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中国映画制作のリアルを『兎たちの暴走』のプロデューサー、ファン・リー氏に聞く

「映画を通して、“いま”という時代、そして文化、人などを記録したいと思っています。きっと未来の世界にとって、価値になるに違いないと信じています」

Q:本作の企画経緯について、お聞きしたいのですが、確か「青葱計画(あおねぎけいかく)」という映画企画コンペから始まりましたね。
ファン:最初にこの作品が始まったのは2012年頃でした。その後、シェン・ユー監督は「青葱計画」に応募し、当時の担当審査員のリー・ユー監督が目を留めました。「青葱計画」とは、中国国家電影局主催の新人監督発掘の企画コンペで、2015年からスタートしました。今まで「青葱計画」から、数多くの作品が世界各国の映画祭で上映され、才能のある新人監督はデビューし、世界進出もしました。『兎たちの暴走』もその中の一本です。
私は最初にこの作品に触れたのは2016年でした。元々リー・ユー監督は長い間一緒に映画制作を続けているので、彼女からこの作品の話を聞き、ぜひ実現したいと思いました。ただ、最初に読んだ脚本はオムニバスの女性映画で、私はこのままだと、映画化がかなり厳しいと指摘しました。しかし、人物設定や一部のストーリーは非常に面白く感じていて、もし脚本の構造を変えたらとシェン・ユー監督に提案したところ、彼女は快諾してくれました。その後、何回も脚本会議を経て、いまの形になっています。
Q:2012年から2020年東京国際映画祭のワールドプレミアまで、8年かかりましたね。
ファン:苦労しました。特にロケ地に関して、色々探しました。この作品のテーマの魅力を最大限に引き出すために、どこで撮影すればいいのか、かなり回りました。結果、私は四川省の南にある攀枝花市はんしかしという町に決めました。私も四川出身ですが、実は攀枝花市に行ったことがありません。最初に監督と攀枝花市に行った時、監督は非常に興奮しました。彼女は町の中に多くの物語があると感じました。攀枝花市は1960年代に鉄鉱の開発が盛んで、非常に活力のある町でした。しかし、鉄鉱産業がどんどん斜陽化し、攀枝花市も一気に経済が停滞し、一時期ゴーストタウンになっています。今は商業開発のため、少しずつ元気を取り戻していますが、時代に遅れていることが感じられますね。もはや、忘れられた“町”と思っています。これは、ちょうど本作のテーマにも近いので、本当に最高のロケ地でした!
Q:日本では新人監督の映画は、数百万円の予算から高くても2000万円くらいが多いですが、今回の『兎たちの暴走』の予算はいくらくらいかかっているのでしょうか。
ファン:この作品にどれくらいの予算で撮影するのか、色々考えました。まず、この作品は新人監督のアート映画ですが、作品のテーマ性、社会背景、更に“女性映画”という属性も考えたら、完全に映画マニア向けのアート映画ではなく、一般の観客も共感できるヒューマンドラマだと思い、最終的に1500万元(約3億円)で予算を決めました。
リー・ユー監督と私は映画を作る時、お金のことはもちろん重要ですが、クリエイターとして、まず自分たちが納得できる内容でないと、絶対世に出しません。映画は商品ではありません。完全にお金を稼ぎたいなら、ほかにいくらでも方法があります。我々は“作品”を作るので、自分たちが満足できる作品を作りたいと考えています。
Q:日本では、自主映画と言って監督自身が制作費を出して映画を作り、東京で1館から公開するケースもあります。そういう意味で、制作費も非常に少なく、100~200万円の映画は多かったです。中国の自主映画に関して、今どのような状況でしょうか?
ファン:まず、中国と日本の映画産業、根本的に違うのは映画館システムだと思います。日本はシネコンがあり、ミニシアターもある、文化施設も映画を上映します。それに対して、中国はシネコン一択しかありません。そうするとどんな作品でも、ある程度の予算がないと、そもそも上映自体ができません。なぜなら、全国何万スクリーンでの上映なので、宣伝費は最低でも500万元(約1億円)以上をかからないとムリです。いま中国において、中小規模のアート映画制作費+宣伝費は大体1000-3000万元(約2億~6億円)、『兎たちの暴走』のような大衆向けのアート映画は3000-5000万元(約6億~10億円)となっています。競争は本当に激しくて、例え作品の内容が良いとしても、公開時に上映占有率は2~3%になってしまうと、すべてが終わりますね。だから、宣伝は非常に重要です。そして、お金もかかります。もちろん、スターが出演すれば、ある程度宣伝しやすくはなりますが、スターが出演すること自体は予算が上がるので、なかなか難しいですね。
Q:日本では、劇場公開をして、レンタルDVDやセルのブルーレイを出して、そのあと配信をして、制作費を回収します。中国ではこのような映画ではどうやって制作資金を回収するのでしょうか。劇場上映だけでしょうか、配信でも売り上げが上がるのでしょうか。
ファン:アート映画に関して、基本は興行収入がメインですね。もちろん、配信プラットフォームに売れば、お金にはなりますが、その数字も、結局興行収入次第です。例え、興行収入が1000~2000万元(約2億~4億円)の作品は、配信プラットフォームに売る時、大体100~200万元(約2000万~4000万円)になります。
我々の作品の場合、制作費1500万元(約3億円)にして、興行収入は5000万元(約10億円)に達したら、黒字になります。もしアート映画は1億元(約20億円)以上の興行収入を目指したいなら、有名な役者が出演しないと、なかなか難しいと思います。もちろん、たまに奇跡が起こりますが、あくまでも奇跡です。有名な役者が出演することにより、トレンドになりやすくはなりますね。
観客はこの役者が出演するから、観に行くというより、役者が出演することで、作品の露出度が上がり、知られていない良作も知られるようになりました。
Q:ファンさんの制作会社ローレル・フィルムは、かつてロウ・イエ監督の『天安門、恋人たち』も制作しました。会社のことを教えてもらえますか。中国には同じような会社は多いのでしょうか。
ファン:ローレル・フィルムと同じような会社は何千社もあります。競争は激しくて、いつ潰れてもおかしくないと思います。我々は割と早い段階で業界に入り、最初からずっと“作りたい作品しか作らない”という趣旨で映画を作り続けてきたので、業界内でも評価されていますね。監督も、役者も我々と一緒に映画を作りたいし、我々と一緒に映画を作る時、リスクも感じないと思います。
中国の映画市場は急成長で、色んな資本が業界に入っています。一本の映画のため、会社を作った人もいます。ただ、いつも私が思うのは、映画制作ってお金持ちにはならないと思います。特に中国では、90%以上の映画は赤字なので、リスクしかないと思います。じゃあ、なぜ我々は映画を作り続けているか、それは我々が作った映画は、きっと未来に価値があると信じています。映画を通して、“いま”という時代、そして文化、人などを記録したいと思っています。きっと未来の世界にとって、価値になるに違いないと信じています。
Q:日本では制作委員会と言って、何社かが制作資金を出し合って映画を作る方法があります。この映画でも、最初に多くの会社のクレジットが出ます。これは皆、制作資金を出している会社でしょうか。その場合、ファン・リーさんが集めるのでしょうか。
ファン:そうですね。私から色んな会社と相談して、制作資金を集めています。ただし、出資する会社に対して、基本的に赤字にさせないことを保証しています。だって、時々国営企業も出資するので、さすがに国営企業を赤字にさせるわけにはいかないですね(笑)。投資者にとっては、銀行にお金を預けて得る金利よりも、映画制作に投資して得るリターンの方が多かったので、結果として非常に良い投資だったと思います。
まぁ、色んな会社と相談出来て、信頼関係が深まったら、常に資金を集めることができます。そして、ある程度の流動資産も確保でき、定期的に作品を作ることができますね。先程も話したように、映画投資はお金持ちになれません。リスクも大きい。しかし、映画、特にアート映画に関して、未来において非常に価値があるので、それをしっかり出資者に説明し、“この映画”しかない価値を理解させるように常に努力しています。

2023年8月4日オンラインインタビュー
インタビュー/徐昊辰(映画ジャーナリスト)
*「青葱計画あおねぎけいかく」:CFDG(China Film Directors Guild)中国若手監督支援プログラム(略称「青葱プログラム」)。優れた若手映画監督を発掘し、支援、育成、選抜することを目的としている。
映画『兎たちの暴走』予告編


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