大正妖恋奇譚 43話

43話 君を鬼にしないから

 涙にぬれた視界に昴さんの顔がぼやけて見える。

「えーと……なんでそんなに泣いてるの」

 困った声で言われて私は何にも答えられない。
 何かを言おうとしても嗚咽になって言葉にならないから。
 昴さんを困らせたいわけじゃないんだけどな。
 私は人でありたいだけなのに、運命って残酷だ。
 私はどうしたら人として生きられるんだろうか。
 闇は明るくなくていい。なのに今の私には闇がとても明るく見えてしまう。

「……闇が、闇に見えないから」

 震えた声で私が呟くと、彼はあぁ、と呟く。

「そういうこと。それでもいいじゃないか。君は……人として生きられるよ。だって君は、人を喰わないし血を吸わないでしょ」

「そう、ですけど……」

「自分の生き方は自分で決めるんだよ。君は人として生きたいんでしょ? なら大丈夫だよ。君は人でいられるから」

 言葉と共に手が頭に触れる。
 

「今君から邪気は感じないし、君は鬼にならないし僕が君を鬼にはしないから」

「昴……さん」

 邪気は感じない、と言われると少し安心できる。

「私、鬼になんてなりたくないです。でも不安になるんです。またあの鬼が現れるんじゃないかって」

 そう私が言うと、昴さんは目をそらしてしまう。

「それは……ありえない、とは言い切れないな。この屋敷の周りは御札を貼って守られているけれど、でもあの鬼はその結界を破って入ってこれるかもしれないから」

 そもそもあの鬼は私の居場所、わかってるよね。なら防げないだろうなぁ……

「大丈夫、って言えたらいいけど。でも僕は君を守るから」

 そんな言葉と共に手が頭から頬に下りそして、顎に触れる。
 耳のそばに心臓があるんじゃないかってくらい、私の鼓動の音が大きく聞こえてくる。
 これってもしかして……
 何が起きるのか想像し、顔中が熱くなってくる。そして予想通り昴さんの顔が近づきそして、唇が触れた。
 思わず目を閉じたけど、すぐに唇は離れてしまう。

「あ……」

 目を開いて昴さんの顔を見ると、切なげな瞳と視線が絡む。
 やだ……そんな目で見られたら恥ずかしいんだけど……
 でも私は視線をそらせなかった。
 顎を掴まれているのもあるけど、もっとほしいって思ってしまったから。

「かなめ」

 低く甘く響く声で名前を呼ばれて私はドキドキしながら昴さんの顔を見る。

「最初、僕は君を殺すつもりだったのに、僕は君を殺せそうにない」

「……昴、さん」

 殺すつもりだった、っていうのは仕方ないと思う。昴さんは私と顔を合わせたときに私が鬼であることに気が付いていたんだし、私の父親の名前を聞いて、昴さんの仇の子供だと知っていたんだから。

「あいつの血が流れていると思うと僕は君を殺したくなるのに、でも僕は君とたくさんの時間を過ごしてきて愛おしく感じるようになってしまったから」

 ……今、なんて言いました?
 昴さんが言った言葉を思い出し、私は頭の中でもう一度繰り返す。
 殺したくなるのに愛おしく感じる……とか言わなかった?
 殺したいほど愛おしい? いいや、違うよね。だめだ、私、何が何だか分かんないかも。

「え、あ……あの……それってどういう……」

 困惑しつつ尋ねると、昴さんは大きく息を吸って言った。

「僕は……君と共に生きたいって思うようになったんだ」

 一気に言った後、真っ赤な顔をした昴さんはもう一度私の唇に触れた。
 これって……なんて言うんだろう。
 知識がない私には何が何だかわからない。
 でも何か言わないと、なのかな。でも何を?
 私は昴さんのことどう思っているだろう。見てるとドキドキしてくるし、一緒にいたいって思う。これが恋なんだろうか。
 って、私、昴さんに恋、してるのかな。
 そう思ったら顔が熱くなってきた。
 触れた唇はすぐに離れ、私は昴さんの顔を見たまま声を上げた。

「え、あ……あの……それってつまり……えーと……」

 何を言えばいいのかわからず、とりとめのない言葉が溢れてしまう。
 あー、私は何を言ってるんだろう。
 私は……私は……どうしたいの?

「あの……でも私は……鬼、ですよ?」

「わかっているよ、そんなこと。だから僕は悩んだし、こんなこと望んでいいのか考えたけど……いつ僕が死ぬともわからない状況で何も言わずに終わるのは嫌だったから」

「そ、そんなこと言わないでください。死んだら嫌です」

 言いながら私は昴さんの腕を掴む。
 そうだ、昴さんが死ぬのは絶対に嫌だ。
 ……これを恋、って呼ぶのかな。それはよくわかんないけど、でも、私は昴さんに死んでほしくないって強く思う。

「私は昴さんに死んでほしくないから……何もできないかもだけどそれでも私は貴方と一緒にいたいです」

 一気にしゃべってから自分が何を言ったのかを理解し、頭の中が真っ白になる。
 あれ、これってもしかして私……
 考えがまとまる前にまた、甘く切ない声が私の名前を呼ぶ。

「かなめ」

「あ……」

 昴さんは私の顎に触れていた手を離してそのまま私の肩に触れ、そして私をベッドにそっと横たわらせた。
 
次話 大正妖恋奇譚 44話

#創作大賞2024 #恋愛小説部門

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