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2耳目:タトゥー師について

友人のKがタトゥーを入れた。
「本当は乙一の『平面いぬ』のタトゥー入れてもらおうと思ったんだけどね。」
彼女の右脇腹の下辺りでチラチラと美しい蓮の花が咲いていた。
「『聖観音菩薩』のマーク?お守りなんだって。綺麗だからいいけどさ」
どこのお店か聞くとどうやら駅から2分程の距離にある雑居ビルに入っているようだった。
意外なことにGoogle mapでの評価は4.6と驚くほど高い。

「評価5つけないと帰しませんみたいなお店じゃないよね?」
「クチコミもあるっぽいけど…『おかげで肩が軽くなりました』『試験合格しました』『海外勤務決まりました』なにこれ、神社のクチコミみたいじゃん。」
「あ、でも★3をつけてる人もいる『自分の希望したデザインを却下されてタトゥーシール渡されました。効果がなかったら彫りますって言われたけど彼女もできたし、モヤモヤするので3』…なんじゃそりゃ。」
「『まずカウンセリングの時点でアレルギーの他に悩んでいることや叶えたい夢なども聞いてもらえます。その願いにあうタトゥーシールを貼ってもらえます。効果なかったら彫るとのことですが』って占い師みたいだね。」

「そういえば、Kはどんなお願いしたの?」
「誰にも言わないでね?」
当時、Kはバイト先の常連の1人から付きまとわれていて、ある日休憩中に愚痴ったところ、同期のタトゥーマニアDから『ここに行け』と言われて行ったとのことだった。
「入れた日以来、その常連来なくなったし待ち伏せされることも無くなった。他の常連さんも『見かけないし、音信不通』って言ってた。」
「蓮の花効果、すごいね。お礼参り行かなくちゃだね。」
スマホの画面から顔を離すと、Kは真顔になっていた。

「ねえ、コメント書いてるのってみんな ”タトゥーシールもらった人たち” だよね?私みたいに直で彫られた人ってここにコメント書いてなくない?」
たしかに『カウンセリング』を受けたあと、タトゥーシールをもらってから、彫るかどうか決める流れのようだ。
「お店に入って早々『シールじゃ間に合わない』って言われて。一応カウンセリングは受けたけど、アレルギーとか炎症の説明されて施術同意書書いてすぐだった。私、お祓い行った方がいいのかな。」
青ざめていくKをなだめて、とりあえずタトゥー師をすすめたDに連絡を取ってみることにした。

恰幅のいい男性をイメージしていたら、チャン・ツィイーを彷彿とさせる美女がやってきた。タトゥーマニアのDだった。
「全然シフト合わなかったけど、なんかヤバいことなってる?」
かくかくしかじかを伝えると、彼女は晴れやかに豪快に笑っていた。
「タトゥー師ね、私の兄さん。ベトナムの時からヤバいもの見える。タトゥーシールはお札みたいなもの。タトゥーは一生分のお守りね。」
ジャケットを脱いだ彼女の両腕には、梵字や月、麒麟のような動物が所せましと彫られていた。
「Kは蓮の花もらったね?」
「…うん。なんで蓮なの?」
「蓮は弔いと魔除けの意味がある。Kがタトゥー入れに行った日の夜。あの客、死んだんだ。兄さんはKについてきた霊を見て「Kを連れてく」と思ったと思う。」

シールで済むお願いは一時的な欲だからシールでいい。
彫るということは、宿命から逃れられないということ。
「もう彫ってあるからKはお祓い行かなくて大丈夫。心配だったら兄さんにシールもらったらいい」
Kはホッと一息つくと元に戻った。
「本当にお礼参り行かないとだわ。」

私もタトゥーシールだけもらいに行こうかな。
と思ったけど、
そもそも『どうしても叶えたいお願い』がないな。

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