夜のカボチャ畑。月が蒼い光を投げかけている。人影が二つ。 「あんたにだまされたわ、ライナス! ハロウィンも終わってもう11月だというのに、あんたの言うカボチャ大王なんてちっとも現れないじゃないのよ」 「人にはそれぞれの事情ってものがあるのを理解しなくちゃだめだよ、サリー。忙しかったんだ。それとも足の骨折っちゃったとかさ。待っていればきっと来てくれるよ」 「人の事情なんてかまっていたらこの厳しい世の中に生きてなんか行かれないわよ。あっ、誰か来る。カボチャ頭のシルエット。大王じ
バギーに対する過信もあったし、土質を見誤った不覚もあった。クレーターの縁を斜めに登って行く途中で事故は起きた。ズズッと車体が滑って落ちかけたとき、反射的に光一はハンドルを右に切ってアクセルを踏み込んだ。それで右側の車輪がかえって砂を巻き上げ車体が深く嵌まりこんでそのまま横転したのだった。宇宙服を着た光一が跳び出せたのは、重力が地球の6分の1しかない月面で、横転が緩慢な動きだったからに他ならない。アンテナが折れ、通信は不可能となった。光一は予備のバッテリーと酸素ボンベを引き出
「あれは女学校に上がる前の年の夏じゃった」 ほとんど寝たきりの祖母が、床に横になったまま語り始めた。外は暑いけど部屋の中はクーラーが効いて心地よい。この前来たとき言われるままにぼくが出して吊るした風鈴が時たま軒下に揺れている。手土産に持ってきた冷えた水羊羹が手付かずで枕元に置いてある。 「そんなもんいらんのに」と祖母は言うけど、祖母の取って置きの昔話を聞かせてもらうのに、手ぶらと言うんじゃ申し訳無い。 「いつものように盆踊りがあって、須磨ちゃんと明るいうちから出かけて行っ
「あれは高等小学校に上がった最初の夏じゃった」 ほとんど寝たきりの祖母が、床に横になったまま語り始めた。若いころは地方の新聞社に勤めていて、終戦の日の新聞社の混乱など事細かく話をしてくれたものだが、最近はもっぱら子供時分の思い出話が多い。先日も夏祭りの帰りに怖い目に遭ったという話をして、そこから妙な具合になってぼくの婚約話が壊れるという騒動があったばかりだ。 「世界恐慌の最中だったはずじゃが、わしら子供には知らんこっちゃ。いつものように盆踊りがあって、須磨ちゃんと明るい
「どうしたの。何とか言ってよ、おばあちゃん」 婚約したばかりの夏子を祖母に紹介しに連れて行ったときのことだ。今はほとんど寝たきりだけど、祖母はラジオのニュースを毎日欠かさず聞いている。かつて地方紙の婦人欄を担当していたキャリアウーマンで、相当にハイカラな人だったらしい。ぼくが小さいころにはよくいろんな面白い話をしてくれたものだ。その人が夏子を見てすっかり黙り込んでしまったのだ。 「あれは尋常小学校最後の夏じゃった」 祖母がようやく話し始めたのは、その場には全く関係ない昔話
闇を背景に、無限のかなたから世界を真二つに貫いて、一本の大きな河が銀色に輝いて横たわっている。いま、そのほとりに立つのは私のあるじだ。そして私は、車を曳く牛の手綱を取って後ろに控えて立っている。 「彼女は姿を見せるだろうか」 遠く対岸を見やりながら主人が言った。ご自分では気づいておられぬようだが毎年この日、この河のほとりに立って必ずこの言葉を口にされる。 「来られますとも」 私は自信を持って答える。いつ、どのように交わされた約束事かは知らないがかつて会えなかったためしは
奈津子だ、と思ったけどやはり違っていた。こういう時人はどうするだろう。一瞬見開いた眼を慌ててそらして素知らぬ風を装うのか。おれはそうできなかった。彼女の直ぐな視線がおれの目をとらえて放さなかったのだ。そのまま歩いて彼女に近づいたとき我知らず勝手におれの手が伸び、彼女も当たり前のように手をつなぎ返してきた。映画の一シーンのようなその一連の動きは、何のためらいもなくごく自然な流れに乗っていた。 その出会いの直前までおれはちょっとばかり怒っていた。マイにその夜のデートをドタキャ