大正妖恋奇譚 45話
45話 目が覚めて
目が覚めると、室内は想像以上に明るかった。
寝坊したかも……!
そう思い私は慌てて身体を起こして、肌寒さにぶるり、と震える。
だいぶ冷えるようになったなぁ……
「あ……」
視線を下に向けて自分が裸である事に気が付いて、一気に顔が紅くなるのを感じた。
そうだ、私、昨日の夜昴さんと……
一気に色々と思い出して、ベッドから這い出て着物を着た。寒さと恥ずかしさで手が震えてしまうけど、昴さんが起きる前に服を着てしまいたかった。
だって恥ずかしいもの。
矢絣の木綿の着物に、帯を締めていると後ろから声がかかった。
「……そんなに慌てて起きなくていいのに」
そんなこと言われても慌てる。
私の仕事のひとつはこの家の家事なんだから。
準備を終えて、私は振り返って、ベッドで欠伸をする昴さんを見て言った。
「わ、私の仕事はこの家の家事ですから。きっともう、皆さん起きてますよね」
でも誰も起こしに来なくて私にとってそれが少し怖かった。
前の奉公先じゃあ、、寝坊しようものなら叩かれたから。
ここでは誰もそんなことしないだろうけれど、身体に染みついた恐怖はそう簡単にぬぐえない。
「うーん……」
そう呻った昴さんは私を手招きしてくる。
急いで台所に行きたいのに何だろう。
私はためらいながらもベッドに近づいて声をかけた。
「なんでしょう?」
すると、昴さんはまだ手招きをしている。
どういう意味なのか一瞬考えて、顔を近づけろ、という意味なのかと悟り、恥ずかしく思いながらも私は彼に顔を近づけた。
頭の後ろに手が伸びて唇が触れるんじゃないか、ってくらい顔が近づきそして、昴さんは私の顔をじっと見つめて言った。
「目の色……」
と呟いた後、にこっと微笑む。
その表情に顔が紅くなるのを感じながら私は言った。
「め、め、目の色がなんですか?」
「目の色……茶色い」
私の、元の目の色だ。
あとで鏡を見ようと思っていたけど、ちゃんと元の色に戻ったんだ。
よかった。
内心ほっとしていると、昴さんは私の顔を両手で挟み寝ぼけた声で言った。
「とりあえず大丈夫みたいだね」
「え、あ……」
恥ずかしさに何と言っていいかわからず、変な声が出てしまう。
「あ、あの……私、もう行きます!」
と声を上げて彼の手から逃げ、急いで部屋を後にした。
廊下に出ると、ばたばたと足音を立ててかけてくるふたつの小さな影があった。
ぼたんちゃんとめいこちゃんはこちらに近づくと、私を笑顔で見上げて言った。
「おはよう、かなめちゃん。起きてこないから起こしに来たよ!」
「昨日お出かけしたから疲れちゃったのかなって。昴様も起きてこないし、大丈夫?」
その言葉に私は昨日のことが頭の中をよぎり、顔が熱くなるのを感じ、首を振って言った。
「わ、私、顔を洗ってくる」
そう告げて、私はふたりの横をすり抜ける。
後ろ手で、どうしたんだろう、みたいな声が聞こえてくるけど恥ずかしさに振り返ることはできなかった。
顔を洗い鏡を見つめると、確かに目の色が茶色に戻っている。
それを確認し、私は心底ほっとした。
よかった……このまま、茶色のままでいたい。私は人として生きていたいから。
顔を洗い、振り返るとそこには眠そうな顔の、着物姿の昴さんが佇んでいた。
驚きすぎて目を丸くして彼を見つめると、昴さんはにこっと笑って、
「おはよう」
と言った。
そう言えばさっき挨拶しなかったっけ……?
「あ、お、おはようございます」
言いながら頭を下げて、彼の横を通り抜けて食堂へと急ぐ。
まともに昴さんの顔、見られない。
途中でめいこちゃんたちに会い、彼女たちと食堂に入ると朝食の準備はすでに終わっていた。
「あ、おはよう、かなめちゃん」
美津子さんのにこやかな声が響き、私は慌てて頭を下げて言った。
「おはようございます、あの、すみません、寝坊してしまって」
「別に大丈夫よ」
さらっと、とし子さんが言いご飯をよそってくれる。
「す、すみませんありがとうございます」
言いながら頭をさげると、めいこちゃんたちに促される。
「早く食べよ! 私たち、学校に遅れちゃうよー」
もうそんな時間なんだ……
明日は気をつけないと。
そう思い椅子に座ると、昴さんが食堂に入ってきた。
「おはよう」
「おはようございます」
皆の声が響き、私は顔が見られず私は顔を伏せてしまう。
「昴様ねむそー」
そんなぼたんちゃんの声が聞こえた後、私の顔を覗き込みながらめいこちゃんが不思議そうに言った。
「かなめちゃん、大丈夫? 顔紅いよ」
「え? あ、だ、大丈夫だから」
言いながら首を横に振る。
大丈夫なんかじゃない。でも悟られるわけにもいかないから私は朝食の間ずっと、顔を上げることができなかった。
次話 大正妖恋奇譚 46話
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