大正妖恋奇譚 36話
36話 戦いたい
昼近くになり昴さんが帰ってきた。
とし子さんや敬次郎さんと会話をしているのがなんとなく聞こえてくる。
そしてしばらくすると足音が近づきそして、私の部屋の扉を叩く音が響いた。
私は立ち上がって扉へと向かい、ゆそれをっくりと開ける。するとスーツ姿の昴さんがひとり、廊下に立っていた。
「昴さん」
扉を開けるなり私は、彼が着ている背広の襟元を掴んで言った。
「私も戦いたいです!」
「……え、あ……え?」
戸惑いと驚きの顔をして、昴さんは変な声を上げる。
「だって、私が鬼の血をひいているなら戦えるってことですよね? 私も戦いたいです!」
「……ごめん、何言ってるのかわからないんだけど急にどうしたの」
言いながら昴さんは半歩、後ろに下がってしまう。
そんな難しいこと言っているかな。
戦いたい、ってだけなのに。
「昴さん、あやかし退治をするわけじゃないですか。戦うこともあるわけですよね? だから私、戦いたいんです」
「……やっぱり僕は女の子の扱い、よくわからないよ……」
困った顔をして呟き、昴さんは私の肩に手を置いて言った。
「とりあえず、中に入れてよ。何があってそんな事思ったの」
言われて私ははっとして、辺りを見回す。そうだ、この屋敷には私たちだけじゃないんだ。
見える範囲に人の姿はないけれど、話が聞こえたとかはありえるかな……
どきどきしながら、私は慌てて昴さんを中に入れた。
この部屋にはソファーとかが無いので、おのずとベッドに腰かけることになる。
昴さんは私と並んで座り、こちらを呆れ顔で見て言った。
「ひとりで何を考えていたの」
その視線に、私は下を俯き膝の上でぎゅっと、手を握る。
「私……ここにいていいのかなって考えたんです。だって、昴さんには私をここに置いておく理由、無いじゃないですか。でも私は行くあてなんてないし、できることもないし……このままだと昴さん、あの鬼と戦うことになるわけですよね? あの鬼は昴さんを殺しに来るんですよね? だったら私も戦いたいんです!」
言いながら自然と顔が上を向き、昴さんの方を向く。
「……それって、君は父親と戦うことになるってことだけど」
そう言われると私は言葉に詰まってしまう。
「さすがに僕は親子に殺し合いをさせたくないよ」
昴さんは真剣な顔で、静かに言った。
そう言われてみればそうか……そこまで考えていなかった。
「君は僕と嶺樹が殺し合う場にいたいの?」
「それは……わ、私は昴さんに死んでほしくないんです。ふたりなら生きる可能性、あがるじゃないですか」
「僕は死なない……って約束はできないけど。でも僕は君と嶺樹を殺し合いさせるつもりなんてないよ。あれは僕が戦う相手だもの」
そう言われると複雑な気持ちだった。
鬼が父親だと知ったのは昨日だ。
だから私には親子の情なんてないけど……殺し合いになる、と言われると決意が揺らいでしまう。
情なんてないけど……ただひとりの血縁者なのよね……
「突拍子もないことを考えるね、君は」
言いながら昴さんは足を組み、頬杖をつき私の方を見る。
「だ、だ、だって……私ができることは少ないから」
「だからって君が戦う必要、ないんだよ」
そう言われると何も言い返せない。
戦いたい。でもそれは私のできることじゃないのかな……
そして私は下を俯く。
「僕に何があるかはわからないし、できるだけ君に遺せるものは遺せるようにするよ。だから君は自分の人生を歩んだ方がいいと思うよ」
「でも私……」
「君がどんな存在だろうと受け入れてくれる人はいるよ。加賀子爵のお嬢さんは狸を受け入れていたじゃないか」
たしかにそうだけど、そんな人、珍しいんじゃないだろうか。
それに狸と鬼じゃあ大違いだ。狸は人を食べないもの。
「私は……昴さんの役に立ちたいです」
じゃないと私、ここにいる理由がわからなくなるから。
「君がもし鬼になったら元に戻れなくなるかもしれない。人でいられなくなるかもしれない。そんな可能性があるのに君に戦わせるようなこと、僕はしないよ」
そこまで考えてなかった。
私の考え、浅いな……
「僕は君を利用した。鬼をおびき出すために。でも今は……それはとても浅はかだったと反省してるよ。君を利用すべきじゃなかった」
「……私がいたからあの鬼は現れたんじゃぁ……」
「君に対するあいつの感情がわからないから何とも言えないけど……わざわざあの場に姿を現したって事は何か感情があるのかもね」
あの鬼は、私を連れて行ってどうするつもりだったんだろう。
今さら親子として暮らすの?
さすがにそれは受け入れられない。
だって十八よ、私。
今さら父親だと言われても困る。
「僕は今日、軍に昨日のことを報告してきたけど……嶺樹については生きたままの捕縛を命じられたんだ」
生きたまま、捕縛……?
つまり殺すな、てこと?
驚き昴さんを見ると、彼は苦しげな顔をしていた。
「捕まえてどうするんですか……?」
「さあ。もしかしたら鬼の軍隊とか考えてるのかもね。嶺樹は人を鬼にすることができるから。世の中いつまた戦争が起きるかわからないし」
今から八年くらい前、大きな戦争があった。
遠い国でのいざこざが大きな戦争になってしまったらしいけど、この先この国が大きな戦争を起こすこともあり得るだろう。
「そんな……鬼の軍隊とか作れるんですか……?」
「嶺樹が協力すれば……でもするわけないじゃないか。食糧はどうするの。彼らの食糧は人間なんだから。それに鬼は太陽に弱いし……そんなの使えるとは思えないけど。他に理由があるとしたら研究目的かな。それなら死体でもいいと思うけど」
そうよね……鬼は人を食べるんだものね。なら殺すしかないんじゃないのかな。
「昴さん」
「何」
「死んだら嫌です」
「僕は死ぬ気なんてないよ……でも、生きたまま捕縛なんて……それはさすがに辛いな」
と言い、昴さんは自分の右の手のひらを見つめる。
「殺し合いするほうが楽なのに。なんで僕は軍人なんだろう。無理やり士官学校に放り込まれて地位を与えられてもろくなことがない」
言いながら昴さんはため息をつく。
鬼には刀も銃も効かないんだっけ。だから鬼に対抗できるのは現状、昴さんしかいないのよね。
てことは、捕まえることができるのも昴さんだけになるのか。
「あの……もし、捕縛できなかったら……」
「さあ。あいつに僕が殺されるか、あいつを殺して軍に処分されるか、どっちかじゃないかな」
投げやりに言い、昴さんはばたん、とベッドに横たわった。
処分、という響きに不安しか感じない。
もしかして殺される、ってことなのかな。
そんなの嫌だ。
「あの……それは嫌です。できる限り、私は昴さんに生きていてほしいです」
言いながら、自然と身体が昴さんに近づいていく。
「僕は軍人でもあるんだよ。大陸に行かされるかもしれないし。そうしたら帰ってこられないかもしれない」
「それも……嫌です」
話しているうちに、悲しみが溢れてくる。
昴さんがいなくなったら私……そんなの絶対に嫌だ。
「私は昴さんにいてほしいです」
私は寝転がる昴さんにおおいかぶさり、顔を見つめて言った。
「どこにも行く気はないよ……今は守りたいものがあるしね」
そう告げた昴さんと視線が絡む。
彼はじっと私の顔を見つめたあと、ゆっくりと手を上げて私の頬に触れた。
「そんな、泣きそうな顔しなくても大丈夫だよ……たぶん」
「そんな顔してないです」
と言っても、今自分がどんな顔しているのかわからないけど。
でも悲しいのは事実だ。
自分が何もできないことが、昴さんがいなくなったら、そう思うと悲しさが溢れだす。
「私も戦えたらいいのに……」
そうしたらきっと、昴さんが生き延びる可能性は上がるのに。でもそれは私のできることじゃないんだなあ……
「女の子を戦わせるつもりなんてないよ。それなら僕に守らせてほしいよ。守るものがあると、人は強くなれるから」
黙って守られるのもなんだか嫌だけど……でも鬼にはなりたくないから私は従うしかない。
「昴さんは生きてください。守られるもののためにも」
「ああ、そうだね」
そのまま私と昴さんは見つめあったまま、沈黙が流れる。
やだ……なんだか心臓がどきどきしてきた。
なんでだろう、すごく気まずいし恥ずかしい。
私は昴さんから離れ、
「お茶、いれてきます」
と言って、昴さんから離れてベッドから立ち上がる。
「ちょっと待って。お茶ならとし子が持って来てくれるし……その姿、見られたくないでしょ」
あ……そうだった。
私の髪色、まだ金色だし目も紅だった……
言われて私は、歩き出した姿勢のままベッドの方を振り返ると、昴さんが上半身を起こした状態でこちらを見ていた。
「そう、でしたね。わすれてました……」
仕方なく私はベッドに戻りそして、昴さんから少し離れて腰かけた。
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