大正妖恋奇譚 37話
37話 贈り物
あの後、昴さんは私の頭には触れたけれど口づけはしてこなかった。
十月十三日木曜日になり髪色はだいぶ落ち着いた色になったけれど目の色は変わらない。
金曜日になって、やっと髪色は戻ったけれど目は紅いままだった。
昴さんは私が外に出られないものだから、敬次郎さんに頼んで屋敷のお風呂に入れるようにしてくれたし、食事も全て屋敷でとるようになった。
いつまでも引きこもっていられない。そう思い私は金曜日からとし子さんたちに頼んで食材を用意してもらい、お昼と夕食を作ることにした。
目の色が戻らないのは気になったけど、朝、顔を合わせたとし子さんも美津子さんも私の目の色には触れてこなかった。
「よく見ないとわからないよ」
なんて昴さんは言っていたけど……そういうものかな。
とは思ったけれど、子供の目はごまかせなかった。
「かなめさん、目の色綺麗だね!」
学校に行く前に、ぼたんちゃんがそう私に言った。
「え、目の色?」
めいこちゃんがつられて私の目を見ると、笑顔になって言った。
「ほんとうだー! ちゃんと見たことなかったけど綺麗だねー」
「でしょ? じゃあ学校行ってきます!」
と言って、ふたりは屋敷を飛び出していった。
今のふたりの言葉からすると、もともと私がどんな目の色をしていたのかなんて覚えてないのかもしれない。
まあ、目の色なんてそんなに気にしないか……
それについては苦笑いするしかなかった。
ふたりを見送り、振り返ると奥から昴さんが出てくる。
和服姿の昴さんは、いつもと違うマントを羽織りながら言った。
「僕も出かけてくるから」
そして、靴を履く。
普段着ているマントはこの間、鬼との戦いでだいぶ汚れてしまったから、私が洗濯したいと言い張って預かっている。
今日は天気がいいのでそれを洗うつもりだった。
「あ、はい、わかりました」
昴さんが出かける、となると私は不安になってしまう。
私が鬼になってしまったらどうしよう……そんな不安がよぎるけれどでも今、髪は戻ったし大丈夫かな、って思いたい。
不安なのを悟られるのは嫌だから私はすぐに昴さんに背を向けて、家事をしようと台所へと向かった。
金曜日の夜。
夕食の片付けを終えてお風呂をいただき部屋に行くと、昴さんが部屋の前で待っていた。
彼は寝間着姿で、胸元がはだけていてちょっとなまめかしい。
そういえば、昴さんて着物だと胸元開けてることが多いような気がする。
「どうされたんですか?」
近づきながら声をかけると、昴さんはいつもの無表情で言った。
「日曜日」
「はい」
「外に行く?」
あぁ、そういえば外に出かける約束をしていたっけ。たしか、目黒にあるばら園に行こうと話していた。
どうしよう……この紅い目の色を思うと外に出たい気持ちになれない。
俯いて悩んでいると、昴さんの声が聞こえた。
「目の色……帽子でも被ったら少しは目立たなくなると思うよ。えーと……嫌じゃなければ、だけど」
言葉に続けて、扉が開く音が聞こえてくる。
ゆっくりと顔を上げると、昴さんが私の部屋の扉を開けていた。
中には灯りがともっていて、室内を照らし出している。
「ごめん。君がいない間に勝手に入った。何も触ってないから」
言いながら昴さんは私に中に入るよう促した。
別に入られても気にはならないけど……
そう思いつつ部屋を見回し、そしてベッドの上に何か置かれていることに気がついた。
大きめの箱と紙袋だ。
「……なんですか、これ」
ベッドに近づき私は箱と紙袋を見つめた。
名前はよめないけど……これ、百貨店の紋様じゃないかな。
戸惑う私の横に立ち、昴さんは言った。
「どうしたらいいのか分からなくて、人に相談はしたけど……帽子と服」
帽子と……服?
ベッドの上に置かれた箱の蓋をそっと開けると、中にはつばの大きな焦げ茶色の帽子が入っていた。
紅い花の飾りが付いていて可愛らしい。
これは……見るからに高そうなんだけど……?
そして紙袋の方を開けると洋服が入っていた。
袋から出して広げてみると、濃い茶色のワンピースだった。
長袖の、スカート丈が結構長い。たぶん私が着てもひざ下まで余裕であるんじゃないだろうか。
「これは……」
ワンピースを手にして、私は昴さんの方を向く。
「百貨店に売っていた、輸入の帽子と服だよ」
「ゆ、輸入って……」
それってとても高いんじゃあ……
そう思うと手が震えてしまう。
「外に行こうと約束したし、ばらは日がたつと散ってしまうから。約束したからには連れていきたいしどうしようかと思って……それで帽子と、帽子に合いそうな服を買ってきた」
言いながら、昴さんは恥ずかしげに頭に手をやり私から視線を反らす。
「あまり目立たない色がいいかなと思って……モガはよく見かけるし、洋装でも目立たないと思うよ」
確かにお出かけした時に思ったけれど、洋装の女性を多く見かけた。
こういうワンピースだったりスーツだったり、おしゃれな帽子を被る女性も多い。
「わざわざ買いに行ったんですか……?」
「外商を呼んで君に選ばせてもよかったんだけど、それだと君は出てこない気がして」
確かに、人前にいま出たくはないからお断りしていただろうし、こんな服を贈られてもきっと私は断っていただろう。
だって理由がないもの。
「いいん……ですか? これ、いただいて」
「この間、君には囮になってもらったしね。お詫びでもあるんだよ」
お詫びなんていいのに。
この間……鬼をおびき寄せる囮にされたのはあまり気分はよくないけれど、でもそうするしかなかっただろう、ということはわかるから気にはしていない。
そのおかげで私は自分が何者なのかを知ることができたし。
「私は別にお詫びなんて……」
「こういうのは贈る方の自己満足だよ。いらないなら処分するだけだから」
「それは勿体ないので……えーと、いただきます」
処分って、捨てるって事よね。さすがにそれは嫌だから、私は服を貰うことに決めた。
ってことは、日曜日お出かけする……?
私の中で行きたい気持ちと、外に出たくない気持ちが交差する。
「ならよかった」
ほっとした様子で昴さんが呟く。
あれかな、私がこの服と帽子を貰うか不安だったのかな。
それを思うと、出かけるかどうかの答えはおのずと決まってしまう。
「じゃあ、せっかくいただきましたし。日曜日、よろしくお願いしますね」
ワンピースを持ったまま私は昴さんに微笑みかけた。
楽しいことを積み重ねて、嫌なことは忘れたいし。引きこもっていると色んなことを考えてしまうから。
昴さんは一瞬目を見開いたあと私から目をそらして、
「うん、日曜日に」
と言って、私に背を向けた。
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