大正妖恋奇譚 41話
41話 意識してしまう
その日の夜。
今、部屋に私ひとりきり、おっかあの位牌を見つめていた。
昴さんは毎日この部屋で眠っているけど今はここにこない。
今夜も来るんだろうか。それとも来ないんだろうか。
どうも最近、昴さんの事を変に意識してしまう気がする。
口づけられたせいだろうか。きっとそうよね。
昴さんは華族で祓い師。私は孤児でしかも鬼の血を引いている。
あまりにも住む世界が違いすぎるし、差があり過ぎる。
「だから私は……そんな感情抱いちゃいけないよね」
そう位牌に語りかけても、もちろん何も返ってこない。
好きになっていい相手じゃない。
そう思いハッとする。
好き……ってなんだろう?
好きって……私が昴さんを?
ちがう。ない。そんなこと……そう思いたいのに私は手を胸にあてる。
やだ、鼓動が早い。私、どうかしたのかな?
どうしよう、これ……私は……私は昴さんのこと……
その時扉を叩く音がした。
「ひっ……!」
思わず変な声を上げて私はばっと、扉の方を振り返った。
「は、は、はい!」
裏返った声で扉の方に声をかけると、その向こうから声が聞こえた。
「入るよ」
そして扉がゆっくりと開かれて、浴衣姿の昴さんが現れる。
彼は私の方を見つめて不思議そうに首を傾げた。
「変な声が聞こえたけど大丈夫」
昴さんは部屋の中に入るとこちらに向かってくる。
相変わらずこの人は胸元をはだけさせているの色っぽく見えるからやめてほしい。
私は顔を伏せて首を振り、言った。
「あ……あの……大丈夫、です」
そう答えながら私は思わず後ずさる。
けれど位牌を置いている棚に行き先を阻まれて、私は逃げ場を失いあたふたとしてしまう。
「えーと……かなめ?」
声が近づきそして、私の前で足音が止まる。
顔を上げるとそこには昴さんが私のすぐ目の前に立っていた。
「大丈夫」
言葉と共に手が私の頬に触れた。
「あ……あの……えーと……」
どぎまぎする私と対照的に、昴さんはいつもの真顔でそこにいる。
大丈夫じゃない。大丈夫じゃないけど、何が大丈夫じゃないのかわからない。
「顔が紅いみたいだけど」
「だ、大丈夫です大丈夫です」
そう答えたものの声が震えている。
これじゃあ全然大丈夫じゃないみたいよね。
どうしよう……何を言えばいいのか全然頭が回らない。
「かなめ?」
「だ、大丈夫です。あの……昴さんは……」
「……僕は別になんともないけど……本当に大丈夫?」
混乱しすぎて何を言っているんだろう、私は。
大丈夫じゃないのは私なのに。
「あ、あの……」
「大丈夫ならいいけど」
そして私の頬から手を離す。
大丈夫だけど……全然大丈夫じゃない。
まだ動悸がしてる。
「あ、あの……昴さん」
「何」
昴さんは私に背を向けて、床に布団を敷き始める。
まあそうよね。今夜もここで寝るよね。そもそもひとりじゃ眠れないんですもんね、昴さんは。
「えーと……昴さんの寝室って二階にあるんですか?」
声をかけたものの何を言っていいのかわからず私は、とっさに思いついた事を口にした。
「そうだよ。毎日掃除はしてあるけど、着替え以外であの部屋に入ることはないよ」
言いながら、昴さんは布団を敷いていく。
「それに二階は、両親の部屋と妹たちの部屋があった。だから二階にはあまり上がらないし、人をいれていない。掃除はしたらしいから……血痕なんかはほとんど残っていないらしいけど、僕は今でもそこに近づけないんだ」
だから二階に上がるな、って言っているのか。
この上の部屋で四人もの人が死んだ。
そのことを知ってはいたけど、改めて考えると怖くなる。
そしてそれを行ったのはあの鬼……私の父と名乗る人。
私にはその血が流れているんだ。そう思うと胸が痛くなる。
「す、すみません、変なこと言って」
「別に。二階にいくつか部屋があるけど僕ひとりじゃ持て余すからね。だから二階の掃除はしなくていいし、大丈夫だよ」
あ、もしかして私が二階を掃除しなくていいのか聞こうとしてる、って思ったのかな。
そういうわけじゃなかったけど、そう思ったならそれでいいか。この動揺を誤魔化したかっただけだし。
「そう、ですか」
「家族が増えるとしても……あの部屋には近づけないかな」
そう答えたところで昴さんはばっと私の方を見た。
昴さんの顔がみるみる紅くなっていく。
そして彼は私の方に背を向けてしまう。
「ごめん、今変なこと言った」
変なこと……そんな変なこと言ったかな?
何のことかわからず、私は戸惑うけれど、とりあえず気持ちは落ち着いてきたから棚を離れてベッドに向かう。
「あの……今日は疲れましたし寝ましょうか」
言いながら私はベッドにあがり、布団の中にもぐりこんだ。
「うん、そうだね」
なんとなく気まずい空気が流れているのはきっと気のせいじゃないだろう。
たぶんこれはあの口づけのせいだ。
あれがあったから私は変に意識してしまっているんだろうし、きっとズばるさんもそうなんだろう。
昴さんが私を好きになることはないだろうし、私は昴さんを好きになっちゃいけない。だって……私は昴さんがこの世で最も憎い相手の血を引いているんだもの。
そう思うと哀しみが心の中で生まれてしまう。
……どうして私は鬼の子なんだろう。
せめて私が鬼じゃなければ、こんな想いを抱いたとしても苦しく思わなくて済んだだろうに。
そんなことを考えていると室内の灯りが落とされそして、
「おやすみ」
という声が背中に響く。
「おやすみなさい」
布団を頭まで被って私はそう答え目を閉じた。
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