多気町観光大使による多気町案内その②寺社編
第②編では近年注目を集めておりますパワースポット編ということで多気町内の寺社を御朱印も併せてご紹介させて頂きます。
まずは各イベントで「山の上に6mの観音さんが」がと紹介させて頂きました長谷の近長谷寺さんから。地元では「きんちょうさん」として親しまれておりますが、長谷の車田で知られる長谷集落、城山中腹に所在します。(近長谷寺ホームページ)
もう20年ほど前はじめて訪問した際には集落内から登ろうとして急坂にはまり、地域の皆様にお手伝い頂いて車を降ろして頂いた記憶があります。
県道702号線沿いの標識に沿って上ると広い駐車場があり、そこからは徒歩で急坂を上ります(杖もご用意いただいてあります)。
どのようなしてこの山上の堂宇にこの6m58cmもある十一面観音像(平安前期の作とされています)を??と思えるすごい観音様は毎週日曜・祝日、18日の観音縁日に地元の皆様により公開されております。観音さまの偉容を目前にすると本当に感動します。是非!! 庫裏の大日如来坐像も本堂開扉日なら拝観できます。
近長谷寺の文化財
木造十一面観音立像(重要文化財)
本堂(三重県指定文化財) 江戸時代(元禄7年(1694)
木造大日如来坐像(多気町指定文化財) 平安時代
庫裏(多気町指定文化財) 江戸時代
同じく国指定文化財の普賢菩薩坐像を本尊とするのは長谷集落の北にある神坂の普賢寺さん。(普賢寺ホームページ)
普賢寺はかつては702号線を隔てて北にある金剛座寺の塔頭であったと伝わり、平安時代の普賢菩薩坐像は山岳信仰特有の特徴が有しております。
江戸時代の人々からは美人の典型として崇拝されたとも伝わります。かつて四日市市博物館で開催された展覧会にも檀家さんの反対で出展を断念されたと伺いましたが、のさに「地元を離れさせてはいけない御仏」なのでしょう。
かつて普賢寺を塔頭とした金剛座寺は白鳳時代に開創された古刹で、本尊は如意輪観音。(金剛座寺ホームページ)
戦後の住職広橋貫廣師は映画監督小津安二郎の旧友で社福法人を設立されました。現本堂は万治年間の建築とされています。堂内にある大燈籠の寄進者には歌舞伎俳優片岡仁左衛門の名も観られます。
金剛座寺の文化財
鰐口(多気町指定文化財) 室町時代
木造神像(多気町指定文化財) 平安時代
相可から伸びる42号線を左に入り相可高校調理部のまごの店や三重県商工会アンテナショップのマルシェグランマ、そしてリニューアルオープンされたごかつら池どうぶつパーク(最近ヘビ、蛙、蠍が北海道恵庭市より入園)で賑わう五桂池ふるさと村手前の五桂集落に所在するのが珊瑚寺です。
こちらは近長さんに比べ知る人は少ないですが、3.5mを超える巨像の十一面観音を本尊にしております。
寺は無住で地区の皆様による管理で、山門は伊勢の御師一族福井家の表門を移築したものです。
珊瑚寺の文化財
鰐口(三重県指定文化財) 南北朝時代 至徳2年(1385)藤原師光による鋳造
山門(多気町指定文化財)
木造十一面観音立像(多気町指定文化財) 室町末期以降
相可から西に7km、VISONから北に4km強の旧勢和村丹生にある神宮寺は真言宗山階派の巨刹で「丹生大師」として親しまれています。(神宮寺ホームページ インスタ)
往時女人禁制の高野山に対し女性の参拝も叶ったため室生寺同様「女人高野」としても知られます。
丹生水銀の産出地として名高い地区に崇敬を集め、江戸中期には現在の寺観になりました。
本尊十一面観音を祀る観音堂から石段を昇ると弘法大師像を祀る大師堂に至ります。石段沿いにはシンボル的存在の回廊もあり江戸時代貴人らの参拝の際に作られたそうです。
丹生大師さん参拝の際に駐車場として利用できるふれあいの館さんでは日替わりシェフのランチや様々な地元名産品の買い物が楽しめます。こちらも是非!(ふれあいの館インスタ)
丹生大師神宮寺の文化財
紙本墨書近長谷寺資財帳(重要文化財) 平安時代
陶経筒(三重県指定文化財) 平安時代
仁王門(多気町指定文化財) 享保元年(1716)
本堂(多気町指定文化財) 延宝年間
大師堂(多気町指定文化財) 貞享年間再建
護摩堂(多気町指定文化財) 江戸中期
客殿(多気町指定文化財) 寛永年間
同じ丹生集落北西にある本楽寺は真宗本願寺派の寺で出雲の国の大名尼子氏ゆかりの人物が住持を務めました。本堂裏の快楽園は江戸後期の回遊式庭園で、整備されたらすごい文化歴史資源になりそうな庭園です。
本楽寺の文化財
快楽園(多気町指定史跡)
合明日記(多気町指定文化財) 6世住職尼子合明の日記
丹生から更に西の朝柄の県道368号線沿いには曹洞宗の昌慶寺さんがあります。
こちらは勢州七福神大黒天霊場で町指定文化財の桃山時代田中藤左衛門作の雲版を所蔵されております。
現在御朱印は諸事情で大紀町の龍祥寺にて頂けるとのことです。
相可伊勢本街道沿いに移りますと、両郡橋東側、倭姫命の伝承地鉾ヶ瀬への下り口東に天台真盛宗浄土寺さんが。
まちかど博物館眞盛文庫も運営され、冬季にはイルミネーションも開催されております。
境内には地主大松屋邸内にあった大日堂も移されております。(浄土寺ホームページ)
浄土寺の文化財
真盛上人筆六字名号・真盛上人念仏志趣書
法華経八巻・如法経縁起(盛定筆)
現当所願之状
二枚折屏風片双および二枚折屏風の写し一巻
鰐口
真盛上人説法の図
三宝荒神画像
伊勢本街道を西に進み相可高校を過ぎると左に無住の歓喜寺。こちらの観音堂厨子内には平安時代の聖観音立像(多気町指定文化財)が安置されております。
更に西に進み一本北側の通り沿いの空釈寺西側には地元の皆様に管理頂く霊山寺観音堂。こちらはかつて南の山にあったが、江戸中期には参拝の不便さなどから当地に移されたとされています。
年に四回、2/17,3/15,4/8,10/10にご開帳頂くそうです。
まず松阪から421号線に沿って相可に入ると東側に鎮座するのが相鹿上神社。
こちらは文筆の神天児屋根命を祀り、SNSなどの活用も精力的にされております。御朱印の種類も豊富です。
県道42号線を南下して五桂集落すぎ、右に鎮座するのが佐那神社です。
仁田・五桂集落の産土神でありますが、神宮の内宮に相殿神として祀られている天手力男命を祀り、神宮の古材の払い下げを受けて社殿が造り替えられるなど、神宮との関連の深い神社です。
丹生大師神宮寺の隣に神仏習合の名残らしく鎮座するのが丹生神社です。
聖武天皇が東大寺の大仏建立に際し水銀の産出をこの地の神に祈ると直ちに湧出したので、丹生明神と名づけ祀ったことにはじまるとされています。拝殿隣には往時より様々な書物で紹介された伊勢椿の原木が現存しています。
丹生地区は水銀に関する話題が多く、小字日ノ谷には水銀鉱採掘跡が多気町指定史跡として残っております。またこちらについては別記事でご紹介させて頂きます。
是非是非伊勢詣での際には魅力一杯の多気町の古刹・名社もご参拝頂きます事願っております。
未訪の為、ご紹介できませんでしたが以下の寺社さまが指定文化財を所蔵されております(敬称略)。
相可/長盛寺 薙刀(重要文化財) 南北朝時代
相可/浄光院 三摩耶戒儀(多気町指定文化財) 多気郷土資料館北区
丹生/西導寺 絹本著色法然上人絵伝(重要文化財) 鎌倉時代
絹本著色阿弥陀二十五菩薩来迎図(三重県指定文化財) 室町時代
丹生/浄福寺 親鸞聖人絵伝(多気町指定文化財)
丹生/智禅寺 北畠具房奉行人奉書、真盛上人画像(多気町指定文化財)
井内林/光徳寺 紙本墨書大般若経(多気町指定文化財) 多気郷土資料館寄託 朝鮮鐘(多気町指定文化財→多気町案内①に掲載)
井内林/津田神社 紙本墨書神事頭番帳(三重県指定文化財) 室町時代 多気郷土資料館寄託
河田/御霊神社 木造神像男神坐像・女神坐像(三重県指定文化財)
下出江/千尋江神社 本殿(多気町指定文化財) 覆屋があり見る事は出来ません。