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【エッセイ】訪問者
湖にもカモメっているんだ。
カモメは遊覧船と並走し、あるいはデッキの手すりに停まったまま、乗客と一緒に中島と湖畔を行き来している。
いや、飛べや。と心の中で思ったが、観光地の動物なんてそんなもんだ。奈良の鹿だってそうじゃないか。誰かがかっぱえびせんをやっている。
カモメは海鳥じゃないのかな。海のとは違う種類なのかな。
ときどき、ギャアギャアと大きな声で鳴く。
翌朝、宿の窓から外を眺めていると、カモメがやってきた。慣れたふうにベランダの手すりに停まり、こちらをじっと見る。
ここに来たってエサはやらないぜ。あんたの食べられるものなんてなにもないんだから。
ガラス越しに言ってみるが、反応はない。そのうちキョロキョロとして、隣の部屋まで歩いて行ったようだった。いや、飛べや。
洗面所で歯をみがいて戻ったら、カモメがまた戻ってきていた。誰も相手にしてくれなかったのかもしれない。
室内が暑くなって、窓を開ける。逃げない。レースのカーテンを開けて、正面から観察した。
黄色いくちばしの鼻みたいな位置に、向こう側に貫通する穴が開いている。目は白目がちで、瞳がとても小さい。細い足は赤っぽいピンクで、先に水かきがついている。歩くとペタペタとやわらかそうに動く。なんだかリアルでちょっと気持ち悪い。
じっとした鳥をまじまじと見るのは初めてかもしれない。なんせ鳥は(とくに小鳥は)動き回るので、よく見えないのだ。
ガラス越しに写真をとる。少し欲張って、窓のすき間から腕を出して直接とる。結局、室内から腕を目一杯伸ばして近くで写真をとってもカモメは逃げなかった。
慣れてるんだろう。ときどき、エサなんかももらってるんだろう。
窓を開けたままにしていたら部屋に入ってくるかもしれない。そんなふてぶてしさを感じた。しかしそれはゴメンなので、そっと窓を閉じる。
カモメはしばらくそのままたたずんでいたが、荷物整理や着替えで目を離したすきにいなくなった。また隣に歩いて行ったのか、飛び立ったのかは不明。
きっと次の朝も、どこかの部屋の窓辺に同じように居座るんだろう。ちょっとかわいかったな。
あんたの名前はジョナサンかいと聞いてみれば良かった。あるいはジョナで、「さん」は敬称なのかも。
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