大正妖恋奇譚 35話
35話 守りたいから
昴さんが朝食を運んできてくれてそれを食べ、私はひとり、静かな部屋で寝て過ごしていた。
着物を縫う気力はなく、起きていることもできなくてただベッドに寝転がっていた。
ひとりでいると余計なことを考えてしまう。
昨日のことが私の頭の中を回っている。
神社の本堂の上に座っていた、銀髪の美しい鬼。
あれが私のおっとうで、昴さんの家族を殺した鬼。
なんでこんなことになるんだろう。
私、本当にここにいていいのかな。昴さんはいいって言ってくれたけど……私は受け入れきれない。
私ってなんなんだろう。
人? 鬼?
私は人だ。そう思いたい。なのに、私の目は紅いままだし髪の色も金色で、元の色には戻っていない。
一緒に来いと、あの鬼は言った。でも私は一緒になんて行きたくない。そう思ったのに……今は一緒に行った方がいいのかと思ってしまっている。
私がここにいる理由。私がここにいていい理由なんてあるのかな。
無理を言っておいてもらってる。
昴さんに、私をここに置いておく理由なんてない。だって何の繋がりもないんだもの。
だったら出て行くべきかな。
だめだ、考えがまとまらない。
いたいけどいたくない。
だからといって私の行くあては、どこにもない。
ベッドから起き上がり、とぼとぼと棚の前に立ちそこに置かれたおっかあの位牌を見つめる。
「どうして黙っていたの?」
位牌に語りかけたって答えなんて返ってこない。
おっかあが鬼の事を知らなかった、ってことはないだろう。
おっかあは孤児だったと聞いた。それである人に育てられたと。
いったい何があって鬼なんかと……
考えても語りかけても何も返ってこないから、私は小さくため息をつく。
「私、ここにいていいのかな」
何度も繰り返し、答えのない質問を繰り返す意味なんてきっとない。
でも考えずにはいられなかった。
昴さんは私が何者であるか知っても私を追い出そうとしなかった。
何でだろう。
鬼は殺すものだと言っていたのに。
でも鬼の血をひいてると誰かにばれたら捕まって、解剖されるかもしれない。それも怖い。
どうしたらいいのかわからなくなってきた。
余計なことは考えるなって、昴さん言っていたけど……でも考えてしまう。
「私のおっとうは……昴さんの家族を殺したんだもの」
もちろん私は関係ない。だってその頃、おっとうは私と一緒にいなかったもの。
でも、その事実が重く悲しい。
そしてあの鬼は昴さんを殺そうとするだろう。
昴さんはあの鬼を殺そうとしているんだから。
どちらかが生き、どちらかが死ぬ。そうだ、殺し合いになるんだ。戦争じゃないのに殺し合いが行われるなんて怖すぎる。
生きていて欲しいのは昴さんだ。でもあの怖い鬼を相手に昴さんは無事でいられるのかな。
昴さんになにかあったら私……やだ、視界が涙で歪んできた。
昴さんを死なせたくない。
なら私……私は自分の両手を胸まで上げてじっと見つめる。
「この手で昴さんを守ることができないかな」
だって半分鬼だってことは、私、戦えるって事よね?
ひとりで鬼と戦うよりも、ふたりの方がいいよね? 勝てる可能性あがるよね?
鬼にはなりたくない。でも、力があるなら私は守る為に使いたい。
「私は昴さんに死んでほしくないし、生きていて欲しいから」
昴さんに言ってみよう。
怒られるかな。あきれるかな。
今、昴さんは屋敷にいないはず。
戻ってきたら話そう。
そう思い、私はぎゅっと、自分の手を握りしめた。
次話 大正妖恋奇譚 36話
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