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ちちんぷいぷい【ファンタジー ショートショート】

「あら、あららら、どうしましょ」
母の膝のボウルから野菜の皮がこぼれた。
キッチンに立ってやると疲れるから、居間で正座して剥いていたのだ。
そんなとこでやるからだよー。私は内心ちょっとイラッとした。中2の私は反抗期まっただ中だ。だけど今日はカレーだ。だから何か一言言いたいのをぐっと堪えた。
すると代わりにこんな言葉が出てきた。
「時間よ戻れー、って言ってみたらどう?」
我ながらびっくりした。小学生みたいな発想だ。
けれど母はなんだか嬉しそうに、ボウルに呪文をかけるような身振りを加えて言った。
「ちちんぷいぷい、時間よ戻れー」
すると驚いたことに、野菜の皮がボウルへ戻っていくではないか。
母と私はしばらくぽかーんとして見ていた。
私のが先にはっと気づいて時計を見る。おかしいな、戻ってないみたいだ。テレビのアニメの内容も進んでいる。
「時間戻ってないみたいだよ」
そう言うと、人参の皮にキッと睨まれた。
「当たり前だ!時間なんかそう簡単に戻ってたまるか!」
しゃべった!野菜の皮がしゃべった!びっくりして声も出なかった。あ、睨んだのは人参だけど、喋ったのはじゃがいもの皮だった。
私と母がまたしてもぽかーんと眺めていると、野菜の皮たちは、ひらひらとした体を動かし、えっちらおっちらとボウルへ戻っている。結構大変そうである。何しろ体がひらひらするし、手も足も細いし5ミリもないんじゃないかっていうくらい短いからだ。みんな汗水たらして移動している。
その時母が野菜の皮へ手を伸ばし、言った。
「ごめんね、みんな」
優しくすくい上げ、ボウルへ戻す。すると、皮たちからは手足が消え、しんと静まり返った。
「お母さんが楽しようとしたから、みんなに大変な思いさせちゃったね、ごめんね」
母はテヘッと笑っている。

「夕飯できたよー」
母の声にダイニングへ行くと、カレーと、見慣れないおかずが並んでいた。
「野菜の皮、揚げてみたよ。大事に頂かないとね」
野菜の皮チップスは、思いの外おいしかった。
野菜を残さず食べる為に、あの魔法がかかったのかなあと思いながら、パリパリと食べた。

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