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約束は、なんのためにあるのか。自分という変わりゆくもの。情報という変わらないもの。

本来、自分というのは変わるもので
情報はいちど情報化すると変わらないものだが
自分は変わらない、と信じていると
事情や、事実や、歴史を変えることになる
 
という話があって、そういえば過去に
自分の基準や考えは変わらない
と断言していた人がいたなぁ、とおもった
 
そのひとは、当時恋人だったのだけれど
別れ話のとき「そんなこと言ったっけ?」と
何度も言っていたのがとても印象に残ってて
 
表情からなんとなく、忘れてるわけでは
ないんだろうな、ということは分かったので
そのときはすごく悔しくおもったけど
 
自分は変わらないと、信じている手前
きっとそう言うしかなかったのだろうな、と。
なんだか可笑しくなってしまった。滑稽だなって
 
 
約束ってさ
自分たちは変わることが前提にあるから
意味があるんだよね。
約束という形で、情報化して
変わらないものにすることによって
変わってゆく自分たちを制御したり
向き合ったり、己を問いただしたり
そんな役割を果たしてくれるものなんだよね。
 
あなたとなら、それをしたいと思う。
変わりゆく私を制御する価値がある。
約束って、そんなことのためにきっと、するんだよね。
 
だから自分が変わらない前提の人とは
約束は意味をなさないことになるよね
だって、情報を変えてしまうわけだし
 
それが悪いとは一概には言えないけど
生活のベースとなる人間関係で起こるとしたら
私は崩壊するだろうなぁ(当時すでに崩壊してたし)
 
あぁ、あの人とは、あそこまでの付き合いで
よかったんだなぁ、とつくづくおもった
 
ま、そもそも後悔したことはなかったんだけども。
別れに纏わるエトセトラがあまりにもクソすぎて…笑
 
 
そして、必要な人との縁が与えられるということは
そういう人との縁が私には必要だったということで
それが味わい深いんだよなぁ、なんて思ったりする
 
よきかなー。
 

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