大正妖恋奇譚 40話

40話 近づいていく

 着物を仕立ててもらうことになった。
 白地に紅いバラが描かれた着物だ。
 流行り、とは聞いていたけれど、確かにバラ柄の着物はいくつもあって、若いお嬢さんが何人も、反物をあれこれと見ていた。

「あ、あの……本当にいいんですか……?」

 デパートを後にして恐縮しながら尋ねると、昴さんは不思議そうな顔で私を見た。

「買うと言ったのは僕だよ」

 いやまあそうなんですけど、申し訳なさすぎる。
 そうだ、明日から私、家事をもっと頑張ろう。
 昴さんのお仕事の手伝いもたくさんしよう。
 そうひとり、心に誓った。

「でもなんでここまでしてくださるんですか……?」

 自分で言うのもなんだけど、なんで昴さんがここまでしてくれるのが不思議だった。
 自分に何かあったら遺せるようにするとか、不穏なことも言っていたし。

「僕は女の子のお願いを断れないから」

 淡々と、正面を見たまま彼はそう答えた。

「それってどうしてですか?」

「……妹と重なるから、かな」

 そして、昴さんは立ち止まる。
 夕暮れ時。
 時おり吹く風は冷たくて色を変えた木々の葉を散らす。
 辺りを楽しそうに人々が話をしながら通り過ぎていくのに、私と昴さんの間の時間は止まったかのようだった。
 
「五歳と、二歳下に妹がいた。僕はあの子たちに何もできなかった。僕が女性に弱いのは妹たちに対する後ろめたさがあるからかもしれない。ふたりは死んだのに僕だけ生き残ったから」

 そして昴さんはこちらを向いて悲しげな顔になる。

「僕は女性たちを遠ざけてきた。扱い方がわからない、と言って。でも、僕は誰かを妹の身代わりにしたくなかっただけなんじゃないかな。そんなの相手に失礼でしょ」

 そう言われて私は戸惑うばかりでなにも言えなくなってしまう。
 確かに誰かの身代わりなんて相手に失礼だと思うけど……でも、なんだろう。どういえばいいのかわからないけど、身代わりって必ずしも悪いことばかりじゃないんじゃないかな。
 その時は身代わりだとしても、それで次に進めるのなら少しの間身代わりを求めるのは悪いことじゃないんじゃないかな。
 そう言いたいのに、私の口は全然動かない。
 
「僕は長く生きるつもりなんてなかったんだけどな」

 呟くように言い、彼は前を向く。
 長く生きるつもりはない、という言葉が深く刺さる。
 
「あ……あの、そんなこと、言わないでください」

 言いながら私は思わず昴さんに手を伸ばして、その腕を掴んでいた。
 昴さんはゆっくりとこちらを見る。

「えーと、あの、身代わりとかその……失礼とかそんなこともないです、から」

 つっかえながら言い、私はそこで黙ってしまう。
 なんて言えばいいんだろう。

「あの、その……えーと……」

 昴さんの腕を掴んだまま、私はしどろもどろになってしまう。
 だめだ、うまく言葉が出てこない。
 じっと、ただ私を見つめる昴さんの視線がなんだか痛い。
 
「み、身代わりでもいいです。それで昴さんが生きていけるなら、その方がずっといいです」

 なんとかそう言葉にすると、昴さんは首を横に振った。

「僕は……君を身代わりにするつもりなんてないよ」

 それってつまり……私はそこまでの存在にはなれないってことかな。
 それはそうよね。
 家族の身代わりなんてなれるわけがない。
 何考えてるんだろう、私。
 そう思い私は俯き、小さく呟いた。

「そう……ですよね」

「君は……君だし。身代わりになんてしたくないよ」

 ……あれ。それってどういうことだろう。
 その違和感の意味がわからず、でも言葉を続けることもできなくて私は黙り込んでしまう。
 気が重くなるような沈黙の後、昴さんは言った。

「……えーと……ごめん。なんだか誤解させた、かな」

 困ったような声が響きそして、手が私の頬に触れる。
 誤解ってなんだろう。
 私はゆっくりと顔をあげて昴さんの顔を見ると、彼の顔は夕焼けに染まり紅く見えた。
 ほんとうに困ったような顔をしてるように見えるけど、何が誤解なんだろう。

「とりあえず、そういうことじゃないから。えーと、ごめんなんて言ったらいいのかわからない」

「すみません……よく意味がわからないんですが……」

 私が戸惑いの声でいうと、昴さんは首を横に振り言った。

「ごめん、忘れて」

 そして私の頬から手が離れていってしまう。

「早く行こう。夕食を食べて帰らないとね」

「……そうですね」

 腑に落ちないけれど、そんな話をしている間にも辺りはどんどん暗くなっていく。
 私たちは人々が行き交う通りを歩き出し、料理屋さんへと道を急いだ。

次話 大正妖恋奇譚 41話


#創作大賞2024 #恋愛小説部門


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