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文化報告2024.11

 11月頭から会社を休んで色々行ったり観たりしてきたので、忘れないように書いておこうと思いたち筆を執る。


◯2024.11.3-7(東京)

 友だちたちが遊んでくれた。東京近辺に住んでいて、普段はなかなか会えない友だちとおしゃべりするのは東京遠征の醍醐味だ。皆んな音楽活動や創作に打ち込んでいて、喋っているだけで刺激がもらえる。赤羽で昼飲みしたり、新宿から池袋まで散歩したりした。楽しかったな。また遊ぼうね。


ルイーズ・ブルジョワ(六本木・森美術館)

 幼少期のトラウマ、母への癒着と父への憎悪、執拗な性的アイコンの氾濫(ラカンでいうところの「直喩的」ーー「精神病的」なソレである)、フェミニズム的体制批判の視線、精神分析。垂涎である。乳房のモチーフが頻発するさまは、ラカンというよりメラニー・クイーンめいている。どことなくアフリカ的ーーシャーマニズム的な一群もあり、魔術的な印象を受ける。かつ、どことなく熱海秘宝館のような印象もある。私はずっとこんな秘宝館に行きたかった。緊迫した苦悩を伴う秘宝館。「性」とはおおむねそのようなものだ。いつだって自我を焦燥的な破滅へと掻き立てんと、あの手この手でーー「すきま」としてーー生活という灯がもたらす影として、いつでも足元に巣食っていて、そっちを見つめては、目を合わせてはならないと統制する超自我の叱咤を通して、そのことを知る。

 地獄の形相を私たちに伝えてくれる様々な媒体は、終盤で(あるいは、抗うことが敵わぬ"老い"という)救済の手を差し伸べられ、青く深い洞察に落ち着いてゆく。すべてが心地よく終結していく気がする。観終わったあとのカタルシスに係る、あらゆる熱量が丁度よい。

 六本木ヒルズの50なんぼか階というイケスカナイ立地も、非常に「地の利」があった。東京都心を目前に見下ろす展望室に飾られたヒステリックなゴールドのオブジェ。愉快だ。


ソール・ライター(虎ノ門ヒルズ)

 まあ当たり前みたいにかっこいい。当たり前を確認するために行った。かっこよかったです。当たり前。ソールライターはかっこいい。りんごは赤い、くらい自明の理。

 実は美術館(ギャラリー)で展示としてちゃんと観るのはこれが初めて。数年前にあった企画展のリベンジ。虎ノ門ヒルズの隅っこ、小さなギャラリーでの開催(なんと入場料もいらない)ということもあり、人が少なくてありがたい。こぢんまりとはしていたが、ゆえに、じっくりそれぞれの作品に向き合うことができる。執拗に顔ーー個人性・表情から導き出される感情を剥ぎ取ろうとこころみる構図に好感が持てる。ありえないくらい大胆な黒の構図。しびれる。だからこそカラー。やっぱりカラー写真って最高。反復横跳び。

 虎ノ門ヒルズは極めてしゃらくさかった。私が巨大怪獣になったら真っ先にここを破壊する。トラのもんというアイデンティティを剥奪された抜け殻かわいいドラえもんモドキがいた。


アレック・ソス(恵比寿)

 ルイーズ・ブルジョワで力尽きて辿り着けず。東京近辺に住んでいれば観に行けただろう。機会損失だ。やはり登戸あたりに住むというプランにも一考の余地がある。ここでの生活が全ておしまいになったら、神奈川のいい塩梅のまちへと引っ越そう。

 同じ都心部でも埼玉のほうは苦手だ。埼京線で過呼吸を起こして、もう2度と「大宮」の文字が見られない身体になってしまった。

 代わりに恵比寿駅付近の写真集喫茶店に行ってきた。

 5000冊の写真集があるらしい。素晴らしい。たっぷり長居させてもらったが、棚1列ぶんしか見られなかった。また行く。

 中目黒のカセットテープ・レコ屋も最高だった。

2泊お世話になりましたね、赤羽

安部公房(横浜)

 本筋とは関係ないがベイスターズ優勝で街全体の活気がすごい。横浜という街。

 森美術館とは何もかもが対照的な、小高い丘の上にある平屋の文学館へ向かう。Google mapsに表示された経路に「うわ」とか思いつつ、先の見えない階段を登りつづける。息が上がって肺がゼイゼイ言う。情けない。旅行中にずっとLINEをしていた友人(だから実質この旅はひとり旅ではない)と、30歳になったら禁煙して毎週近所の山へ登る(そして、てっぺんでビールをぷはーとやる)約束をした。実現するといいね。せねば私は短命まっしぐら。

 そもそも安部公房は名著を数冊読んだだけなので、生い立ちや思想の成り立ちなどを追っていくだけでも新しい発見があっておもしろい。

 装丁や演劇演出に携わったパートナーの存在に純な憧憬を抱いたが、帰りの電車でWikipediaを見ていて愛人の存在を知る。彼女のことがひた隠しにされていた本展示を思い返し、「愛人」概念に係る3者の立場を鑑み、形容しがたい気持ちになる。

 彼は生前ピンク・フロイドが大好きだったらしい。たしかに、私がピンク・フロイドや安部公房に感じる気持ち悪さには共通項がありそうだ。いちど、紙を舐めて『狂気』を聴いてみて大変な目にあったことがある。あれはすごい。明確に弱点を突かれた気持ちになって、ふざけんなと思う。もう死んでもやりません。


◯2024.11.9-10(金沢)

岩本屋もハシゴしたかった

21美

 能登震災以来。企画展が著しく刺さらなかった。こういうのも稀にはよい。きちんと刺さらない企画展があるというのは、己の正気性ーーその依拠ーーについて、真っ当に考えられているような盲信がはびこる。人間とはそうだ。

 いつもの黒丸を眺めてぼうっとする。これを観に来ていると言っても概ね過言ではない。……いつもなら。

 今回は(私のエコー・チェンバーでは)話題沸騰中のコンブチャを観に来たのだ。

 すばらしい。キショすぎる!

 除湿機の前で目一杯深呼吸しておいた。私の息とあなたの息を混ぜましょう、金沢で。


◯2024.11.12(名古屋)

これはバサキの子と行ったシヤチル

坂本慎太郎(ダイアモンドホール)

 言葉にならねえ。ア………………

 すごすぎた。南砺のヘリオスよりも、福井のワンパークフェスよりも、格段に没入感が炸裂していた。サックス…………………… 人格が、崩壊します、あんなの。とろっとろ。

 ネタバレするわよ。ごめんなさいね。



 とにかくもう、ハイライトは『仮面をはずさないで』でしょう、さすがにみんな。これが合法で聴けるのって脱法の類。気持ちよすぎ。怖い。カッコよすぎて怖かった。隣の人がつぶやいてる「かっけ……」って言葉を聞いて、私たち混ざり合ってんじゃん、って思った。観客席まで飲み込んで膨張していくグルーヴ。圧倒的にピース。

 『ずぼんとぼう』もよかったなあ。とてもよかった。良かったことしか覚えてない。『まだ平気?』、歌詞がいい。照明が可愛い。『スパイダー』MVの草野正宗みたいなノリ方で踊っちゃう。『愛のふとさ』『物語のように』が大好きになってしまった。『君には時間がある』、泣いちゃった。歌詞が聴き取りやすすぎないか?ライブってこんなに歌詞を反芻できたっけ?坂本慎太郎は歌詞が抜群。みんな知ってるね、そんなこと。

 『マヌケだね』、何度聴いても「私も〜;;;」って思う。マヌケだね。

 『ディスコって』『ナマで踊ろう』『あなたもロボットになれる』あたりは真後ろのウルセーのが大声で歌い出してざけんなでした。私、あなたたちみたいな人嫌いです。席が悪かったね。Tシャツ買ってないで、せめて真ん中より前くらいまで行かなきゃだめだった。

 ちょっと前半の飛ばし方が凄すぎて、後半のアンセム・ゾーンはもはやチルタイムみたいな余裕があった。

 『物語のように』を聴いて偽の記憶が蘇ってきて困った。最近できた友だちがいるんですけど、私たちって5歳くらいのときに図書館の座敷の児童書コーナー(色の褪せた紙芝居とかいっぱい置いてあるところだね)で鳥の図鑑とか星座の本とか一緒に眺めてたことになってるんですよね。なったんです。は?とは思うだろうけど、一旦飲み込んでもらえないですかね。

 そのときの夕陽が、顕現したんですよね。

 藤子以外の誰かが書いたドラえもんの学習漫画とか、わけもわからず火の鳥とか読んで、親から渡された100円で自販機のメロン・オレとかネクターだかを買って飲んでた土曜日の昼下がり、その夕方、どことなく甘ったるい口内を図書館のウォーター・サーバーで潤したあとの、無限の将来がこれから待ってるんだろうなって予感を秘めたあの夕陽が。

 「これ聴いてあなたのこと思い出した』ってSpotifyのリンクを送ったら、何も言ってないのに全部そのままわかってくれて、怖かった。どうかしているよ。

◯生活

 健康診断の前日、泥酔して意識混濁で朝の4時まで上着と財布と携帯を投げ捨てて路上で寝てた(みたい)だけど、泣きながら「鍵がなくて家に帰れない;;;」と街を彷徨った(過去一番おそろしい酔い方だった)けど、ゼンハイザーのワイヤレス・ヘッドフォンとループウィラーのお気に入りパーカーは無くしたけど、二日酔いで健康診断うけてそのままバサキを飛びかけて、後日正当な怒られが発生してクヨクヨだけど、あまたのカルチャーに生かされてます。なんとか無事に生きてます。

 冬は死活問題なのでもうしばらく路上では寝ません。バサキ、1月末で辞めます。これからどうしようかね。


◯今日の曲

 菊地成孔〜。"乳首"とか言ってて、良い。

 ちょっと色々あって(「ちょっと色々あって」だってよ)、しばらくは菊地成孔という四字熟語を見る度に胸が痛む。

 それはともかく、ハッピー・バースデー。

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