大正妖恋奇譚 47話

47話 求め求められて

 いつものように昴さんと一緒に家で夕食を食べる。
 会話は日常に関するものばかりだった。
 
「あの、昴さんは軍で何をされたんですか?」

「え? あぁ……あやかしがらみの仕事の依頼の話。華族とかは軍部を通してこっそり仕事を依頼してくるから」

 その為に軍に通っているの、かな。

「お手紙とかじゃあだめなんですか?」

「華族はね、そういうことを人に知られたくないんだよ。だからこっそり依頼してくるんだ。手紙なんて証拠、残すようなことしないよ」

「そんなに知られたくないものなんですか? あやかしに困らされている事って」

「そりゃあね。噂がたてば隙ができるし、足元をすくわれかねないから」

 ……華族って大変なんだな……
 人の噂なんて気にしたことないけど、でも前の奉公先じゃあ皆、色んな噂をしていたっけ。そんな噂で何か割ることになったりするんだ。

「それで依頼を受けて、こっそり依頼をこなすのが僕の仕事だからね。ただこちらの事情なんて関係ないからね立て続けに仕事が来ることもあるんだ」

「そうなんですね。また私にお手伝いさせてください。私、昴さんの役に立ちたいから」

 私の髪の色も目の色も元に戻り、最近になって外に出られるようになった。だから前みたいにお仕事のお手伝いがしたい。
 私の言葉を聞いて、昴さんは一瞬驚いた顔をした後、

「いいの?」

 と言った。

「僕は君を利用したのに」

「で、でもそれは必要なこと、だったんですよね。だからあの……大丈夫です。おかげで私は自分のおっとうのことを知ることができたから。あの、私、ここにいていいのか不安で仕方なくて……だからお役に立ちたいんです」

 私の言葉を聞いた昴さんは、なぜか驚いた顔をした後立ち上がり、私の後ろに来たかと思うと私の身体をぎゅっと、抱きしめてきた。
 
「ごめんね、不安にさせて。君を仕事に連れて行くのはもうやめようって思っていたんだけど」

「わ、私は大丈夫です。ひとりでお屋敷にいて待っている方が嫌です。それより私は鬼なのに、本当にそばにいて大丈夫なんですか?」

「大丈夫だよ、一緒にいたほうが心配はないしそれに……言ったじゃないか」

 昴さんはそのあと黙り込みそして、抱きしめる腕に力を込める。
 ど、ど、どうしよう……やだ私、心臓がすごく高鳴っている。

「す、昴、さん……」

「僕はちゃんと君を愛してる、から」

 恥ずかしげに言う昴さんの方を振り返ると彼と視線が絡まりそして、顔が近づく。

「あ……」

 昴さんの唇が触れ、すぐに離れてまた触れる。
 やだ……どうしよう。
 ふれるだけの口づけに、私はうっとりと昴さんを見つめた。

「す、すばる、さん……」
 
 私の唇から出た声は、自分でも驚くくらい甘い声だった。私、こんな声出せるんだ……どうしよう、私。昴さんが……欲しい、なんていう浅ましい感情を抱いてしまう。
 昴さんは切なげな顔をして私を見つめて言った。

「ねえ、ここにずっといて? それが僕の願いだから」

「わ、わかり、ました」

 その日の夜、私は昴さんとどちらともなく求め、朝を迎えた。
 翌日、昴さんは午前中仕事に行かれて、昼過ぎには帰宅された。

「かなめ、ちょっといい」

「何でしょうか」
 
 昴さんに呼ばれていくと、彼は階段の下に立っていた。

「上に」

 と言い、昴さんは階段を上り始めた。
 二階は昴さんの部屋と……たぶん、ご両親の部屋があるんだろう。一階の広さから考えるとあと、妹さんのへやとかあるのかな。
 いいのだろうか。私が二階に上がって。ぎしぎし、と音を立てて昴さんは階段を上っていく。
 私は彼の背中を見つめて、ぎゅっと手すりを握りゆっくりと上り始めた。
 ただ階段を上っているだけなのに、私すごく緊張している。
 二階は毎日とし子さんが掃除しているはずだ。それに窓を開けたりしているらしいから、埃っぽさは感じなかった。
 階段を上りきると廊下があって、大きな窓と両側に並ぶ扉が目に入る。

「この先の部屋で僕の家族は皆殺された。あの、一番奥の部屋で」

 と言い、昴さんは奥の扉へと視線を向ける。奥には大きな窓があって、その手前にある茶色の扉は、固く閉ざされている。
 あの部屋の中で……あの鬼が昴さんの家族を……
 考えただけで背中に冷たい汗が流れる。
 その鬼の血が私の中に流れていると思うとぞっとする。

「ずっとここに入るのが嫌だったんだ。僕の部屋があるけどここで寝たのはあの日が最後なんだ。ここに来ると僕は妹たちの事を思い出してしまうから」
 
 そう言って、昴さんは小さく震えた気がした。
 そうか、ずっと昴さんは過去の想い出に縛られてきたのか。
 鬼が殺した人間は、どんなにひどい状態なんだろうか。考えただけで怖くなる。
 時々、酷い殺され方をした人の話を聞いたけど……それはあの鬼の仕業だったんだろうか。
 私は扉を見つめたまま、そっと昴さんの腕を掴んだ。

「でも、いつまでも封じておくわけにもいかないんだよね。処分することも考えたけど……ここでは僕の家族が確かに生きていたんだから」

「昴さん……」

 昴さんはこちらを向き、ほほ笑み言った。

「部屋を片付けるのを手伝ってくれないか。二階の部屋を、使えるようにしたいから」

「いいん……ですか?」

「一階だけじゃあ狭いし、人も雇いたいからね。いつまでも二階を立ち入り禁止にしているわけにはいかないから。他の人に触られるのも嫌だし」

「わ、わかりました」

 頷き私は一階に割烹着を取りに行った。

次話 大正妖恋奇譚 最終話

#創作大賞2024 #恋愛小説部門

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