイト

Netflixのシティーハンターと同じくらい、いやそれ以上に期待して待ち望んでいた作品がこちら「レタイトナイト」である。

まず知らない方への説明をさせてもらうと、香山先生はドイツのベルリンに在住する日本人漫画家である。世界各地を転々としながら2013年からドイツの首都ベルリンに居を構え現地での生活を先生なりの視点で独創性豊かに描いた「ベルリンうわのそら」という作品が人気を博した。

と言っても、私は漫画業界の事には疎く市場の事も良く知らないのだがこの作品は「ベルリンうわのそら」「同ウンターグルンド」「同ランゲシュランゲ」とシリーズ化され計3冊の単行本が発売されている事からある一定の人気があることは間違いないだろうと考える。とは言え私の周りの人々への認知は低いのでまだまだ知られざる名作なのかもしれないが、私はとにかくこの作品が大好きなので個人的に鬼滅や呪術などと同じくらいの感覚で語ってしまうが、そこは厄介なファンの戯言だと思って見逃していただきたい。

ベルリンシリーズののち、「プロジェクト発酵記」という「連載を始めるまでの過程を描く連載」という作品をebook Japanで連載。それを経て今回の「レタイトナイト」は何故か別の出版社で連載をしていた。その辺りの事情は知らないが色々あったのかもしれないし、なかったのかもしれない。深くは知るよしもないが作品を読むにあたっては必要な知識ではないのでここでは詮索しないこととする。

香山作品の魅力について話すと特筆すべきはまずその独創性だろう。絵のタッチ、登場人物たちの会話のワードチョイス、そして先生が感じた物事や心情の描き方。どれをとっても先生にしか書けない唯一無二のものであり作品を全て読み終わった後に「ああもう少しこの感覚が欲しい」と思って別作品を読んでも決して満たされる事がない香山作品でしか得られない要素がある、と私は考える。ベルリンシリーズは何十回読んだか分からないくらい読み込んでも毎回新しい発見をさせてくれるし、自分がその後に物事にどう対峙していくかを改めて考えさせてくれる。そんなベルリンシリーズは私にとっては大切な作品である。

まず登場人物達の会話が丁寧でとても良い。もしかすると本当にベルリンではこの様な会話がなされているのか、それとも香山先生の人同士の会話というのはこうあって欲しいという願望なのか。とにかく無駄がなく、それでいて相手を思いやりしっかり考えて言葉を選んでいる。そんな風に感じられる。

そしてそれは新作「レタイトナイト」でもしっかり継承されている。

「ベルリンうわのそら」では現実の世界が舞台であるにも関わらず登場人物たちは全て人間離れしたビジュアルをしていた。これは多種多様な民族が入り乱れて生活しているベルリンを描く上で見た目での先入観を無くしたいという先生の思いなのかもしれない。正直、読み始めは少しだけ困惑したが回を重ねる毎に気にならなくなっていったし、キャラクター達も話が進むにつれデフォルメが強くなっていったが逆にそれが良い味になっていった。

新作レタイトナイトでは舞台は架空の国。そしてファンタジー。序盤からなんの違和感なく登場人物たちの姿を受け入れられる。ファンタジーだからこそ皆がヒューマンである必要もないしましてやエルフやドワーフである必要もまたないのだ。そういう意味ではレタイトナイトを読んでからベルリンシリーズを読む方がなんとなく読みやすいのではとふと思った。

さてこのレタイトナイトを読むにあたり私は始まる前から名作の予感がバリバリしていた。それは先述した「プロジェクト発酵記」の存在である。こちらはベルリンシリーズの後に書かれたもので正に香山先生がレタイトナイトを書き始めるにあたり何をして準備したかを描いたエッセイ的な作品であり、ベルリンシリーズですっかり先生のファンになっていた私はこのエッセイを一話ずつ読む毎に相当な期待を胸に孕んでいた。作者が漫画を書き始めるにあたりどう言った事を準備し考え実行に移してきたかが事細かに描かれている珍しい作品であり、先生の作品へ対する思いと情熱が詰め込まれている。これはファンとしては心躍らずにはいられない前奏ともいうべきものだ。

レタイトナイトは王道ファンタジーとは言い難い作品であるがそれでもファンタジー好きなら読み応えを感じずにはいられない作り込まれた世界観である。

剣と魔法の世界で生きるごく普通の人々の人生

本作レタイトナイトの主人公はカンカンという少年と彼の叔父であるマル。おそらくこの二人を主人公と言って良いのだろう。最初はカンカン中心に物語が進んでいくのかと思ったが途中からマルの物語に移行し、一巻の最後でカンカンが再登場する。この終わり方も次へ存分に期待感を膨らませてくれる仕様になっているので我々はワクワクが止まらない状態で一巻を読み終える事になる。丁寧に作り込まれた感じがまるで手編みのマフラーの様であり電子書籍で買っていても思わず抱きしめたくなってしまう。

カンカンもマルもそれなりに魔法を使うということ以外はこの世界で普通に暮らしている人々だ。転生したわけでもチート能力を有しているわけでもない。カンカンには悩みがあるがそれは地域の農作物や貧困に対する事であり、有り体言ってしまえばファンタジー漫画の主人公にしてはやや地味な悩みと言える。伝説のモンスターを討伐したいとか、暴君を排除したいとか、騎士団に入って剣技を磨きたいとかそういう派手なラノベ系の野望ではない。

相応の困難に対峙しそれを時に向き合い時に逃げながら前に進んでいったり後ろに戻ったりする。ファンタジーの世界でありながら現実の世界で生きる人々そのものだ。レタイトナイトの人々は魔物や魔法が側にあっても我々とそう変わらない世界を生きている。そう考えるとまったく不思議なものでもしかすると我々の世界にもし魔法があっても今とそう変わらない悩みがあるのかもしれないと妙なリアリティが物語に生まれ始める。するとどうだろう。グッと親近感を抱くようになり世界へ簡単に入り込むことができる。これも本作の魅力のひとつだと言って良いだろう。

異国情緒溢れる定食の細かい描写

レタイトナイトの魅力の大きなひとつは食事の描写にある。いわゆるグルメ系の漫画ではないのだが出てくる食事がリアルでとても美味しそうなのだ。とは言え我々日本人が普段口にしているものとはどこか少し違っていて、それは単に架空の食材というだけでなく異国情緒に溢れた調理法が目立っていて、これはおそらく世界各地を転々としてきた先生ならではの視点だろうと思われる。

我々は食事といえばどうしても米やパンを主食に思い描きがちだがレタイトナイトの定食屋さんではおやきが出てきたり雑穀のお粥や雑炊が出てきたりひと口に主食と言っても様々でありバリエーションに富んでいる。食べることの描写よりもどんな素材がどの様に調理されているかという点にフォーカスされ細かく描写されているところが面白い。もちろんほとんどが架空の材料なのだがどの様な食感、味、というのが具体的に記されているので容易に想像がつくのもまた面白い。架空の材料なのに想像できる、この点は香山先生の手腕だろう。

長々と若干キモいくらいの熱量で書き殴ってしまった。それくらい本作は私にとって大切な一冊となった。生きていて心から好きだ!と言える漫画や小説、映画などにあとどれくらい出会えるのだろうか。皆さんの大切な一冊が今後見つかる様に心から願ってやまない。

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