【エッセイ】生まれてこのかた
生まれてこのかた、というのは大げさかもしれないが、赤ん坊の頃や都会に出ていた頃を差し引いても、50年近くこの土地に暮らしているはずだ。しかも、仕事は外仕事だ。
わたしの父のことである。
その父が、ある日言った。
「これ、なんの穴だ?」
砂地に、手のひらをすぼめたくらいの穴がいくつか開いている。父はその穴を見ていた。
わたしは開いた口が塞がらない状態に陥った。
(なにって、なにってそれは……)
すずめはよく砂浴びをする。砂の上で羽をばたつかせて砂を浴びることで、寄生虫を追い払っているとか、いないとか。何のために砂を浴びるのかはまあ良いとして、とにかく、砂浴びをする。そのあと、砂には穴が残されるのである。
砂浴びの現場は、わたしでさえ見たことがある。それほど珍しいものではない。それをなんの穴だとは何事か。
父は外でぼんやりと座っていることがある。そんなとき、いったい何を見ていたのかと不思議に思うのだが、何も見ていなかったというのが真相なのだろう。
本当にただぼんやりと座っていただけだったのかと、なんだか呆れてしまった。
この辺りで暮らす人にとって、すずめの砂浴びは常識だと思っていた。それも、もしかしたらわたしの思い込みだったのかもしれない。
知らなくとも困ることもないだろうから、責める何物もない。何に興味を持つかも人それぞれだ。しかしうちの父については、もう少し周りの様々なことに気を配ってもいいのではないかと思うところである。
父には、謎の穴の正体をまだ明かしていない。
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